◆米軍展開能力支えるワトソン級、佐世保で撮影!
佐世保を大島にむけて航行していた際に撮影した写真です。建設中の米海軍LCAC整備施設沖合に見慣れない大型艦と出会いました。

この大型艦は、アメリカ海軍が陸軍部隊の緊急展開用に建造したワトソン級貨物車両輸送艦のチャールトン。ドック型揚陸艦や強襲揚陸艦、もちろん空母のような華やかさはありませんし、敵前上陸はもちろん揚陸任務にも支障があるのですが、重要な一隻、地味ですが重要な一隻。1998年から2002年にかけて8隻が就役した中で5番艦にあたる一隻。満載排水量は62968tに達し、推進にはガスタービン方式を採用しており、出力は64000hpで速力は24ノットを発揮する世界最大のガスタービン船です。

全長は290m、全幅32.33m、喫水は10.2mと非常に大型で、船体構造は貨物船に準じているのですが、艦橋前部にはヘリコプター発着スペースを有しており、航空機搭載能力はもちろん整備能力も皆無となっているので運用は行えませんが、発着は可能となっています。運用は民間要員により実施されており、洋上運用は25名、有事の際に乗降を行う際にも45名での運用が可能で、このほか50名の海軍要員を収容可能としています。 米海軍では日本と異なり、補給艦についても基本的に運用は民間人が主体として海軍要員が乗り込む方式を採っています。

輸送能力は絶大の一言に尽き、艦内には六層式車両甲板を設置、その面積は車両1000両を収容することが可能となっていて、重量換算で13200t、60tを超えるM-1A2戦車も収容可能。これら車両甲板は全てスロープにより接続されているので、乗降は極めて迅速に行う構造を採用しました。

本型は揚陸艦ではないため、揚陸用の設備は皆無、大型艦が接岸可能な港湾設備を必要とします。しかし、必要とするのは埠頭設備だけで、車両の乗降用にRoll on Roll off方式でそのまま車両が通行可能な大型ランプと艦上最前部には二基の110tクレーンを配置、埠頭が整備されておらずとも浮桟橋にクレーンを下すという運用が考えられるでしょう。

ワトソン、シスラー、ダール、レッドクラウド、チャールトン、ワトキンズ、ポメロイ、ソダーマン、同型艦はこの通り。さて、真横からの写真ですが後部には右舷左舷両方に稼働する大型車両ランプを設置しており、このランプよりM-1A2戦車が二列で通行可能となっています。加えて中部両舷側にもう一か所のランプを配置する構造です。この両舷のランプは後部の大型ランプほどの大きさはありません。

所属は海軍輸送司令部。この種の艦船についての運用は同型艦全てと同時期に建造された同種にあたるボブホープ級とともに海軍輸送司令部に一元化されており、海軍輸送司令部は本型や派生型とチャーター船を用いての輸送、事前集積艦による平時からの装備品事前集積、病院船と補給艦による支援、そして海洋観測艦やミサイル追尾艦による特殊任務も担っています。

事前集積とは、陸軍装備の中において装甲戦闘車や主力戦車など輸送機に搭載は可能であるものの、最大級の大きさを持つ戦略輸送機で持っても一度に1~2両しか輸送できない、空輸に適さない装備について平時から事前に洋上の貨物輸送船に搭載しておき、有事の際には乗員だけを輸送機で展開させ、第一線の後方地域で合流させる方法です。

ワトソン級はこの中の事前集積任務を担っており、8隻全てと2隻の貨物輸送艦により、重装備旅団を含む二個旅団分の資材を管理します。この二個旅団分の装備には機械化歩兵大隊戦闘群四個に相当するM-1A2戦車123両、M-2装甲戦闘車154両を含んでおり、この一隻にもM-1戦車15両前後、M-2装甲戦闘車約20両が搭載されているでしょう。

参考までに貨物輸送艦として運用されるSGTマティコカック級は満載排水量48754t、コンテナ貨物船構造を採用しています。元々がコンテナ貨物船なのですが、コンテナ532個とその他貨物を搭載し、25000tを収容する構造です。ワトソン級は車両以外の貨物も搭載しますが、SGTマティコカック級二隻が充当されていますので米陸軍の二個旅団は15日間の戦闘でも少なくとも50000tの物資を割り当てていることがわかりますね。 そこに、ワトソン級の膨大な車両が加わる、米軍の物量が凄いといわれるわけだ。

二個旅団といえども後方支援部隊を含めれば米軍の編成では20000名に達し、この20000名が15日間にわたり戦闘可能な弾薬や食料、燃料に補給物資、そしてそれらを支える4500両の車両を上記のとおり10隻が輸送することとなっています。 それにしても、現在、ここ佐世保を訓練区域の一つとして実施されている自衛隊統合演習では高速カーフェリーでの協同転地演習として展開した90式戦車と89式装甲戦闘車が演習参加部隊に挙げられていますが、本来の支援を考えた場合、車両のほかに必要な支援車両に加え燃料と弾薬が必要になるのですが、米軍ほどの規模は不要ですけれども、考えるべき点は多いのでは、と。

事前集積は、基本的に米陸軍により五つの部隊により実施されていますが、この中で事前集積船に備蓄されているのはひとつのみで、他は米本土と欧州、それに韓国と中東に陸上集積されています。集積船は潜水艦や航空攻撃の脅威にさらされることにもなりますが、米陸軍全体が保有する装備の中ではほんの一部分に過ぎず、機動力が重視されている、ということになるのです。 このあたり、予備というか装備と定数を充足さえできない自衛隊との違いが浮き彫りで、思い出すのは映画遠すぎた橋での連合軍の輸送機による空挺部隊同時展開の編隊を見上げてのヴィットリッヒSS第二機甲師団長を演じたマクシミリアンシェルの台詞、大した物量だ羨ましい。

このほか米海軍では海軍の各種弾薬を補給艦が集合する補給拠点へ輸送するコンテナ貨物船や、空軍が運用する航空燃料や弾薬を輸送するコンテナ貨物船、それに燃料全般を輸送するタンカーなど10隻を事前集積部隊として割り当てています。有事の際には民間からの徴用やチャーターが行われ、これら膨大な物資が輸送されることで潤沢な米軍の運用を支えて、戦域での優勢が担保されるということ、正面戦力では米軍に特に個々の分野で対抗しようという動きは地域大国の間において皆無ではないのですが、米軍の兵站基盤に対抗しよう、という動きを見せている国というのは聞いたことがないのですよね、そこが米軍の兵站の意義を経験と歴史から理解と実施に反映させているゆえの強さなのだと思います。

まあ、事前集積という方法だけを見ますと、これも自衛隊は見習うべき、ということは全く不可能です。というのも、いまだに本土には戦車は74式ですので、90式戦車を北海道からの展開に備えて九州に配備するのなら九州に或る2つの戦車大隊に配備しろ、ということになります。しかも、事前配備船の車両というのはバッテリーの維持等整備にも一定の必要性がありますし、いざ運用しようとすると輸送機で空輸された兵員がみれば部隊で使用している車両と同型でも微妙に仕様が違っていたり、整備度合などに相違点があったり、イラク戦争や湾岸戦争規模の戦争が無ければそのまま陳腐化して殆ど使われず不要になってしまったり、難点は多いです。米軍はそれでいいのでしょうが、この方式を自衛隊が踏襲するのは、ちょっと、ね。

しかしながら、自衛隊を見てみますと、かつては本州から有事の北海道に1個連隊戦闘団を送ることを念頭に、おおすみ型輸送艦3隻が整備されたのですが、師団輸送隊の73式大型トラック39両で普通科連隊を自動車化、といわれていた時代は遙か昔、いまは1個中隊だけで軽装甲機動車を25両前後に迫撃砲小隊等を持っており、おおすみ型一隻で1個中隊と支援の戦車小隊や戦砲隊と支援車両を搭載するのが限度。しかも最近は動的防衛力の整備を念頭に機動運用部隊に指定されているのが中央即応集団と、そして第7師団、戦車連隊を主力とした機甲師団である第7師団ですので、九州や南西諸島への展開を考えれば輸送力が圧倒的というか致命的なほどにに不足しているのは明白、ここまでおおきな貨物車両輸送艦は不要だけれども、しかし、と思ったりしましたのは確かでした。ところで、世界の艦艇カテゴリって、米軍艦船は扱わないのでは?、と思われる方もいるやもしれませんけれども、いやあ、この艦、珍しいので、通常はインド洋からアラビア海を遊弋していることが多いとのこと、なる程、ということで掲載しました。
北大路機関:はるな
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