◆自衛隊は戦闘除染が専門、地域除染は専門外
一川防衛大臣は、福島県内においてまもなく開始される福島第一原発周辺20km地域の除染に民間業者に先んじて自衛隊を300名程度投入する方針を示しました。
誇らしく部隊旗を掲げるのは第六化学防護隊の隊員、霞目飛行場において行われました東日本大震災以来最初の東北方面隊創設51周年記念行事における一枚。第六化学防護隊は東北南部を警備管区とする第六師団に所属しており、管内に福島第一原発があります。世界でも最も過酷な原子力災害の現場に立ち向かう部隊、方面隊行事ですが、第六化学防護隊からの部隊参加は彼ひとり、何故ならばこの時点で第六師団は原子力災害派遣に対応中であったからです。
300名、防衛大臣は簡単にいってくれますが、実質三個師団程度の化学防護隊に匹敵する数。さて、福島県内での除染作業はこれまでも一時帰宅者に対する除染作業が行われており、先週の防衛省発表では第十師団より化学防護隊が派遣が行われていますが、今回明示されたのは人員や車両に対する除染ではなく、地域そのものの除染です。実は、同じ除染でも全く異なるもので、この地域除染は自衛隊の専門外というものです。そういうのも、自衛隊はなぜ核兵器や化学兵器に生物兵器といった特殊武器に対する除染能力を持っているのか、ということを考えてみると非常にわかりやすいかもしれません。
化学防護部隊、特殊武器防護部隊を自衛隊が組織し運用しているのは、自衛隊が国土防衛に際して戦術核兵器や化学兵器による攻撃を受けた場合への対処を行うことを念頭に置いているからです。この場合の除染は、第一に攻撃を受けた部隊への治療と汚染物質の除去を行い戦闘能力を回復するという任務。そして第二には核物質や化学兵器により汚染された地域のなかでも特に自衛隊が作戦行動を行う上での展開地域や陣地、そして補給通路を維持するために除染を行う必要がある、これが自衛隊の化学防護部隊と特殊武器防護部隊が編制されている背景です。即ち任務は戦闘除染であるわけですね。
戦闘除染。自衛隊の部隊は個々に高度な特殊武器への防護能力を有しています。隊員一人一人は防護マスクを保有しており、化学兵器への防護力があると共に放射性降下物吸引による二次被曝としての体内被曝を防ぐことが出来ますし、自衛隊の戦車は全てNBC防護能力を有していて、数は十分ではないのですが、装甲車や自走榴弾砲にもNBC防護力があります。そして、自衛隊には戦闘地域の中で除染が必要な地域ではこの防護能力に依拠して任務を継続し、その汚染圏外に後方地域として物資集積所や車両整備拠点、飛行場や野戦病院といった策源地を設置する、こうした選択肢がありました。こうして、特殊武器防護部隊、化学防護部隊は汚染地域の画定、何処から何処までが汚染されているのかをまず化学防護車や生物偵察車により計測しその境界を明示します。
戦闘除染は、場合によっては戦闘状況中に実施され、上記検知作業を行い、そして除染車や除染装置に除染器といった装備を使い、除染するわけです。戦闘除染は、致死性毒物が充満している状況で実施、例えば地下鉄サリン事件の際にはサリンが充満する地下鉄に部隊が投入されていますが、ああいう状況での投入が想定されています。化学防護車には装甲防御力が施されていて、車内から操作可能な機関銃が搭載されていますが、これは除染作業中に攻撃を受けた場合の防御力と自衛戦闘能力を想定しているから、まさに自衛隊でしか実施できない任務といえるでしょう。
地域除染。今回自衛隊に付与されている任務は、地位全体に生活を取り戻すための徹底した除染を行う行動です。自衛隊員は緊急時には100mm?までの被曝を念頭に任務遂行が想定されているといいますが、住民には年間許容被曝量は1mm?まで、自衛隊員は汚染が許容量を超えている場合には後方地域に撤退することを念頭に置いているのですが、今回は後方地域から20km圏内に生活基盤を取り戻すための除染です。汚染が危険といって広報に避けるのではなく、前方と後方を区分しないための除染ということ。
地域除染は高い除染が求められます。当然の話ですが、一般市民は化学防護用のガスマスクは、基本的に装着せずに生活を営むのですから、戦闘除染とは次元の異なる徹底した除染が必要です。一般市民はNBC防護能力を持つ装甲車ではなく基本的に乗用車で生活しますので、そうした意味でも除染は戦闘時に想定されている線量まで下げることは無意味で、一年三百六十五日、何年も何十年も生活して差支えない水準まで除染しなければなりません。自衛隊はそこまでの除染任務を想定した編成を行っていないのです。
そして、今回の決定に問題があるのは、自衛隊の特殊武器防護部隊、化学防護部隊は非常に少ない、ということを無視していることです。自衛隊の化学防護部隊と特殊武器防護部隊は、まず中央即応集団に中央特殊武器防護隊があり、これは大隊規模という別格の大きさとなっています。しかし、それ以外には全国に15個ある師団・旅団に司令部付隊等として二個小隊規模の化学防護隊か特殊武器防護隊が置かれているだけです。実はオウム真理教による地下鉄サリン事件を受け拡大されて現在の規模になったのですが、地下鉄サリン事件以前には師団司令部隷下に化学防護小隊が一個置かれていただけでした。化学防護車2両と除染車2両、確か能力的に一日で汚染地域の車両を除染すると共に補給路として重要な400m×15mの道路を戦闘除染できる規模だったと記憶します。違ったらご指摘いただけると幸い。
先にも記載しましたが、自衛隊は検知という任務があります、補給路を維持するうえでの除染が必要な地域を確定し、除染が必要な地域と放棄しなければならない地域の区分を行わねばなりません。今回は原発から20km圏内と明示されていますが、実際に自衛隊が想定している任務ではどこが汚染されているのかわからず、何処まで拡散しているのかがわからないのですから検知に重点が置かれます。続いて除染能力、があるわけです。つまり、です、化学防護部隊と特殊武器防護部隊は規模が少ないのですが、その部隊の全てが除染部隊ではない、ということがあるわけでして、しかも特殊武器防護隊は規模が化学防護隊よりもやや大きいのですが、これは生物兵器対処能力を強化しているから、やはり除染部隊は少ない、この点は認識されているのでしょうか。
地域除染といえば、高圧放水により汚染された表土を剥離させ、必要であれば土壌そのものを撤去する。建築物への除染は研磨装置と高圧放水器を併せて実施し、浸みこんだ放射性核子を水流により削り取ることにより実施します。これは、除染装置ではなく高圧放水器だけでも対応できることなのですが、自衛隊の任務は高圧放水や研磨ではなく戦闘、余り数はないのです。もちろん、155mm榴弾砲や戦車砲で汚染された建物そのものを吹き飛ばすでもするならば別ですが、除染、しかも地域除染はなあ、というところ。
とにかく、無理を無理やり通そうと思っているようにもおもいます。携帯除染器は化学兵器の中和剤散布用だから圧力が足りず、使えるのは除染車と94式除染装置でしょうか。除染車と除染装置、数が足りないのは何よりも最初に分かるのですが、道路除染だけではなく建物除染となれば、建物となると当然寸法が車両よりはるかに大きいですから設計上除染車などは道路と車両除染までしか考えていないので、ノズルの長さが足りるのかなあ、ということ。それに建物の除染作業は自衛隊の化学学校でも実地運連や研究としてどれだけおこなっているのか。
建物除染、高圧放水、ううむ。原子炉冷却に投入した航空火災用消防車なら、もう少し高いところに届くのでしょうが、あれは除染用ではないですから建物全体に高圧放水を行うことになります。多分長時間行えば放射性物質は剥離してくれるでしょうが、航空機火災想定訓練用の実物旅客機が水圧で変形崩壊するほどですから木造建築物に長時間航空機火災用消防車が高圧放水を続ければ水圧で倒壊してしまうのでは、とも。しかし、除染車でないとこれくらいしか思い浮かびませんね。
そういえば、1972年のあさま山荘事件でも、機動隊の突入口を開いたのはハンマーではなく、遊撃放水車、冷却任務では角度と出力が足りず原子炉まで水が届かなかった装備ですがあの13t放水でしたよね。ううむ、木造家屋は確実に倒壊か全壊でしょう。ほかに何か除染に使えそうな装備あるでしょうかね。すると、建物が吹き飛ぶという理由で旧ソ連がやったような航空機用エンジンをトラックに搭載して高圧放水する方法もダメ。擦ればいいのだろうとデッキブラシの人海戦術も実際にやってみると効果がないことは既に証明されていますし、困りました。すると、やはり除染車で気長に、ですか。
どうしても、というのでしたら。これも今回対応すれば対応した、という先例を作ってしまい、次の原子力災害においても踏襲される可能性があるのですから、今回の任務では無理ととおすことになるという前提で、師団旅団の化学防護隊と特殊武器防護隊を二個中隊規模に増勢し、普通科連隊や特科連隊などの本部管理中隊にも化学防護小隊を配置、全国の方面隊五個すべてに中央特殊武器防護隊に匹敵する大隊規模の方面特殊武器防護隊を置く、この為に陸上自衛官定数を化学科隊員のみで2000名増勢、これくらいは実施してもらわねば。
除染車。先ほどから見栄えのいい化学防護車ばかり掲載してきましたが、化学防護車は検知用の装備、除染は除染車の後ろに搭載された除染装置によりおこないます。薬剤を混ぜた中和剤を高圧噴射することで除染します。中和というのは化学兵器を想定しているから、放射性物質は中和できませんが、高圧噴射できる装備はこれだけです。次の原子力災害を想定して、今回前例を作り化学防護、特殊武器防護部隊の抜本的増強を図る、必要な予算は百億円単位で補正予算に盛り込む、というのならば、賛成なのですが、地域除染、やはり民間企業の仕事だと思います。これらの実情を提示したうえで、まだ自衛隊に地域除染を求めるというのは、民間企業に致死性毒物が充満する状況にて戦闘除染を行う要求を出す場合と同じほど無謀だと考えるのですが、どうでしょうか。
北大路機関:はるな
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