北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【G7X撮影速報】第12旅団創立17周年/相馬原駐屯地創設59周年記念行事(2018-04-14)

2018-04-16 20:06:03 | 陸海空自衛隊関連行事詳報
■日本空中機動旅団発祥の地
 群馬県は榛東村にある相馬原駐屯地は日本空中機動旅団発祥の地、そして自衛隊最初の戦車部隊が誕生した地でもあります。

 土曜日に第12旅団創設記念相馬原駐屯地祭へ行ってまいりました、北関東信越地方を警備管区とする精鋭旅団です。日曜日は高崎市の吉井分屯地へと考えたのですが、上田城探訪へ転進しました。善光寺、松本城、長野県の名所旧跡を一挙に巡る一大旅行となります。

 第12旅団は2001年に第12師団を旅団へ改編し創設された空中機動旅団です。現在、四国善通寺の第14旅団が即応機動旅団へ改編され全国へ緊急展開する精鋭部隊へ一大転換しましたが、第12旅団の空中機動旅団改編は、その発想の原点にあるといえるかもしれません。

 旅団司令部、司令部同付隊、第2普通科連隊、第13普通科連隊、第30普通科連隊、第12対戦車中隊、第12偵察隊、第12特科隊、第12高射特科中隊、第12ヘリコプター隊、第12施設隊、第12後方支援隊、第12通信隊、第12化学防護隊、第12音楽隊が基幹部隊だ。

 空中機動旅団として第12ヘリコプター隊が置かれており、OH-6D観測ヘリコプター4機、UH-60JA多用途ヘリコプター8機、CH-47JA輸送ヘリコプター8機、が配備されています。師団飛行隊は通常UH-1J多用途ヘリコプター2機とOH-6D観測ヘリコプター2機のみ。

 即応機動旅団の運用構想に先行する旅団編制ですが、改編当時は装甲車が化学防護車のみ、偵察隊に偵察警戒車も普通科連隊には軽装甲機動車は勿論指揮通信車もありませんでしたが2013年の旅団改編にて偵察警戒車、軽装甲機動車、指揮通信車が配備されています。

 相馬原駐屯地は毎回群馬バス相馬原自衛隊前にて降車し、延々駐屯地外柵沿いを榛名山麓相馬原飛行場へ実に40分掛けて登攀していましたが、実はバスの終点榛東温泉が最寄である事に昨年漸く気づいた当方、しかし本年は幸い東京の友人と共に車両展開が出来ました。

 榛名山麓の相馬原駐屯地、式典会場の相馬原飛行場は遠景に赤城山を一望する風光明媚な立地にあり、そして榛東村に司令部が置かれる旅団、陸上自衛隊の全国15個が維持される師団旅団で、第12旅団は唯一、市町村の村に司令部が置かれている駐屯地でもあります。

 赤城山を望む榛名山麓の相馬原駐屯地、地酒に赤城山と榛名山、霧の榛名、という呑み口の優しい清酒がありまして、高崎市内で二晩痛飲したのですが、司令部ご当地の榛東村となりますと、中々に居酒屋や小料理屋を探すのも難しく、此処にホテルがあれば、と思う。

 JR群馬総社駅が最寄り駅なのですがそれでも7kmあり、路線バスで移動するならば高崎駅か前橋駅から一時間ほどかけて展開する他ありません。せめて方面輸送隊の支援を受けて群馬総社駅からシャトルバスでも運行してくれたら楽なのになあ、と少し考えてしまう。

 第12旅団、旅団改編当時は3000名規模の部隊でしたが、順次改編され4000名規模の旅団となりました。実は改編当時、即応予備自衛官主体の第48普通科連隊が新編され4個普通科連隊基幹であった時代があります。しかし、この編成が2013年の改編で転換しました。

 2013年3月の旅団改編にて第48普通科連隊は連隊本部を相馬原駐屯地に置きつつ武山駐屯地の東部方面混成団隷下へ移管、一方、第12通信中隊と第12施設中隊がそれぞれ第12通信隊と第12施設隊へ増強改編を受け、装甲車両も抜本的に強化され、今日に至ります。

 空中機動旅団でもせめて10式戦車の戦車中隊があればとか、即応機動旅団と云わずとも冷戦時代に北方機動演習にて北転師団は同様の機動展開を考えていたとか、コンパクト化というより低充足実情に合わせた、との声も聞こえなくも無いですが、充実した撮影でした。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする