北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

火災の『しらね』 来年除籍の『はるな』CIC機器利用で再生へ

2008-02-19 13:21:17 | 防衛・安全保障

■修理費用200億から50億円へ修正

 2007年12月14日の深夜、戦闘指揮所(CIC)での家庭用電気機器から出火した火災でコンピュータ部分を全損した護衛艦“しらね”、一時は除籍も考えられたが、修理の方向で動き始めた。

Img_1287  毎日新聞の報道によれば、2009年に除籍予定の護衛艦“はるな”(写真左の『141』とある艦)のCIC機器を“しらね”(写真右の『143』とある艦)に移植することで、当初、200億円から300億円とされた修理費用を50億円に低減することが可能となり、2009年度防衛予算概算要求に、この費用を盛り込む方向で調整する、とのことだ。

Img_5716_1  ニュースとしては、今朝0407時頃、ハワイでの訓練から帰投中の海上自衛隊最大の護衛艦である護衛艦“あたご”が千葉県の野島崎沖42kmで小型漁船“清徳丸”と衝突し、漁船が大破漂流中という情報が飛び込んできた、こちらについてはまだ、はっきりとした情報が入らないので詳述は避けたい。

Img_9970  さて、12月14日の護衛艦“しらね”の火災は、当初、電気機器系統のショートが原因といわれていたが、今月18日に発表された海上幕僚監部事故調査委員会の調べによれば、CICに持ち込まれた私物の保冷温庫から異常加熱により出火し、八時間に及ぶ火災となったのが原因と見られている(写真は事故の約一ヶ月前に撮影した横須賀基地の“しらね”)。

Img_1152  “しらね”は、当初、新型護衛艦“ひゅうが”の横須賀配備により、除籍される“はるな”の後継として舞鶴基地に配備されるとみられていたが、09年度予算に盛り込まれることで、舞鶴基地に回航し、“はるな”と“しらね”を横付けして、機器を移植する構想ではないかと、推測する。

Img_1177  火災が原因で、耐用年数も近いことであるし、早期除籍を検討しては、という浅はかな考えをもたれる方もいるようだが、横須賀という首都東京に最も近い基地に配備され、第七艦隊旗艦“ブルーリッジ”の姉妹艦ともなり、永きにわたり、海上自衛隊の顔として活躍した“しらね”は費用以上の伝統が練りこまれている。伝統は醸成されるもので、一朝一夕に札束を積んで買えるものではない。その象徴を火災で失うとあっては、今後五十年の汚点となるだろうが、修理されれば、単なる失火で修理として記録されるに留まるだろう。

Img_1446  他方で、“しらね”型と“はるな”型では、外観では共通する点が多いものの、コンピュータの配置方式など、大きな相違があり、移植はCICごとモジュールで移設すればいい、というような容易なものではない、それよりも、来月にも退役すると考えられるミサイル護衛艦“あさかぜ”(写真の『169』と書かれた艦)から、必要機器を残置し、装備修繕費を用いて早期に修理した方が早いのではないかとも思う。

Img_1442  間もなく、海上自衛隊六隻目のイージス艦である“あしがら”が就役し、来年にはヘリコプター運用能力を飛躍的に向上させた“ひゅうが”が、潜行能力を大きく高めた新型潜水艦“そうりゅう”が就役、次期固定翼哨戒機XP-1の運用試験も進むであろう、しかし、それを支えるのは、伝統に裏打ちされた海上自衛官に他ならないということを考えれば、旧海軍の軍艦旗を自衛艦旗と定め、自衛隊が日本型組織である以上、伝統墨守であって然るべきと信じたい。

HARUNA

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海上自衛隊練習艦隊近海練習航海部隊 白銀が迎える舞鶴基地

2008-02-18 16:39:15 | 海上自衛隊 催事

■練習艦隊舞鶴入港

 本日1450時頃、33万アクセスを突破したようです。ありがとうございます。さて、17日、京都府北部、滋賀県北部は、この冬いちばんの豪雪に見舞われ、京都新聞HPによれば、福知山市雲原に67cm、綾部市老富で100cmの積雪があったとのこと。

Img_7939  かねてから雪の舞鶴という題材を求めていた小生は、練習艦隊舞鶴入港の情報に接し、これを絶好の機会と捉え、舞鶴へ向かった。豪雪により列車が六本運休となり(一時間に一本か二本という路線では、六本運休の影響は大きい)入港撮影には間に合わなかった。しかし、舞鶴は、北吸と日本海を見下ろす五老岳も雪化粧、そして護衛艦“はるな”と練習艦隊がうまく重なり、あたかも水墨画のような情緒溢れる風景を醸しだしている。

Img_7879  練習艦隊旗艦、“かしま”を表敬訪問した舞鶴地方総監の加藤耕司海将。練習艦隊司令官の井上力海将補は、前任が呉基地の第4護衛隊群司令ということなので、やはり、この物凄い雪が話題に上ったのかな、と。なんとなれ、一時は50㍍先が見えなくなるほどの吹雪であった。

Img_7923  練習艦“しまゆき”(前列桟橋寄)、練習艦“あさぎり”(前列海側)、練習艦“かしま”(後列桟橋寄)、護衛艦“うみぎり”(後列海側)。

 画面の端の方には舞鶴地方隊の護衛艦“あぶくま”が写っている。名古屋や神戸でも撮影した練習艦隊も雪景色を背景にすると新鮮な印象。

Img_7892  舞鶴基地に入ると物凄い吹雪なので、ここは一つ売店で状況の推移をみようと、足を進めると、改装中につき臨時休業という残念なお知らせ。しかし、一瞬吹雪が止んだので、練習艦“かしま”と護衛艦“うみぎり”を撮影。“はるな”の係留されているところまでは、除雪作業が完了していないため、立ち入ることが出来なかった。

Img_7900  舞鶴まで、始発の福知山行き普通に乗車したのだが、乗換えの綾部駅で、特急“はしだて”か“たんば”か“まいづる”か、“きのさき”か判らないほど、車体正面に雪を纏った183系電車を眺めつつ、本当に舞鶴にいけるのかな、と不安になったりしたが、こうした写真が撮れたので満足である。それに舞鶴基地以外にも様々な写真を撮ることができたし。

Img_7901  艦隊入港から一時間まだ少々。“ゆき”型護衛艦(現在は練習艦)に乗っていても、呉の隊員には行きは珍しいらしく、さっそく桟橋に雪ダルマが作られていた。案内の隊員さん曰く、舞鶴の隊員は雪に慣れていますからそんなことはしません、と。

Img_7813  舞鶴の隊員は、というと、除雪である。桟橋は長い。ちまちまとスコップを振るうのではなく、人海戦術。桟橋にまず勢い良くホースで放水し、放水で根雪ができないよう引き剥がす、片端から、そのまま除雪用の大きなスコップで海に放り投げる。護衛艦などでは甲板に積雪とならないよう、放水管から水を流し続けている。

Img_7783  この冬いちばんの雪ということで、見学者で一眼レフを持った人はほぼ見かけなかったが、雪中行軍により舞鶴を駆け回った小生は、こういった写真を撮ることができた。なるほど、写真に苦労は写らないとはよく言ったもので、苦労は写っていない写真、それだけに清涼感を後日に残すことができた次第。

HARUNA

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海上自衛隊練習艦隊舞鶴寄港 2月17日入港/2月20日出港

2008-02-17 16:17:45 | 北大路機関 広報

■練習艦隊 本日舞鶴入港

 写真の整理も出来ていない中恐縮ですが、本日(17日)、舞鶴基地に海上自衛隊練習艦隊が入港しました。出港は20日の模様。

Img_6442_1   本日、日本海側は大雪とのことで、行ってみると“♪雪~の行軍・氷を踏んで♪”という状況。しかも現在位置は停車中の電車の中からなので、写真は展示訓練の際に撮影した写真などで代用。始発で展開したのですが、西舞鶴~東舞鶴間で倒木(線路に雪の重さではみ出ていた程度)の影響などで遅れ、入港の様子は撮影できなかった。

Img_0144  写真を整理し次第詳報として掲載する予定ですが、本日、五老岳にも相当の積雪があり、前島埠頭(フェリー桟橋のあるところね)から、護衛艦と雪山という冬らしい写真も撮影できた。補給艦“ましゅう”は沖留めで、向こう側の、舞鶴という地名の由来となったような美しい情景をみることができる。

HARUNA

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KC-767空中給油輸送機 米連邦航空局より型式証明交付

2008-02-16 18:15:15 | 先端軍事テクノロジー

■2月13日 型式証明交付

 KC-767がようやく、航空自衛隊に配備される見通しがついたとの報道があった。ボーイング社によれば、13日に型式証明が交付されたとのことで、来月までには初号機が日本に到着する見込みとのこと。

Img_7823  先日のXP-1撮影成功、これはまさに一つの運だったといえるだろうし、とりあえず、雷の神様ということで航空関係者の参拝も多いという上賀茂神社へ、今日行ってきました。で、そのあと、さいきん舞鶴で“はるな”続き、“くらま”に失礼ではないか、という指摘が研究仲間からもあったので、徒歩で鞍馬山へ展開。10kmも山道だとそうとう長いことを体感して先ほど戻った次第。この写真を撮影した13日、KC-767の追加型式証明が交付されたという訳。

Img_5151  浜松基地航空祭にてその雄姿を観覧者にみせるE-767空中早期警戒管制機。政府専用機であるB-747(個人的には爆撃機じゃないんだし、B-747というより要人輸送機であるからVC-747という呼称が正しいと思うのだが・・・)に次いで大きな自衛隊機である。KC-767は、このE-767と同じボーイング767型旅客機が用いられている。

Img_5166  KC-767は、2007年3月までに納入され、航空自衛隊に配備される構想であったが、新型機ということで2005年には初飛行を果たしたものの、ようやくアメリカ連邦航空局の安全に関する追加型式証明がとれたことで、もう間もなく日本にフェリーされるといわれている。2号機も初飛行は終えており、3月までには2機のKC-767が配備される、らしい(写真は二機ともE-767)。

Img_7221  KC-767の配備は小牧基地となる。KC-767は、Cという部分からも判るように、パレット輸送による航空貨物輸送も可能、人員輸送も可能となっており、むろん、整備された空港施設がなければ運用できず、この点、写真のC-130Hや、現在開発中のC-Xのような野戦運用は不可能であるが、緊急人道支援任務ではC-130Hよりも遥かに長い航続距離(9000km程度あるようだ)心強い輸送手段となるだろう。

Img_4217  写真は、KC-767用格納庫。神明公園や航空館からよくみえるのだが、ご覧の通り、格納される機体が到着しないまま一年以上が経った。ボーイング社からの輸入を担当する国際商社である伊藤忠商事は、納入延期に伴い、毎日一千万円を違約金として防衛省に払っている。遅れた要因は、人員輸送にも充てることから追加の型式証明が必要となったと、されている。

HARUNA

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XP-1/P-X 海上自衛隊 次期固定翼哨戒機 2008年最初の試験飛行

2008-02-15 13:37:22 | 北大路機関特別企画

■30万アクセス突破特別企画

 2月13日、相模原市では陸上自衛隊次期主力戦車となる新戦車が報道陣に一般公開されたが、同日、岐阜基地では次期哨戒機の試験飛行が行われ、確かな(?)情報をもとに展開した。ようやく撮影できたXP-1を30万アクセス突破記念記事として掲載したい。

Img_7940  2007年9月28日に初飛行を果たした海上自衛隊次期固定翼哨戒機。川崎重工を主契約企業として技術研究本部が開発を実施。輸入したリベットの欠陥などにより初飛行は計画よりもやや遅れたものの、2月13日には今年に入って初の飛行試験を実施した。四回目(五回目か?)の試験飛行ということで、遠からず海上自衛隊に引き渡されるものといわれている。

Img_7922  岐阜基地に着陸するXP-1と随伴機であるP-3C。最大の相違は双方とも四発機であるが、P-3Cがターボプロップ方式のプロペラ機であるのに対して、XP-1は四発ジェット機であるという点。実用四発ジェット機の国産開発は日本航空史上初の快挙であり、これにより海上自衛隊の航空哨戒能力は大幅に向上する。

Img_7814  ジェット化により、巡航高度はP-3Cの8800㍍から11000㍍となる。無人偵察機グローバルホークは高度10000㍍の位置から120km先に遊弋する水上艦を光学情報として探知することができるとされ、レーダー索敵のように逆探知されない光学機器による哨戒などでは、この高高度飛行性能は大きな威力を発揮する。対艦ミサイルの運用も可能とされるので、水上艦が搭載する最大射程の対空ミサイルをもアウトレンジして攻撃することが可能だ。

Img_7828  巡航速度もP-3Cの620km/hに対してXP-1は830km/h。航続距離は8000kmあり(フェリー航続距離ではなく、実用航続距離といわれる)、対艦ミサイルを運用した洋上阻止任務に用いた場合、戦闘行動半径では旧ソ連のTu-22Mバックファイアを凌駕する。実用試験が最近行われていないとの話を聞くが、航空自衛隊の超音速対艦ミサイルXASM-3が将来的に運用できれば、その能力は大きく向上する。

Img_7833  航空自衛隊との統合運用が強化されれば、近隣諸国で空母機動部隊を有する海軍が、わが国に対して脅威を及ぼした場合でも、低空進入能力を有するF-2支援戦闘機が敵航空母艦をミサイルにより無力化し、洋上航空作戦能力を無力化すれば、水上戦闘艦に対してXP-1が無力化任務を遂行することも可能となる。加えて経空脅威が無い状況では、GPS誘導爆弾JDAMを搭載し、イラク戦争において戦略爆撃機B-52が行ったように携帯対空火器の射程外である成層圏から近接航空支援を行うことも技術的には可能となる。

Img_7854  随伴機として飛行するP-3C.P-3C哨戒機の後継として導入されるXP-1は将来的にはOP-3C画像データ収集機、EP-3電子データ収集機、UP-3D電子戦訓練支援機の後継となるのだろうが、増槽を搭載して航続距離をTu-95ベアやRC-135リベットジョイント並の15000kmに伸ばし、偵察機として運用してみては、と思ったりする。E-2Cの後継機としてレーダーを搭載して早期警戒型としたり、機体後部にあるソノブイ格納部とMADまでの延長部を利用して空中給油機型を開発しては、と考えたりする。

Img_7874  岐阜基地上空をフライパスし、着陸のために旋回するXP-1.『平成19年度防衛予算概算要求の概要』によれば、海上自衛隊航空集団は部隊再編により固定翼哨戒機部隊は四個航空群隷下の8個航空隊を4個航空隊に再編する構想があり、XP-1の生産数は100機を揃えたP-3Cの調達数よりも縮小される計画とされる。それでも70機の調達が構想されており、性能向上を踏まえれば作戦遂行能力はむしろ向上すると考える。

Img_7894  XP-1は、主任務を対潜哨戒、そして洋上哨戒とするが、艦隊間のデータ中継や指揮通信支援など、陸海空自衛隊全般の共同交戦能力発揮にも用いられることとなろう。乗員はP-3Cの11名から13名に増加するとされ、これは多用途化の象徴と考えてもいいのではないか。

Img_7930  現在、米国では米海軍の現用P-3C後継機として次期哨戒機P-8Aの開発が行われている。ボーイング737型旅客機を母体とした機体だけに、様々な電子機器を搭載する余裕があるのだが、対潜哨戒を行う為には、低空を低速飛行する必要があり、航空を経済巡航速度で飛行する双発旅客機を流用するには技術的な問題があり、対潜能力では無人機と併用する苦肉の案を模索している。737Multimission Maritime Aircraftというだけあって、多用途性能は高いのは確かであるが、近年、西太平洋において潜水艦脅威が高まる中、このP-8の対潜哨戒機としての性能ではXP-1に劣っているように思えてならない。また、価格も早期警戒機並、もしくはそれ以上となるようで、米軍でも調達数は108機の調達を計画するに留まっており、開発費高騰から開発は大きく遅延している。

Img_7941  XP-1初撮影は、順光という最高の撮影環境でカメラに収めることが出来た。当日、京都は大雪、こんなんで本当に飛ぶのか、と思いきや東海地方は曇り。午後から雪となったが、XP-1が着陸に向かう瞬間に青空と日光が射してきたことは、運に感謝したい。11日には32万アクセスを突破、お昼には325405アクセスを記録していた。たくさんのアクセスに感謝したい。

HARUNA

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新戦車最終試作完了 技術研究本部相模原施設にて報道陣に公開

2008-02-14 09:47:57 | 先端軍事テクノロジー

■新型戦車!(08式戦車?)

 陸上自衛隊の新戦車が三菱重工相模原製作所にて発表された。いつもお世話になっている軍事専門家の方に写真をみせていただいたので、ここから注目した点を幾つか。なお、北大路機関は行ってない(当たり前)し、新戦車の写真を持っていないので、90式戦車の写真で代用。

Img_6955  新戦車の砲塔正面は複合装甲が用いられているとされる。照準器のサイトから砲塔先端までの距離を考えるとレオパルド2A5のような砲弾エネルギーを複合装甲に適した角度に調整する機能があると考えられる。

 砲塔側面には装甲がバルジにように出ているが、おそらくRPG対策の中空装甲と考えられる。バルジ部分は正面装甲と段差になっていることから、段差になっているのは、正面装甲の装甲部分はその後ろに乗員がいない為で、このことから装甲厚が推測できる。

 砲塔正面部分を精査するとボルト留めされているモジュール装甲と呼ばれる部分がよくわかる。蛇足ながら、徹甲弾のような運動エネルギー弾の直撃場合、着弾の衝撃で外れないか、という疑問が頭をよぎったり・・・。
90式戦車が120ミリ滑腔砲の3発の直撃に耐える映像があるようだが、この戦車もそういった防護力はあると考える。軽量化と両立した点は、これが18年の技術進歩?。90式戦車と同じく装甲開発に京セラと三菱マテリアルが参加しているのであれば、セラミックとチタンの複合装甲、ということになるのだろうか。レオパルド2は複数のチタンプレートを器具で固定する拘束コンポジットアーマー方式を採用しているとされるが、一枚セラミックと比べて継ぎ目の部分(これは重ねることで対処している)が弱点とされましたが、京セラの技術ならば一枚プレートを重ねているのかな、と。こうすれば防御力は上る。

Img_0215  新戦車の砲塔各所にはセンサーが取り付けられている。操縦手用のハッチとなりにもなにか、カメラ的なものが配置されている。新戦車は協同交戦能力の充実に力点が置かれている為、陸上装備体系において最高の防護力を有する戦車が先頭に情報を収集する一手段ということか。

 専門誌などで、90式は砲塔側面の装甲が中空装甲ではないと指摘されているが、前述のRPG対策により、この点は解決された。更に砲塔側面と足回りのゴムスカートがRPG対策を盛り込んでいる模様。他方、スカート部分(これは、実は中身がギッシリの可能性もあってよくみないとわかりませんが)、そこまで厚くないので、ここに被弾した場合、足回りに被害が及ばないか、このあたりが不安になるところ。
砲塔と車体の隙間部分(ここに被弾すると砲塔が機能停止、場合によっては貫徹する)は新戦車ではほぼ無くなっている模様。

Img_6733  車長用サイトは、90式戦車では旋回が限定されていた(まわりに銃架などがあった)が、旋回余裕は確保されたようで、61式戦車の測距器キューポラ部分を少しだけ思い出したり。更に日本戦車の伝統的(?)問題点とされた砲塔上の機銃が後ろから接近する航空機を狙えない(旋回が制限されている)部分は新しい銃架の採用により解決されている。

 主砲は排炎器の形状から、もしかして国産砲?、カバーついてないラインメタル製にもみえますが・・・。

 小さい点ながら、ハッチの形状に注目してみると、おもいのほか薄い。
 丸いハッチがスライドして開くようですが、これにより開閉方法が大きく変わり、ハッチを半開け状態で車外を視察できるところまではいいものの、厚さが15~20㍉?とみえる、155ミリ砲弾の曳火射撃で無力化されるのでは、とおもったりするが、いくらなんでも薄すぎるので、セラミックを用いている十分な防御力を確保している可能性が高い。

Img_6961  極力、自動装填装置、乗員三名化により車内容積を削減し、必要な防御力を有しつつ車体全体を小型化しよう、という点は90式戦車の設計思想を継承している。
ニュース映像などをみると、サスペンションが左右の傾斜も行ったようで、これは74式戦車の技術や地形防御を利用するという思想を継承。
火力では想定される最大脅威に対応することができるというのは、61式戦車開発の思想。まさに日本型戦車の最新といえよう。

これだけの性能で44トンにまとめた、という点がいちばん驚くべきなのだが、同時に価格が7億円(開発費を除く)という点も凄い(韓国のK2が11億円だったと記憶)。巨大化するばかりの第三.五世代戦車技術に投じた一石、というべきやも。

HARUNA

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JR新幹線 のぞみ号から望む大阪第二車輌所(鳥飼基地)

2008-02-13 22:21:43 | コラム

■新大阪~京都間の車輌基地

 本日、本当に時間がないので、非常に簡易な記事にて勘弁。雪の清水寺行ったり、岐阜基地でみんなが大好きな機体を撮影したりしたが後日紹介したい。

Img_1375  新大阪駅からみた車庫。新幹線の夜間撮影において同時に撮影したもの。停車状態で光量も少ないので、メカニックが引き立つ写真となっている。しかし、この車庫以上に、車輌基地には多くの車輌が待機しており、その姿は荘厳、東京~博多間2100kmを結ぶ高速鉄道網の威容を示したような情景となっている。新幹線車内から撮影した写真なので不鮮明なのは御容赦の程を。

Img_4698  鳥飼車輌所。正式名称大阪第二車輌所。写真は、京都に戻る途中の、のぞみ号車内から撮影したもの。十年前は、100系、0系も多数並んでいたのだが、今日では700系、300系と、僅かながらN700系を確認することが出来る。500系や山陽新幹線仕様の0系、100系なども入ることがあるようだが、確認する限り見つからないのがやや寂しい次第だ。

HARUNA

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パノラマカー白雪とともに本線をゆく 名古屋鉄道7000形と車両群

2008-02-12 15:20:35 | コラム

■金山駅で撮影 7000形パノラマカー

 日本列島太平洋側大雪の日、小生は名古屋にいた。早朝は曇っているものの、小雨が飛ぶ程度で、大晦日の舞鶴展開のように豪雪は予報のみに終わると考えていた。

Img_7484  お昼過ぎ、出てみると・・・、なんじゃこりゃぁ!。ううむ、今から銀閣寺に行くかって、170kmは離れてるし、そもそも新幹線も在来線も関ヶ原で止まって、関西線も動いてたとして、大阪から京都までが大変なことになってるんじゃないのか?。ううむ、今居るところでできるだけの写真を撮影しよう、ということになり、そのまま地下鉄名城線で金山駅に向かった。正直、名鉄の雪景色は撮れる機会も少ない。

Img_7278  1000形特急電車パノラマSuper。名鉄の看板特急として80年代後半に登場し、四両編成の全車特別車編成(登場当時は指定席車)が支線特急に、特急料金不要の1200形一般車を連結した一部特別車編成が、名古屋本線特急に投入されている。ハイデッカー方式の全面展望車が名鉄特急の証。

Img_7290  特別車は350円で始発から終点まで乗車しても、一区間でも均一である。展望車部分は一段高くなっており、料金は同じであるが、リクライニングシートのヘッドレスト部分が少し低くなっており、前面展望をより容易としている。この1000形から名鉄はそれまでの110km/h最高速度から、120km/hの運転に移行したが、国鉄からJRへ民営化し、直線が多い線形に恵まれた東海道本線の新快速を相手に、苦戦を強いられている。

Img_7306  空港特急として華々しく登場した2000形と2200形特急電車ミュースカイ。VVVFインバータ制御方式を採用し、振り子式制御装置を搭載した近代的特急電車。空港特急として特にダイヤが重視される特急だが、さすがにこの日は除雪の為に中部国際空港が滑走路一時封鎖という状況になったようだ。

Img_7335  名鉄の近代的通勤電車として90年代半ばに導入された3500形通勤電車。ロングシート方式の車両で、VVVFインバータ制御を採用しているが、更にシングルアーム式パンタグラフを採用した3700形や増結用二両の3200形が導入された。背後の銀色の車体は3150形。三列クロスシート車とロングシートを併用した異色のセミクロスシート車である。

Img_7355  6800形電車。3500形と良く似ているが、車体部分のスカートの有無で区別できる。二両編成の固定式セミクロスシート車であるが、クロスシート部分がやや小さすぎるとの評判。後述する6000形電車の最終系列で、停車時に発電する回生ブレーキを搭載し、界磁添加励磁制御方式を採用している。

Img_7371  これは非常に珍しい。2003年に一部特別車のパノラマSuperの特急電車が名古屋本線線路上に侵入し逆走していた自動車と衝突し(なンでそんなとこ走ってるんだよ!)、1000形部分が大破、仕方なく一般車部分の1200形電車を四両編成の車両として運用されている。一編成しか無いが、セミクロスシート車で、こういった形状の急行用車両が名鉄にはもっと大量に必要だと考える。

Img_7403  2000形特急電車。手前四両が一般席車。後部二両が特別車。空港特急ということで、展望車を含む凄い特急電車を期待していたが、鉄道雑誌を読んで7000形をモダナイズした車輌があり、これこそ次世代の名鉄特急だ!と思ったら、他の某私鉄の偽パノラマカー最新型の特急電車だったりした。

Img_7436  6000形電車と6500形電車。6000形系列の車輌で、1970年代後半から導入が開始され、名鉄の通勤車体系を確立した車輌である。抵抗制御方式から界磁チョッパ方式制御が採用され、技術的には大きく変わったが、なによりも貫通扉が無くなったことで、6500形は原型の6000形と比べて非常にスッキリしたデザインとなった。これを見てしまうと、貫通扉が目立つ車輌が不恰好にみえてくる。

Img_7545  6000形電車二編成。今回撮影したのは金山駅であるが、ここは線路とホームが一体形状の屋根で覆われており、ホームの先まで屋根がある。つまり、外がどれだけ吹雪いていようと暖かい、とはいかなくとも、少なくとも濡れずに済む。デジカメユーザーには防滴が一番の関心事となるだけに、重要な点だ。特急停車駅であるので温食も御手洗も自販機の完備だ。

Img_7452  3150形電車と3700形(3500形の可能性も)の連結車輌。比較的新しい車輌なのだが、これが通勤時に2000形特急電車に併結運転を行うこともある。しかし、3700形の二両編成型である3200形が特急と併結運転も行うこともあり、紅い通勤電車が先頭の特急となるとやや興ざめである。あと、貫通扉が気になる。

Img_7482  7000形パノラマカー。待ってましたこの電車。1961年に導入されて以来、名鉄の主力車輌として活躍した。日本初の全面展望車を有する車輌として知られ、鉄道専門誌“鉄道ファン”創刊号の表紙を飾った電車としても知られる。久々に買った鉄道ファン、愛用のEOS 40Dの広告が載っていたし、また、定期購読しようかな。

Img_7492  金山駅に到着したパノラマカー急行新可児行き。7000形電車の有する連続窓が良く判る、1961年に登場した本車は特急料金不要で、特急、高速、急行などに多用された。やはり良い面構えだ。いつまでも撮っていたいが、しかし背後にはもう一編成の7000形が到着。これは嬉しい時間帯だ。この新可児行きが金山駅に到着するのは1531時。

Img_7132  同時刻、名古屋本線の豊明行き普通が発車する。富士山を逆さにした行き先表示板は、自動幕方式ではなく手動切替方式が採用されている。全面展望席には雪がへばり付いているがワイパーが無い。神宮前駅では運転士が交代するので、そこで撮ることも考えたが、あそこはホームの先が露天。リアル八甲田山は遠慮した次第。

Img_7499  7000形の運転台は一段高いので、110km/h走行時でも80km/hくらいにしか感じないのだとか。また、運転台が高いので安全確認も容易で運転が楽しい車輌であるとはOBの言葉。他方で、古い車輌であるので老朽化、加えて大型の重い車輌であり、消費電力が凄い。7000形が全車除籍となる日はもう間もなくだ。

Img_7514  1539時、次の7000形。こう多くの7000形をみてみると、パノラマカーもかなりの数が残ってるんだなあ、という印象。犬山経由岐阜行き準急。背後からは1200形特急が走ってくるのがみえる。1530時からの十分間がパノラマカー強化タイム。しかし、この日は名鉄全線が雪のため5~10分の遅れであった。隣の金山総合駅の放送ではJR線の遅れはもっと凄かったが。

Img_7135  7000形、1000形、2000形特急電車。歴代の名鉄特急勢揃いといった情景である。いまは既に無い8800形特急、パノラマDXも、かつてはパノラマカー、パノラマSuperとともにここ金山駅に三編成で並んだこともあったのだろうか。実は向こう側のホームからこちらに階段を走って移動したのだが、そうしていると向こうに2000形。向こう側のホームでは柱が邪魔になって、この三世代の車輌集合写真は撮れなかったかも。

Img_7534  1600形特急電車。白帯車と呼ばれた7000形特急仕様車を支線特急に用いていたが、流石にリクライニングシートも御手洗も無く、時間帯によっては普通電車に用いている車輌をそのまま特急に使うのは、ということもあり導入された。当初は、これが空港特急となるのでは、といわれた。支線特急として運行され、全車三両編成。

Img_7571  5700形。この頃になると雪ももう止んでいる。急行用セミクロスシート車として7000形の増強用に導入された。展望車こそ有していないが、客席からの前面視界を確保するべく採用された大きな前面窓が本車の特徴である。このあたりの心配りが失われつつある名鉄車輌の血統。旧型車の機器を流用した5300形は、来年度には全車除籍となる模様。

HARUNA

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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JR WEST JAPAN SHINKANSEN 500 NOZOMI Super Express

2008-02-11 12:38:18 | コラム

■500系新幹線 岐阜羽島通過!

 鉄道専門誌“鉄道ファン”、表紙が名鉄7000形だったので、今世紀に入り初めて購入した。前世紀では熱心な読者だったのだが、諸般の事情(予算ともいう)もあり購入を控えて久しい。

Img_7676  名鉄7000形については、いよいよ全車除籍が近付いているとの事で、創刊号の表紙を飾った何かの縁という、撮影記事が数ページ。特集は500系新幹線であった。積雪の京都を撮ろうにも、当日含め出先にて多忙な日々を送っていたが、名古屋駅の近鉄百貨店星野書店で購入した500系特集に触発され、途中下車にて駅からの撮影を決意した次第。

Img_7667  名古屋駅、京都駅、新大阪駅では停車するため良好な写真は難しく、通過駅の米原駅からの撮影を念頭に置いていたが、時間の関係上、岐阜羽島駅からの撮影を行うと、上下線の500系通過と、N700系のぼり線の通過が撮影できるということが判明した。双方とも、姫路駅撮影作戦では速すぎて良好な写真が撮影出来なかったということもありカメラに力が入る。

Img_7623  1110時、のぞみ号東京行きのN700系が岐阜羽島駅を通過する。岐阜羽島駅では通過時にも安全確認のため駅員さんがホームに出てきて確認を行うようで、これが通過列車の接近を知らせてくれる。また、岐阜羽島駅は直線区間上にあるため、比較的遠方から接近する様子が判る。その分通過速度は速いのだが、そこはEOS 40Dの性能と培った技量を信じる他無い。

Img_7627  N700系は、新幹線がトンネルへ高速進入時に生じさせる微気圧波という、爆発音のような騒音に対処するべく、遺伝的アルゴリズム方式での数万通りの設計試行の果てに生み出された先頭車の形状となった。500系では先頭車のノーズを15㍍とすることで対応したが、これでは乗客定員に響き、扉も先頭部分には設置できないことから、N700系はこうした形状を採用することでノーズを10.7㍍に抑える事が出来たと、鉄道ファン誌に説明されていた。

Img_7628  真横から眺めると、まあ、新幹線なんだなあ、というデザイン。しかし、真横を高速で通過する新幹線の撮影は難しい。N700系は最高速度こそ500系と同じ300km/hであるが、2500㍍勾配の通過速度は500系の250km/hに対してN700系は270km/h、加速速度も500系が毎秒最大で1.92km/h(通常は1.6km/h)に対してN700系は2.6km/h。

Img_7633  N700系は3分で270km/hに達するが、500系では5分程度必要となる。定員乗車時の重量は500系が702㌧に対してN700系が715㌧と、軽量化では500系が勝っているが、編成出力は500系で18240kwに対してN700系は17080kwと省エネである。ううむ、十年間の技術進歩というべきか。

Img_7667_2  1137時、京都方面から名古屋に向かう、のぞみ10号500系新幹線が長良川の鉄橋を渡り岐阜羽島に接近する。名古屋発は1147時ということで、停車時間を考えればほんの数分で名古屋に到着する。EOS 40Dに装着されたIMAGE STABILIZER300㍉望遠が唸りを上げてピント調整完了の電子音にて告げる。毎秒6.5枚の高速撮影機能が青い稲妻をたちまち捉える。

Img_7672  500系は更に接近。6.5枚の高速連写を続けつつ300㍉から70㍉にレンズを手早く調整する。500系は速い、本当に速い。300㍉のままでは一瞬にしてフレームから飛び出してしまうのだ、そうすれば撮影者は負けだ。寒さなどもう気にならない、突風さえ感じない、いや人間の持つ全ての感覚を麻痺させてでも目標の撮影に全力を傾注する。

Img_7675  750km/hで滑走路上を機動飛行する戦闘機を撮るのには慣れている。高速で複雑な機動飛行を展示する戦闘ヘリや対戦車ヘリなどもカメラに収めてきた。

 新幹線は300km/hそこそこ、しかも決まった鉄路の上を走るだけの新幹線をカメラに捉えるのはそう難しいことでは、と考えられる方もいるかもしれない。

Img_7679  しかし、試してみると判る。戦闘機は機動飛行でも500㍍以上先を飛んでおり、ヘリもやや近い程度である。しかし、新幹線の通過は、ほんの十数㍍先を一陣の風とともに、駆け抜けるのである。エンジン音を轟々と響かせ、遠方から接近を最大望遠で追える航空機とは対照的に、低騒音技術の限りを尽くし、忍者の如く忍び寄る高速鉄道システム、その撮影は奥が深い。

Img_7689  1143時、ホームから500系が僅かに姿を現した。1133時に名古屋駅を発車した、のぞみ17号。500系新幹線は、一日5往復のみ、これを撮れなければ、次の博多方面への500系は1533時名古屋発。東京から博多へ、博多から東京へ、毎日ざっと2000kmを走行する500系だが撮ることの出来る時間帯は非常に少ない。

Img_7300  そしてN700系に置き換えられる500系は8連化され、山陽新幹線にて、こだま号となる。疾風の500系が残される時間は限られている。逆光の中を通過するべく接近する500系新幹線。その姿は航空機そのものであり、0系新幹線が陸上攻撃機銀河の系譜になるならば、戦後絶たれたに等しい最先端航空機の姿は今は鉄路の上にあるという印象か。

Img_7302  500系が300系の隣を通過する。270km/hの営業運転を実現した300系は、フランスの高速鉄道TGVの300km/h営業運転開始により一時は世界最速高速鉄道としての地位から転落したが、これを再び取り戻した500系。高コストにより僅か9編成に留まった500系新幹線ではあるが、日本車両史の秀逸無比な異端児として、名前を残すことだけは確かではないかと思う。

Img_7313  1144時、定時通過完了。

 高速こそ新幹線の真髄であるのは確かだが、通過の速度は物凄く、やはり撮影は難しい。遠からず500系の東京乗り入れは終了し、N700系に置き換わるのだろうが、それまでにその素早い姿を様々な情景とともにカメラに収めたい、と考える今日この頃。一番撮りたいのは、富士山と500系新幹線なんだけど、遠いよね、富士山。

HARUNA

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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Ltd.Express SHIRASAGI 加賀百万石金沢と尾張名古屋を結ぶ

2008-02-10 15:05:47 | コラム

■特急しらさぎ号

 加賀百万石金沢と特急雷鳥、特急サンダーバードが大阪を、特急しらさぎが名古屋とを結んでおり、新幹線が整備されていない区間ながらその利便性から多くの利用者に親しまれている。

Img_1494  特急“しらさぎ”と雪を冠した美しい霊峰伊吹山(この写真を撮る為に青春18切符利用)。先日、東舞鶴から小浜線で敦賀に展開し、大晦日に撮り逃した419系の撮影を行った。特急雷鳥かサンダーバードで帰路に就こうとしたが、なにやら、北陸線経由の新快速が55分遅れ、湖西線経由の大阪行き特急も40分の遅れとなっていた。敦賀駅は寒い。そこで、“しらさぎ”号米原行きが間もなく来るということで、そちらに乗ることとした。

Img_3015  敦賀駅に到着した“しらさぎ”号。長大な編成が美しい。名古屋に乗り入れるが、金沢総合運転所に所属する車輌である。正確には西日本旅客鉄道683系2000番台電車で、2003年から導入された。それ以前は雷鳥と同じ国鉄型車輌である485系電車が用いられていた。写真は、貫通扉型先頭車である。

Img_3017  SHIRASAGI.非常にどうでもいいが、THUNDERBIRDを論文作成で二徹の友人が明け方に、そういえば、これってTHU(ツ)N(ン)DE(デ)RE(レ RBをREと読み違えられなくもない)、と。本当にどうでも良い話でしたね、ハイ。アンタなんかのために走ってる訳じゃないけどハイ、到着したわ!、・・・、いや、なんでもない。“しらさぎ”と聞いてワタクシはV107を連想、いや、なんでもないです。

Img_3016  名古屋駅から岐阜、米原、敦賀を経て福井、金沢に。そして一部は富山を経て七尾、和倉温泉に乗り入れている。この683系電車は北越急行電鉄ほくほく線、JR上越線越後湯沢駅から上越市、直江津駅を結ぶ路線だが、ここで利用されている683系電車の派生型8000番台は160km/h営業運転を行っている為、整備新幹線並の速度性能を発揮する。線形次第なのだが、無理して新幹線よりもこうした特急の方が、と思ったりもする。

Img_7136  特急しらさぎのリクライニングシート。やはり自由席の写真である。米原が終点であるのでこうした写真を撮れた(名古屋行きで撮ると迷惑だし)。リクライニングシートや車内照明、どれをとっても午前中に乗車した183系電車と比べて優れている。やはり新しいだけのことはあるのだなあ。VVVFインバータ制御方式を採用しているので加速性も高いが、乗り心地は良い。

Img_7134  座席のテーブルを展開。グリーン車の一部にはノートPC作業用にAC電源も用意されている。特急車輌の全車禁煙化が進む中で、喫煙車の設定もある。喫煙車の自由席は、皆が皆ふかす訳ではないし、対して乗車率が禁煙車に比べ低い場合が多いので、個人的には重宝している。

Img_7137  東京から高崎と長野、金沢を経て大阪を結ぶ構想として北陸新幹線構想が進められているが、金沢までは理解できるとしても、未着工区間を整備するのはどうなのだろうか。北陸経由で東海道新幹線の輸送需要逼迫を緩和する目的があると聞いたが、N700系の大量導入により速度が向上し輸送能力自体が向上している点を忘れてはならない。

Img_7129  “しらさぎ”の車内。

 万一の際の代替輸送として北陸新幹線を充てるにしても、東海道新幹線並の旅客輸送能力を北陸新幹線が担えるのかな、と。それよりも在来線で線形を整備して160km/h運転区画を設定し、寝台急行“北陸”や夜行急行“能登”の上野~金沢駅間の路線を昼間運行するとか、新宿~名古屋間中央線縦貫特急とかの方が便利かもしれない。

Img_7130  洗面台。

 北陸新幹線の関係なのだが、開通した場合、青森や北海道を結ぶ寝台特急は新幹線が一部でも整備新幹線であれば必然的に開通した場合、どうなるのかな、と。新幹線の夜行運行は騒音問題や夜間人員を確保しなければ非常に難しいし、この点、在来線特急と寝台特急を再評価してもいいのでは、と思う(無論改善するべき点もあると思うが)。

Img_7131  自動販売機。寒風の敦賀駅ではホットコーヒーを懐に入れて寒さを凌いでいたが、快適な特急電車に乗ればオレンジジュースでのどを潤す。車内販売もあったが、お弁当を買っても食す前に米原に到着しそうなので断念。ところで、政治評論家の三宅久之氏が某テレビ番組で述べていた“食堂車に復活して欲しい”は激しく同意。そんなに採算合わないのかな?。

Img_7138  米原駅到着後、金沢行きに表示を換える。

 試しに調べてみると“しらさぎ”で金沢から名古屋までの所要時間は2時間50分程度。運賃は4310円と特急料金は2310円(指定席2810円)。敦賀から米原までは32分で運賃820円に自由席特急料金730円、長浜から敦賀まで新快速が延長運転されたといっても各駅に停車。やはり特急は速い。

HARUNA

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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