北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【G7X撮影速報】舞鶴グリーンフェスタ2019,来場者1万6000名の大盛況(2019-05-18)

2019-05-21 20:16:56 | 陸海空自衛隊関連行事詳報
■はるな退役十周年の舞鶴
 舞鶴基地へ今月一日の天皇陛下御即位平成令和改元満艦飾以来の探訪です、物凄い来場者に溢れる基地を散策して参りました。

 あたご、ふゆづき、自衛艦旗。青葉輝く五月の舞鶴はこの日頃の暑さも曇天を前に梅雨入り前の軽やかな清涼感を醸す気候となっています。夏の酷暑で知られる京都は日本海側の舞鶴基地五月の土曜日は、舞鶴グリーンフェスタ2019来場者の活況に包まれていました。

 舞鶴グリーンフェスタ2019、海上自衛隊舞鶴地方隊の特別記念行事です。第3戦車大隊の74式戦車と舞鶴基地北吸桟橋の護衛艦、毎年夏に行われるサマーフェスタが年々熱中症の懸念があるとの事から、本年より涼しい五月、グリーンフェスタと改め挙行されました。

 潜水艦くろしお、ヘリコプター搭載護衛艦ひゅうが。グリーンフェスタでは本年、ひゅうが定期整備中であり、その開催規模を憂慮していましたが、舞鶴地方隊は潜水艦や特務艇を招き、会場は盛況でした。そして驚いたのですが、此処まで混雑する舞鶴は見た事ない。

 補給艦ましゅう、一般公開となっていました。満載排水量25000tと新鋭護衛艦いずも、あが、に続く巨大な補給艦です。しかし、実任務も忙しく、二番艦おうみ共々一般公開の機会は稀有でして、最初にこの貴重な機会を堪能しよう、と艦内を見学する事としました。

 ましゅう艦内、補給倉庫が延々と広がり両舷にベルトコンベア通路と大型フォークリフト用レールが設置されています。補給艦といえば燃料補給という印象が強いのですが、それは給油艦、補給艦は燃料に加えて冷蔵補給倉庫に弾薬補給倉庫と医療施設を備えています。

 日向師匠。航空戦艦日向、という。アニメイベントではない。舞鶴地方隊はサブカルチャーコンテンツとの広報協力も相応に重視していまして、艦隊これくしょん日向師匠さんが補給艦ましゅう艦上に展示されていました。北大路機関にも、ひゅうがさん、いますが。

 みょうこう、PAC-3,弾道ミサイル防衛の切り札が並んでいます。北吸桟橋は海上自衛隊桟橋として最長の規模を誇り、ペトリオットミサイルの展示等も行われていました、お隣滋賀県は饗庭野分屯基地第12高射隊の装備、イージス艦みょうこう、は定期整備中のもの。

 81式短距離地対空誘導弾、姫路駐屯地第3高射特科大隊の装備です、奥には善通寺第15即応機動連隊の16式機動戦闘車が並ぶ。81式短SAMとペトリオットは二両並んでいたのですが、考えてみればこれ、平成ガメラシリーズでガメラ撃墜実績ある二大装備の勢揃い。

 みょうこう、妙高。こちらも艦隊これくしょんのキャラクターで旧海軍重巡洋艦妙高を擬人化した。この日舞鶴基地では艦隊これくしょんスタンプラリーが行われ、こちらも活況でした。当方もこの作品、ゲームはやっていませんがTVアニメ版は視まして面白かった。

 警備隊港務隊の曳船体験乗船、曳船体験乗船は事前応募制と当日抽選制の併用方式で毎時抽選が行われていました。航空基地まで港内を一周していたようです。しかし、舞鶴基地は混雑していました。広報の方によればこの一日で実に1万6000名が見学したとのこと。

 ミサイル艇うみたか一般公開、実はこの日うみたか艦上で昔、はるな、にてお世話になった方と偶然再会する事が出来まして、2011年に呉でお会いして以来という。本年は護衛艦はるな除籍10周年、特別展が無いのは寂しい限り、と思っていた中、はるな御縁、偶然に感激しました。

 うみたか艦橋一般公開、艦上を一周できました。実はこのミサイル艇の艦内一般公開は機会こそ多いのですが、七尾港や串本港等の小さな港での一般公開が中心、理由は多数が見学した際に狭い為大変というものですが、今回の一般公開は非常に貴重な機会でしたね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【映画講評】空母いぶき(2019.05.24.公開決定),【4】“原子力空母信濃シリーズ”の再評価

2019-05-20 20:15:27 | 映画
■激突-ファントム飛行隊
 空母いぶき、いよいよ今週末に公開ですが、この映画と共に一読をお勧めしたい作品があります、新田原基地に当時在ったファントムが大活躍する鳴海章氏の小説です。

 ファントムが活躍する劇画としては、ファントム無頼が有名ですが。政府主導で1980年代に導入決定したニミッツ級原子力空母を舞台とする作品です。乗員数が非常に自衛隊には荷が重すぎまして、しかも艦載機が自衛隊にはF-4のみ、とはいいつつ自衛隊が保有するのは空軍仕様のF-4EJ,という部分から無理はあるのですが、読み応えで覆っている作品だ。

 かわぐちかいじ氏原作の空母いぶき映画化、日中空母激突という映画では扱い難い主題を前に中国軍を出さないが戦闘を描くという原作改変を行い、壊変にならないのかという未読の筆者が側聞事情からも心配する内容で、南西諸島の日中摩擦と自衛隊F-35B護衛艦配備に001A型空母という現状を前に映像化は配慮のし過ぎが悪影響を及ぼした印象がある。

 原子力空母信濃、鳴海章氏が1990年代に発表した作品の方が、敢えて難しい内容でも映像化の障壁が低いように思います、いずも型改良型のF-35B搭載艦となりますと、余程の理論武装で制作し、配給に際しても左右両方からの批判への覚悟が無ければ、充分描いても不充分な描写でも、中途半端に現実味がありますので十年単位で議論の的となるでしょう。

 映画はCGを多用するようです。実のところ映画空母いぶき、横須賀基地や那覇基地でのロケという話を知りません。いぶき母港が横須賀なのか呉などか、艦載機の拠点が館山航空基地なのか新田原基地なのかも原作未読が響いているのですが。しかし、自衛隊が協力しないのであれば、CGで原作通りに描いたとしても弊害は無かったように思うのですが。

 話題作を前に延々原作未読未公開映画批評をやったとしても生産的ではありませんので、軍事検証を展開しましょう。社会派映画と想定しますと、沖縄での日中衝突は現実味が薄い、しかし、南シナ海航行の自由作戦、これならば現実味がある。そして、我が国の場合、法整備の不充分を現場に押し付けてきました歴史があります。説得力ある台本は、こうだ。

 軍事検証から、空母いぶき、現実味のある設定は、南シナ海での航行の自由作戦に展開中、中国海軍から航空攻撃を受けるという事でしょう。実際は妨害に留まる程度だと考えますが、映画で戦闘を描くのであれば、日本側から海南島奇襲攻撃の展開は現実味が無く、攻撃を受ける場合でしょう。ただ、この場合は防衛出動命令発令下でなければ反撃できない。

 特措法等で航行の自由作戦に参加するが、法律上は曖昧に自衛戦闘が必要最小限且つ緊急避難として認められ、政府が法整備不備から国籍不明の武装勢力と見なし撃墜せよ、と命じられ、中国海軍からの攻撃を法律上の国籍不明武装勢力からの攻撃と強弁してF-35Bとイージス艦により反撃、危機を回避する。国籍不明の中国軍という法律用語に混乱しつつ。

 事実上の戦闘を展開しつつ、帰国後は政府が自衛隊と国籍不明武装勢力との事件は衝突であり戦闘では無かったと答弁する。恰も南スーダン日報問題のような軍事用語での戦闘を法律上の衝突と言い換えるだけで平和憲法の位置が曖昧になる現状と盧溝橋事件以来の日中戦争を事変として戦争扱いしない事で拡大し続けた過去の歴史と共に、現場が閉口する。

 空母いぶき、はこのように描かれるのであれば、当方は評価するのですが。兎に角、原作者かわぐちかいじ氏が難しい内容を劇画で問うた事に相応に覚悟が在った筈です。しかし、例えば単に自衛隊の空母をCGで描きカッコイイ、で終わらせる事が有れば、韓国映画“ムクゲの花が咲きました”的な映画人の歪な商業主義が原作を汚す事とならないでしょうか。

 空母いぶき映画化が現実味がある内容を前に原作通り映画化する事に躊躇するならば、いっそのこと流石にそれは無いだろう、というニミッツ級空母を自衛隊が導入する原子力空母信濃シリーズを実写化した方が、社会派の内容にも憲法問題の提起にも国粋主義の批判も肯定さえも盛り込んだ、映画メディアとしての正当性と正統性を貫けたのかな、と思う。

 原子力空母信濃、中曽根政権とレーガン政権の時代に日米で海上自衛隊がニミッツ級原子力空母をアメリカから導入する秘密協定を結び、1997年にニミッツ級原子力空母ユナイテッドステーツが海上自衛隊へ引き渡される。海空自衛隊は共同で運用要員の研修とアメリカ空母艦上訓練やアメリカ海軍空母発着訓練支援を受け、空母“しなの”として就役する。

 信濃艦載機は、新田原基地へ集められたF-4EJ改戦闘機とE-2C早期警戒機艦上改修型、そして三菱重工小牧南工場付近で改修されたAV-8Bハリアー改の三機種、信濃は、ヘリコプター搭載護衛艦しらね、イージス艦こんごう、ミサイル護衛艦はたかぜ、ミサイル護衛艦あさかぜ、と共に信濃戦闘群を編成し、権謀術数渦巻く冷戦後の世界へ挑む、という。

 原子力空母信濃、このシリーズが刊行された事にトムクランシー氏が“日米開戦”を発表し、“レッドオクトーバーを追え”以来のジャックライアンシリーズに日米の武力衝突という内容を著すほどに日米貿易摩擦が軍事対立に繋がるのではないか、と一部が危惧していた時代、原子力空母信濃シリーズ最初の相手はなんと米空母インディペンデンスでした。

 原子力空母信濃南シナ海海戦、シリーズ最初の内容は国内で相次ぐ原発トラブルを前に南シナ海沿岸友好国からの天然ガス供給に切り替える脱原発政策を展開した結果、局地的にアメリカ海軍と対立する、という上中下巻ものでした。原子力空母信濃激突ファントム飛行隊、として次の相手は中国海軍が導入した旧ソ連製空母海南竜と戦う上下巻作品です。

 原子力空母信濃中米侵攻作戦、南米某国での政変により政府高官多数が拘束され救出へ信濃が派遣、電子戦機EF-4サンダーファントムが前作より新装備に加わります。そして原子力空母信濃最後の出撃、カールビンソンとインディペンデンスと日中空母が対峙するという内容でした。内容は若干荒唐無稽ですが作者のファントム愛が溢れている作品といえる。

 原子力空母信濃シリーズを通して、F-4EJ戦闘機が相手とするF-14A戦闘機やSu-27戦闘機の高性能を前に、特にAMRAAMさえ運用できないF-4の苦戦が、恰も零戦五二型とF6F戦闘機の関係を見るようで、しかし、ストライクファントム改修やEF-4戦闘機の駆使等創意工夫で困難に挑む、一種推理小説でも読み解くが如くの状況展開は今尚輝きを失わない。

 空母いぶき、と敢えて現実味を有するだけに際限が場外の論議を呼ぶ作品よりは、どうせCGでやるのだからニミッツ級でも護衛艦いずも型改良でも手間は同じ、原子力空母信濃シリーズを映像化した方が、なにしろ現在ならばファントムの実機がまだ飛行しているのですし、AV-8改をF-35Bに切り替えるくらいで、描けたのではないかな、と思ったりする。

 空母いぶき、間もなく公開なのですが、小学館から売れている作品の話題性に乗っかり原作をおおきく改変した内容で無理を押し通すよりも、それならば、いぶき映画化でこだわる必要はあったのか、空母いぶき原作ではなく、空母映画のタイトルが偶然いぶき的な結果になるよりも、原子力空母信濃、話は大きく加え勢いよく映画化してほしかったですね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【G3X撮影速報】第3師団創立58周年-千僧駐屯地祭,令和元年三師団祭予行(2019-05-11)

2019-05-19 20:08:44 | 陸海空自衛隊関連行事詳報
■師団祭総合予行の迫力
 第3師団の方に今まで行って良かった行事は、と問われましたが、第3師団祭は展示を間近に見れる最も凄い行事です。あと師団に10式戦車中隊でもあれば更に良いのですが。

 89式小銃を手に突撃する第37普通科連隊の小銃手、EOS-7D連接のG3Xにより撮影しました。迫力の情景は状況に迫る事が出来る予行の撮影条件ならでは。そしてG3Xの設定を間違え、広大な駐屯地並のズームとともに撮影した事で、妙に迫った構図となりました。

 第3偵察隊の情報収集開始、87式偵察警戒車が25mm機関砲と共に進出し、偵察オートバイと協同します。千僧駐屯地祭は日曜日の祈念式典に加えて土曜日の総合予行も一般公開していまして、この総合予行では本番での招待席や報道席も一般に開放されています。

 ティーガー軽装甲車とBTR-82装輪装甲車と共に我が国土を占領し、陣地構築を行う仮設敵、仮設敵部隊は更にT-74戦車を展開させ、周りにはAK-89を持つ仮設敵が射撃準備を完了、千僧浜へ海岸堡を構築、増援部隊を以て内陸地方への侵攻へ展開しようとする様子だ。

 NBC偵察車が展開、仮設敵部隊は化学兵器により沿岸部を攻撃し、我が反撃を牽制する。一見荒唐無稽に見えますが、北朝鮮がマレーシアでの暗殺工作に神経ガスVX剤を用い、ロシアがイギリスで神経剤ノビチョックを使用、化学戦はここ数年間、現実に起きている。

 AH-1S対戦車ヘリコプターが化学兵器を使用した仮設敵部隊に対し攻撃を加える、老朽化による用途廃止が続き定数割れの部隊が大半となっていますが、航空打撃力は島嶼部防衛等昨今の防衛戦略具現化にも必須であり、この問題は正面から取り組まねばなりません。

 74式戦車2両が進出する、第3師団の第3戦車大隊には2個中隊の74式戦車が装備されている。実は第3偵察戦闘大隊創設が地域配備師団改編と共に創設されるもののその場合の第3戦車大隊の去就は決まっていない、ともされ一定期間維持の可能性が出てきました。

 戦車大隊維持の話題は舞鶴グリーンフェスタにて。同じ日に挙行の福岡第4師団祭では第4戦車大隊と第4偵察隊が統合され第4偵察戦闘大隊が創設されていますが、第4師団は西部方面戦車隊の支援を受けられるのに対し、中部方面戦車隊が無い現状が反映されるのか。

 軽装甲機動車、いやティーガー軽装甲車が反撃を試みます。軽装甲機動車の配備が開始されたのは2001年ですが、この規模の装甲車はロシア軍のティーガー軽装甲車や、開発時に参考としたフランスVBLも大型化させたPVPを開発する等、一つの潮流となっています。

 FH-70榴弾砲の支援下で74式戦車が前進する。自衛隊の師団は編成規模で先進国では冷戦時代のフランス師団と並び最小規模でしあが、師団砲兵と戦車大隊と戦域防空ミサイルを有していたのが特色でした、が、現在、単なる名前だけの師団となりつつある現状ですね。

 普通科隊員の突撃、戦闘防弾チョッキ3型を装備し89式小銃と共に攻撃します。考えてみますと、当方が撮影を始めて以来、戦闘防弾チョッキ、同2型から3型へと短期間で更新されてゆきました、年々軽量化と動きやすさが配慮されている、という印象を受けますね。

 仮設敵が突撃終了かと感じる刹那に逆襲を試みるも即座に制圧、ここに状況は終了となりました。第3師団祭の展示は会場の狭さを逆に活かした迫力なのですが、その迫力を伝えるには高性能の一眼レフと共に五感を駆使し被写体の気迫に挑む事が、重要となります。

 第3師団祭総合予行、実は本番よりもかなり混雑度が低いのです。無論、来賓と師団長さんは代理ですが、副師団長から小銃手までは全員本番と同じ、こっそり師団長も視察していたりします。自衛隊行事では例年過度に混雑が進む中、お勧めの行事といえるでしょう。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【G7X撮影速報】第3師団創立58周年-千僧駐屯地祭,令和元年の三師団祭(2019-05-12)

2019-05-18 20:01:29 | 陸海空自衛隊関連行事詳報
■即応近代化師団の師団祭
 令和年間となりまして、当方にとり最初の師団祭撮影となりましたのが伊丹市千僧の第3師団祭です。

 第3師団創立58周年-千僧駐屯地祭、先週土曜日と日曜日に行って参りました。第3師団は近畿府四県を防衛警備管区とする甲師団として1962年に創設され、旧政経中枢師団を経て即応近代化師団となっていますが、地域配備師団への改編を控えている過渡期です。

 一眼レフのEOS-7DmarkⅡを中心に撮影しましたのでG7XmarkⅡを用いての速報記事は余り撮影出来ませんでしたが、第3師団は日曜日の師団行事に先立つ土曜日の総合予行も一般公開していまして、この広報重視の姿勢という第3師団は他師団もやってもらいたい。

 G7XmarkⅡでの写真は装備品展示中心となります。千僧駐屯地はその中央を自動車道が通っていまして、式典と観閲行進に訓練展示は南側、師団司令部の置かれる北側は模擬店と音楽演奏中心の一般公開となっています。野外通信システムのアンテナが一際輝いている。

 第3特科隊のFH-70榴弾砲です。開発から時間を経ているように見えますが、155mm榴弾砲は各国では冷戦一杯を第二次大戦型火砲で乗り切った国もあり、長砲身39口径砲で半自動装填装置を備えた榴弾砲としては新しい火砲です。ただ、自衛隊では後継が開発中だ。

 NBC偵察車、装備開始から六年となりましたが、そろそろ塗装が年季を示しています。実は既に一両再塗装しているとの事ですが、式典に参加する車両は両方とも旧塗装といいますか、再塗装前の車両を参加させたという。年内にもこの車輛は再塗装される、とのこと。

 74式戦車体験試乗、74式戦車は遠からず戦車大隊が廃止され偵察戦闘大隊へ改編、16式機動戦闘車に置きかえられるといい、その際に体験試乗は96式装輪装甲車へ移行するという。偵察戦闘大隊にも第3戦車大隊の96式装輪装甲車は継承される、という事なのかな。

 105mm戦車砲が鋭く突き出している。この戦車砲の威力は今なお、とはいえるのですが、さすがに第二世代戦車を2.5世代相当に改修せず運用し続けるのは限度という印象です。砲塔だけでも16式機動戦闘車のものに換装できれば、と思うのですが流石にそれはない、ね。

 偵察オートバイ、驚いたのはスマートフォンスタンドの様なものが。実はコータムの液晶部分をカーナビのように挿すアタッチメントとの事で、コータムが制式化されかなりたつのですが、お恥ずかしい、このアタッチメントは気付かなかったです。改良されている。

 87式偵察警戒車、第3偵察隊が第3戦車大隊と統合され、偵察戦闘大隊へ改編されると考えられているのですが、福岡に創設された偵察戦闘大隊は大隊本部に偵察中隊と戦闘中隊という編成で、この87式偵察警戒車も暫くは偵察部隊の主力として運用継続されるもよう。

 L-16/81mm迫撃砲、考えてみれば自衛隊で初めてL-16を配備したのが第3師団でしたね。今回驚いたのは擬装網バラクーダの涼しさです、赤外線を吸収する素材である事は知っていましたが、まるで並木の下に休むような涼しさでした。この日の気温は30度とのこと。

 74式戦車、操砲展示です。戦車は旧式といいますか、なにしろ制式化から45年も経ていますので旧式化していなければ逆に不自然ですが、操作する乗員は第一線級ですね。偵察戦闘大隊に改編の際に、戦闘中隊と戦車中隊として10式戦車を配備するべきと、思います。

 93式近距離地対空誘導弾、指揮情報中隊の装備です。前年も聞いたのですが現在は第1中隊ではなく指揮情報中隊と呼称するのですね。レーダー等は情報小隊へ配備されていましたが、指揮情報中隊というかたちで統合、高射中隊と分けて運用しているのが新編成です。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

令和元年度五月期 陸海空自衛隊主要行事実施詳報(2019.05.18-05.19)

2019-05-17 20:14:48 | 北大路機関 広報
■自衛隊関連行事
 初夏の様な陽射しと共に皆様いかがお過ごしでしょうか、今週末の行事紹介です。今週末は、陸海空の行事が揃う。

 第1師団創設68周年-練馬駐屯地祭、首都圏を防衛警備管区とする第1師団の創設記念行事です。師団には10式戦車が配備され訓練展示ではその卓越した新世代の機動力を発揮しています。師団祭は桜花満開の四月初旬に例年執り行われますが、今年度は五月の挙行となりました。なお、毎年大変な混雑となっていますので朝はお早めの行動をお勧めします。

 舞鶴グリーンフェスタ2019、海上自衛隊日本海防衛の要衝、舞鶴基地の記念祭です。例年は舞鶴サマーフェスタとして真夏に挙行されていますが、余りに暑すぎ文字通り熱い為に本年は五月の実施です。護衛艦一般公開や航空機飛行展示、また海軍カレーに舞鶴艦隊これくしょんスタンプラリー等、なにか他の艦艇基地の一般公開とは趣向を変えた催しです。

 静浜基地航空祭2019、航空自衛隊第11飛行教育団の展開する焼津市の基地です。T-7練習機を運用する基地で、戦闘機から早期警戒管制機に政府専用機まで、航空自衛隊の操縦士は全員T-7から空の教育を開始します。T-7機動飛行や編隊に加え着陸しませんが戦闘機等による機動飛行も行われ、東海道本線焼津駅と藤枝駅から臨時直通バスが運行されます。

 大村航空基地-海基地祭2019,九州西日本の哨戒ヘリコプター部隊総元締めである海上自衛隊第22航空群の展開する長崎県の海上自衛隊航空基地で、SH-60J/K哨戒ヘリコプターが展開している。航空基地には飛行艇用スロープなどもあり、歴史の長さを物語っている。長崎空港に近く旧長崎空港に隣接していまして、大村駅から路線バスも運行されている。

 青野原駐屯地創設43周年記念行事、兵庫県小野市に所在する第8高射特科群の駐屯地です。1976年に陸上自衛隊八番目のホークミサイル部隊として創設された第8高射特科群は第一線部隊では陸上自衛隊最初の03式中距離地対空誘導弾運用部隊となっています。若干というかかなり交通難所にありますので、お出かけの際には現地情報を充分にご確認ください。

 高知駐屯地創設記念行事、第14旅団隷下の第50普通科連隊が駐屯しています。元々は沿岸部に第14施設中隊、かつての第2混成団施設隊駐屯地として在った高知駐屯地は内陸部に移駐しており、即応機動旅団の普通科連隊として位置付けられている。尚、高知駐屯地とは、高知市ではなく香南市に所在していますので、お出かけの際にはご注意ください。

 さて撮影の話題、トートバック、それほど大きなものでなくともよいのですが、遠出する自衛隊行事などで一つ持って行くと、案外重宝します。シン-ゴジラの巨災対トートバック、最近は戦艦榛名と戦艦日向のトートバックを、当方の場合は愛用しています。どう使うか、と言いますと、撮影機材を最小限度収容し散策する場合や、ホテルに着替えなどを預ける場合、など。

 カメラバックと共に小さく折り畳めるバックを準備しておきますと、例えば望遠ズームレンズや雨具に三脚等が必要ではない、自衛隊行事前日の観光などに最小限度の器材、一眼レフとコンデジにモバイルバッテリーとスマートフォン、あとは文庫本一冊程度、カメラバックから取り出してトートバックに収めまして、身軽に散策する事が出来るでしょう。

 観光へトートバック、例えば電車の本数が多い地域ですと、30km程度遠出する事が簡単です、しかし、ここでカメラバックが大きかったりしますと、体力を消耗してしまうのですよね。ホテルに重い荷物を置いたまま、であればそれほど身軽さを損ないません。また、晩酌に出かける時など余り荷物が多いと何事、と驚かれてしまいます。この時に役立つ。

■駐屯地祭・基地祭・航空祭

・5月19日:第1師団創設68周年-練馬駐屯地祭…https://www.mod.go.jp/gsdf/eae/1d/
・5月19日:静浜基地航空祭2019…https://www.mod.go.jp/asdf/shizuhama/shizuhama.html
・5月18日:舞鶴グリーンフェスタ2019…https://www.mod.go.jp/msdf/maizuru/
・5月19日:青野原駐屯地創設43周年記念行事…https://www.mod.go.jp/gsdf/mae/3d/aonohara/
・5月19日:高知駐屯地創設記念行事…https://www.mod.go.jp/gsdf/mae/14b/index.html
・5月19日:大村航空基地-海基地祭2019…https://www.mod.go.jp/msdf/22aw/

■注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。北大路機関
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【映画講評】空母いぶき(2019.05.24.公開決定),【3】中国軍沖縄侵攻と日中空母戦の検証

2019-05-16 20:15:25 | 映画
■南西諸島有事の想定検証
 いよいよ来週から公開という映画“空母いぶき”、原作から大きく内容を転じている様に側聞しますが、原作者と原作ファンが納得できる原作改変の出来を期待したいですね。

 空母いぶき。原作が中国海軍の軍事圧力を前に政府は海上自衛隊へ、いずも型護衛艦拡大改良型として航空母艦いぶき型を建造、その一番艦には艦載機として航空自衛隊F-35B戦闘機を搭載する。就役後訓練が進む中、中国海軍が遂に南西諸島南部への侵攻を開始し、自衛隊と戦闘が発生、沖縄県民が巻き込まれる状況下で防衛出動命令が下令、というもの。

 映画では、中国軍が出てこないとは聞いているのですが。原作改変というものは、往々にして脚色の延長上で行われるものです。ただ、文字通り空母いぶき原作から中国軍を除いた場合、在り得るのはF-35Bを前に戦後初の空母運用への実績蓄積への試行錯誤に苦慮しつつ成し遂げる、NHK“プロジェクトX”方式の疑似ドキュメンタリーだったのでしょう。

 しかし、戦闘状況が展示されるという。今回はゴジラ出てこないようですし、ガメラのような水中移動物体を訓練中に捕捉し追尾しつつ、という内容でもなさそうです。すると、中国は出ないが戦闘は行う、その内容に敢えて“空母いぶき”を扱う必要はあったのでしょうか、“空母あかぎ”でも“空母ほうしょう”でも軍事ライトノベルでよかったような。

 中国軍の沖縄侵攻、あり得る内容ではあるのですが、基本的に南西諸島全域は那覇基地のエアカバー覆域内に在ります。つまり、F-35Bを護衛艦に搭載せずとも、南西諸島域内で任務を展開する場合には、例えば日米安保が解消するとか、沖縄本島が将来核物質等で汚染され使用できなくなる状況でもなければ、より航続距離の長いF-15Jが主力となります。

 軍事検証の視点から考えれば、尖閣諸島へ着上陸が行われる場合は、自衛隊が対応出来ないと中国の政策決定者が判断した場合に限定侵攻、特に無人島に短期間上陸し既成事実を構築する、という範疇でしょう。過去の歴史でいえば、中国がフィリピンのミスチーフ環礁を占領した場合や、ヴェトナムの赤爪礁守備隊を襲撃し武力奪取したような状況ですね。

 軍事検証で、原作に在るような沖縄の有人島を攻撃するならば確実に防衛出動が発令されます、日本の領域内での人命重視は北朝鮮邦人拉致事案への政府対応が全てを示していますし、なによりも兆候が把握された時点で海上警備行動命令と防衛出動待機命令を発令し、強くけん制するでしょう。本土から増派、那覇基地では応急掩体等の構築が開始される。

 中国が尖閣諸島に強い関心を示すのは、一説に海底資源獲得を目指す、春暁ガス田建築等がこれを示している、としていますが、海底資源だけで世界第二位と第三位の経済大国同士が戦争を覚悟するほど、尖閣周辺の可掘海底資源量が潤沢ではありません。すると、別の問題がある。最大の可能性は沖縄本島と台湾島の中間に尖閣諸島が位置しているという。

 尖閣諸島は飛行場等は有りませんが、中国が此処を占領し、南シナ海のように人工島を建設したならば、中国軍が台湾島へ武力侵攻した際に沖縄本島のアメリカ軍が、第3海兵師団と第31海兵遠征群のアメリカ国民救出や外交官救出での台湾展開を阻止し得ます。アメリカが望むはこの地域の安定、中国は台湾占領、両国は大事となる直接衝突を望みません。

 自衛隊は南西諸島南部への中国軍侵攻を受けた場合、那覇基地からF-15J戦闘機とE-2C早期警戒機、P-1とP-3C哨戒機を派遣し、本土から増援するF-2戦闘機やF-35戦闘機と共に航空優勢確保を期すでしょう。すると、中国軍は、この行動を受け南西諸島限定侵攻を断念し撤収するか、若しくは那覇基地を弾道弾や巡航ミサイルで攻撃する選択肢がある。

 那覇基地が破壊されたならばどうするか、日米作戦協定に基づき、那覇基地の滑走路が復旧するまでの間、アメリカ空軍嘉手納基地と海兵隊普天間基地の飛行場施設を代替滑走路として作戦を継続するでしょう。では中国軍は、嘉手納や普天間を攻撃できるのか。台湾有事の際のアメリカ介入を回避する為に、先にアメリカと開戦する、さすがに有り得ない。

 軍事検証空母いぶき、例えば架空設定で沖縄県の島嶼部に現在の台湾領澎湖諸島の一部とか、台湾領で中国本土に近い金門島が含まれる、というならば、那覇基地からのエアカバーは届かないのですが、現在の地図と日本施政下の領域で状況を展開するならば、那覇基地からの対応で充分対処し得るのですよね。原作で那覇第9航空団は如何にしているのか。

 いずも型護衛艦F-35B搭載、現実の視点では空母いぶき原作と似た状況が推移しています。防衛大綱では南西諸島などの局地防空の発着拠点として、ヘリコプター搭載護衛艦とF-35Bを用いるという。これは、例えば集団的自衛権行使を原理主義的且つ教条主義的に解釈し、南西諸島有事の際に嘉手納が攻撃された場合で米軍が出ない状況を想定するものといえる。

 かが、いずも、現実的には那覇基地のエアカバー圏外での第三国海軍による通商路破壊、例えば南太平洋や南シナ海でのシーレーン防衛が必要となった場合に、選択肢を残しておく運用を想定しているのだと考えています。丁度、中国海軍による南シナ海閉塞の動きが実際に進展中で、原作の東シナ海よりも南シナ海の方が可能性としては高い、ということ。

 原作未読なのですが、冷戦時代に北海道に軍事脅威が集まっていた背景に米軍が北海道に常駐していないというものがありました。若しかすると、原作では沖縄基地問題が拡大し、嘉手納基地は板付新基地に移設し、海兵隊も九州に移転しており、沖縄の米軍基地抑止力が既に無い、若しくは現実よりも南西諸島が遥か南方まで延びている、のでしょうか、ね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【京都発幕間旅情】滋賀院(比叡山延暦寺滋賀院門跡),名勝屏風に平安朝院政の始まりを見る

2019-05-15 20:10:24 | 旅行記
■天海開祖の寺院拝観
 滋賀散策は近くて新鮮な風情との出逢いが多い、京阪石山坂本線を終点まで乗っていったのはほんの気まぐれという気軽な散策の延長でした。

 比叡山延暦寺滋賀院門跡、延暦寺といいますと京都市内からは見上げる比叡山の奥に鎮座し、桓武天皇以来歴代天皇の御霊を祀る寺院です。そして延暦寺は京都市ではなく、琵琶湖望む滋賀は大津市の寺院となっていまして、なにか近くて遠い印象を受けるのですね。

 滋賀院門跡、大津市坂本は比叡山延暦寺の本坊即ち総里坊という、薬師如来を奉じる天台宗の寺院です。開祖は天海、江戸幕府開府に際し多大な宗教的影響を及ぼした僧侶です。その始まりは天海僧侶が後陽成天皇より洛中岡崎の法勝寺建物を下賜されたというもの。

 びわ湖百八霊場第九番札所に数えられる寺院は、京阪石山坂本線終点の比叡山坂本駅より比叡へ歩みを進めた立地に在りまして、明暦年間は1655年に後水尾天皇より滋賀院と名を賜り、天台宗法主として法親王の座所となっていた事から滋賀院門蹟と冠されています。

 滋賀院御殿という、天台宗寺院に在って皇室と所縁ある寺院は長大な伽藍を有していましたが、明治11年即ち1878年に大火災に見舞われ、法勝寺移築の大伽藍は全て灰燼に帰してしまいました。大正時代までに比叡山無動寺谷法曼院建築物を移築し、再興している。

 比叡山の強訴というものはどういうものなのか、政治学を大学院に極めたとしても昨今の政治体制からは中々想像が出来ません、しかし、滋賀院の特別公開屏風絵に、強訴の様子が描かれたものがあり、撮影は謝絶ですが、その仕組みについての詳細解説もありました。

 強訴とは、比叡山の僧侶が歴代の天皇を祀った神輿を担いで朝廷まで押し寄せる、その様子は知っていたのですが、高校時代は世界史を選択し大学では国史を専攻しなかった事から、暴力的な陳情を行う位なのだろう、と思っていたのけれども、比叡山の強訴は独特だ。

 神輿を僧兵が担いで、朝廷前に押し寄せますと神輿をそのまま門前に放置して帰ってしまう、滋賀院屏風絵と共に解説された強訴は神輿の放置というものでした。警察というか検非違使が遺失物として扱う、なんて生易しいものではなく、朝廷門扉が開けなくなる、と。

 寺社勢力の強訴は武装し朝廷警護の武者との衝突で負傷者が多く暴力的ではありますが本質は陳情であるため、朝廷側が寺社勢力の望む妥協を行う事で漸く神輿の御輿は比叡山へと戻られるという。警護の武者は兎に角門扉を先回りして閉ざそうとしまして、摩擦が。

 院政が本格化した平安朝末期に強訴は多々行われたといいますが、神輿の御輿は一対しかありませんので、ここは当方の印象なのですが朝廷が強訴に機能を封じられた際の行政機能を維持していたのが院の御所、上皇の威光、という。緊急避難的な行政機構、といえる。

 二院制か、と問われると本質的には現代の二院制とは別個の物ではあるけれども、朝廷の機能に支障が在った際に行政機能を発揮する、という意味はあったのでしょうか。もっとも典型的な二重権力状態であった為に、院政というものには良い印象はないのですが、ね。

 比叡山無動寺谷法曼院の移築された建物ですが、比叡では猿を神聖視する事から、この周りにも多く野生の王国が広がるようで、内仏殿の拝観に際しては、猿が内仏殿に入る事の無いように門扉を閉める注意書きがありまして、そこになにか笑みが溢れたものでした。

 滋賀院門跡、しかし撮影出来ないところが非常に多く、庭園さえ写真の撮影位置よりも奥には撮影謝絶の看板が掲げられており、庭園奥の部分を撮影出来ないのは閉口しました。滋賀院門跡庭園は小堀遠州作と伝えられていまして、国指定名勝に位置付けられています。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

南シナ海は第二のオホーツク海となる【2】太平洋戦争日米空母決戦以来となる中国の挑戦

2019-05-14 20:05:43 | 防衛・安全保障
■中国対艦弾道弾と巡航ミサイル
 ロイター通信“特別リポート-中国習近平の強軍戦略”この特集は幾つかの特集から集成されています。ここには横須賀にも前方展開する空母への挑戦が。

 アジアにらむミサイル増強-米空母が無力化される懸念、というロイター特集があります。特集の内容は中国が進める長距離巡航ミサイルや対艦弾道弾と新造空母という新しい戦力を前に、アメリカ海軍が第二次世界大戦後永らく常套手段として踏襲してきました、巨大空母による戦域単位での空間優位という施策が成り立たなくなる可能性を提示しています。

 アメリカ海軍の航空母艦は、第二次世界大戦以来年々その能力を強化し、航空団の運用、そして何より航空母艦を戦域優位の中枢に位置付ける為の絶え間ない努力と改良が続けられてきました。この為、能力は膨大で、誤解を恐れず表現すれば戦闘機は九州全域の航空自衛隊戦闘機と同数、イージス艦の防空能力と併せ桁外れの戦力と機動力を保持している。

 ニミッツ級航空母艦、原子力空母の戦力は打撃力としては艦載機がその主柱を担います。艦載機は空母航空団という50機程度の戦闘攻撃機に早期警戒機と対潜ヘリコプター及び艦上輸送機から成るもので、空母自体が大量の弾薬と燃料の集積地であると共にF/A-18E戦闘攻撃機の性能がその能力を最大限発揮します。そして遠からず、ここにF-35Cが加わる。

 ニミッツ級原子力空母はもう一つ、多数のイージス艦と攻撃型原潜により防護されており、イージスシステムは共同交戦能力により連接され、E-2D早期警戒機の警戒監視能力と併せる事で、イージス艦はスタンダードSM-2,SM-6とESSM対空ミサイルを搭載し、艦隊への対艦ミサイルや航空機による攻撃は数百発までの同時攻撃ならば基本的に対処可能です。

 1000km以内に接近する事は困難ともいわれます。空母戦闘群、2006年以降は空母打撃群と呼称される空母を中心としたタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦2隻とアーレイバーク級ミサイル駆逐艦2隻から3隻を基本とするこの部隊は、現在、ニミッツ級原子力空母10隻と新型のジェラルド-F-フォード級原子力空母1隻、11個空母打撃群が全世界へ展開する。

 しかし、例えば数百発のミサイル同時攻撃に対抗できるとして千数百発同時攻撃が行われた場合はどうか、空母打撃群に一個駆逐隊を増勢することで対応可能になる、では数千発のミサイルを同時攻撃された場合は飽和状態とならないか、これは有り得る。また1000km以遠からの同時飽和攻撃、例えば宇宙から数百の対艦弾道弾が投じられた場合は、どうか。

 アメリカ海軍航空母艦への挑戦は、逆に中国の勢力圏では空母の運用が難しくなるのではないか、中国の勢力圏とは西太平洋地域と南シナ海全域等という広い範囲を含むものです。詳細はロイター特集を参照して頂くとしまして、現実問題としてアメリカ海軍は第二次世界大戦終戦以来のシーパワーによる挑戦に曝されつつあることは、徐々に現実化している。

 1998年台湾海峡危機、この台湾の民主選挙を中国がミサイルで恫喝した危機はアメリカ海軍が台湾海峡へ空母二隻を展開させる事で封じる事が出来ました、空母二隻と中国海軍の全戦力と空軍の半分が等価交換であり、中国首脳部は武力挑発を断念しました、があれから21年、中国海軍は毎年二桁の国防費増大を続けてきました、戦力は確かに向上している。

 赤城や加賀、翔鶴や瑞鶴、アメリカ海軍がシーパワーにおいて大きな挑戦を受けたのは1940年代まで遡らねばなりません、これは冷戦時代にソビエト海軍がスターリン時代の大海軍再建を期しつつ沿岸海軍型の海軍戦略、フルシチョフ時代の大型艦否定論の中で、ゴルシコフ海軍戦略という守勢を念頭とした海軍戦略が進められた点と比較し対照的といえます。

 アメリカ海軍、現在は空母10隻体制となっていますが、冷戦時代のように15隻、メガキャリアーと呼ばれる空母航空団を搭載可能という航空母艦が有れば、抑止できたでしょう。しかし、アメリカは2001年から2019年の今日に至るまで同時多発テロ以降のテロとの戦いに備えて、軽装甲車や無人機等に重点を置きました、これらは大国間では役に立たない。

 中東や中央アジア地域での対テロ戦争に大量の資材をアメリカが投入していた2001年同時多発テロからの十五年間、ある種失われた十五年間、といえたのかもしれません。森林と都市は兵を呑む、とはこの二領域では戦域優位確保に膨大な歩兵戦力を要する為に避けるべき、戦術の基本と考えられていますが、非対称の戦いでは結果その限りではありません。

 結果、膨大な歩兵用防爆車両や個人防護装備の整備に費用を要し、引き換えにズムウォルト級駆逐艦量産断念やF-35戦闘機量産遅延、F-22戦闘機生産縮小といった従来型戦争における正面装備の計画縮小や中止が相次いでいます。この間に正面戦力を整えていた中国海軍と航空戦力が、アメリカ軍へ挑戦できる位置へ、気付けば足元まで迫っていた、という。

 新しいアプローチが必要となるように思う。ただ、ミサイルギャップといいますか、長射程ミサイル飽和攻撃にはそれ程懸念を抱かずとも対応できるよう考えます、何故ならばアメリカ海軍はソ連海軍の各種巡航ミサイルに対して元々劣勢であり、これを許容したのは空母航空団という圧倒的打撃力が前提であり、飽和攻撃以前に阻止する前提であった為で。

 対艦弾道弾、という新しい脅威がイージス艦の手の届かないところから狙う、という中国の挑戦も、イージスミサイル防空システムは、スタンダードSM-3が中間段階でSM-6が終末段階での弾道弾迎撃が可能であり、イージス艦という冷戦型の装備を育て続けた現状に活路は見出せます。しかしその前に、脅威を認識した、ということが重要なのでしょう。

 数千のミサイルによる飽和攻撃、宇宙からの挑戦、冷戦時代の米ソ対立が現代まで継続していたならば恐らくアメリカ海軍はその対処法を構築していたのでしょう。逆に言うならば、ナンバー1からオンリー1という圧倒的な打撃力を過信し、新しい挑戦者への備えよりも2001年同時多発テロ以降のテロとの戦いへ戦力偏重した結果が、突き付けられている。

 現在のままでは限界は有り得、例えば空母打撃群に駆逐隊を1個増強する、スタンダードSM-6等射程数百kmの艦対空ミサイルを強化し垂直発射装置への同時搭載能力を高める、日米が進める弾道ミサイル迎撃能力の更なる強化、現在50機となっている航空団定数を空母が搭載出来る最大値である70機へ戻す、F-35C戦力化を急ぐ等、施策は必要でしょう。


北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

南シナ海は第二のオホーツク海となる【1】ロイター“特別リポート-中国習近平の強軍戦略”

2019-05-13 20:04:26 | 防衛・安全保障
■核の海となる南シナ海
 日本の防衛と云えば、南西諸島と九州が防衛正面となっていますが、その緊張度の源流を辿りますと、実はその源流では憂慮すべき状況が進行中となっています。

 冷戦時代は核大国が核兵器を突き付け合う悪夢の時代でありつつ、しかし過ぎ去った過去のように考えられていましたが、21世紀、平成の次の令和の時代に入り、今更ながら七十年遅れの核軍拡競争を始めようとしている国が存在します。そして、戦略ミサイル原潜により、南シナ海、東南アジアの中央部の海が、新しい“核の海”へと変貌しつつあります。

 オホーツク海は北海道とロシア本土の間に広がる広大な海であり、太平洋とはカムチャツカ半島と千島列島が隔てています。そして遡る事平成以前の昭和、冷戦時代にはソビエト連邦海軍の聖域となっていました。聖域とは文字通りのものでアメリカ海軍や海上自衛隊の行動を全力で抑止する閉鎖海域であり、ここに戦略ミサイル原潜が遊弋していたという。

 戦略ミサイル原潜は射程9000kmから15000kmの潜水艦発射弾道弾SLBMを十数発搭載し海中に潜む、SLBMは各基に数発の500ktから2mtの核弾頭を搭載しており、一隻の戦略ミサイル原潜が投射する核戦力は絶大です。この戦略ミサイル原潜は世界最後の日、最後の切り札、アメリカとソ連が海中に隠すように核のパトロールとして運用していました。

 全面核戦争において陸上の硬質地下サイロに収められた大陸間弾道弾は、そのものが偵察衛星により位置が把握され核攻撃の標的となります、その為に第一撃として運用されるのですが、相手の第一撃でICBMが破壊された場合に、常に海中を移動する戦略ミサイル原潜からのSLBMが切り札となる。だからこそ戦略ミサイル原潜は聖域、核の海へと潜む。

 オホーツク海はソ連にとり、聖域化しやすい条件が揃いました、北海道北部に海上自衛隊基地艦艇は無く、日本の通常動力潜水艦は余り奥へは進めません。アメリカの攻撃型原潜は、ソ連海軍の対潜巡洋艦等を動員するならば、行動の抑止は出来た。一方でオホーツク海に面する北海道は常にたいへんな軍事圧力を受け続け、自衛隊は4個師団を置きました。

 しかし、あの冷戦時代のオホーツク海、これと似た状況が南シナ海という、日本の直ぐ南、日本のシーレーンが通る真下に醸成されつつあるのかもしれません。この海域での基地建設や人工島と戦略ミサイル原潜整備は紛れもないその徴候であり、看過した場合には非常に懸念すべき状況、北東アジア地域を含め平和が維持できなくなる事ともなるでしょう。

 ロイター通信が“特別リポート-中国習近平の強軍戦略”としまして、中国軍の急速な軍拡に関しての方向性を分析する四特集を発表しました。この軸は米中軍事対立の顕在化を前に、中国軍のこれまで不可解且つ急速な軍拡が一つの方向性を有している点を衝いています。ただ、この問題領域において大きな関心事は、この対立に日本が巻き込まれる点です。

 米中対立は、南シナ海を中心に中国が南シナ海の聖域化を図る事で発生し得る。ただ、南シナ海を中国が聖域化しようと考える背景を我々は正確に理解できていなかった可能性があります。聖域化といえば、米海軍のアプローチよりも中国海軍が優位性を誇示できる、という状況を中国が目指し、以て東南アジア諸国へ影響力を、という水準に留まらない。

 尖閣諸島問題等で視られるように、海底資源の確保をめざし中国が環礁や島嶼部への圧力を増大させている、こうした従来型の理解では、国際共同開発による中国参画の機会提示や、衝突を避ける為に暫時影響力に離隔を取る、という施策で妥協が成立するよう、一見誤解しかねません。しかし、目的が聖域化、他勢力排除だった場合、妥協可能でしょうか。

 米中対立は形而的なものであり、米ソ間の対立とは隔絶した規模だ、とは核戦力の話です。中国の核開発は毛沢東時代に確立しましたが、最小限核抑止力、中国が毛沢東時代に採用した核戦略は、若干でも水爆を大陸間弾道弾にて投射できる能力を保持する事で、相手に核攻撃を思い留まらせる、というものです。実際2010年代までこの施策は維持されている。

 最小限核抑止力、大陸間弾道弾は30発に留めるものの、中国を核攻撃した場合には30発でも大都市を攻撃できるという黙示が抑止力となった。これは米ソ間が大陸間弾道弾と戦略爆撃機に潜水艦発射弾道弾を用い、一万二千発と一万九千発の核弾頭を突き付け合った時代には、桁が二つほど違う小規模なものでした。しかし、現在、転換期が訪れつつある。

 第三の核大国を目指す中国、2010年代から晋級戦略ミサイル原潜の量産を開始した中国海軍は最小限核抑止力から相互確証破壊、相手を完全に破壊するだけの質的量的核戦力をアメリカに突き付ける体制へ転換しつつあるといえます。これが、間接的に日本の安全保障に重大な影響を及ぼす事となるのです。これは核攻撃が日本へ、という訳ではありません。

 戦略ミサイル原潜を量産するという事は、戦略ミサイル原潜が安全に航行できる海域、核の海が必要となります、中国はこれまで戦略ミサイル原潜を試作以上に進めませんでしたため、原潜の聖域は不要で、あくまで沿岸部のシーレーン防衛へ重点を置くだけでも充分であったのですが、晋級戦略ミサイル原潜が量産されますと、その為の聖域が必要となるのです。

 日本に影響が、というのは中国がアプローチ可能という戦略ミサイル原潜の聖域が、この条件として、中国海軍の掩護を受けられ、中国が閉塞させ得る、地形要件を満たしているのは、南シナ海しか、無いのですね。しかし、ここは日本の重要な通商路、シーレーンが通っており、ここを聖域化されますと、これはシーレーンの遮断をも、同時に意味します。

 シーレーン防衛と簡単に言いますが、天然資源開発のための南シナ海戦友ならば平時に無害通航を相互に受け入れ得る余地はあるでしょう。しかし、原潜の聖域となれば中国以外の水上戦闘艦艇は勿論、タンカー等の商船も排他的に扱う必要があります。つまり、第三の核大国を目指し原潜の聖域を構築する事が、同時に日本シーレーン遮断と同義なのです。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【G3X撮影速報】中部方面混成団創設12周年-大津駐屯地祭.平成最後の行事(2019-04-27)

2019-05-12 20:11:26 | 陸海空自衛隊関連行事詳報
■琵琶湖畔の砲声!訓練展示
 実は当方にとり大津駐屯地は初めて74式戦車の発砲焔を捉えたという、写真撮影では想い出の場所であったりします。

 大津駐屯地祭、中部方面混成団長へ第49普通科連隊第4中隊長が軽装甲機動車にて駆けより、車上から挙手の敬礼と共に訓練展示状況開始を団長へ報告、団長は立ち上がり答礼する事で、訓練展示が開始されます。第4中隊は49連隊唯一の軽装甲機動車化中隊です。

 UH-1多用途ヘリコプターが上空から情報収集任務に当ります、昔はOH-6D観測ヘリコプターが展開していましたが、OH-6Dの数が少なくなり過ぎ、図体大きなUH-1Jが対応しています、将来的には無人機が配備される、と信じたいのですが予算措置がありません。

 第49普通科連隊本部管理中隊情報小隊の偵察オートバイが仮設敵陣地へ素早く駆け寄り、状況を解明します。EOS-7Dには18-200mmレンズを装着し全景を撮影しますが、G3Xは35mm換算で24-600mmの高倍率ズーム性能を誇り、ここまで間近に構図を決められる。

 レンジャー展開へ。G3Xでも撮影が間に合いましたね。UH-2として現在、三重県明野駐屯地の航空学校と装備実験隊においてUH-1原型のベル204を発展させた双発のベル412を自衛隊仕様とした新型機が試験中です。永らく課題となっていたUH-1後継機ですね。

 87式偵察警戒車が盛んに74式車載機銃で探りを入れます、これが威力偵察で打ち返してきたところに敵が、沢山反撃が有れば大部隊が居ます、戦車が出てきたら、素早く引き返します。この訓練展示では、敵のT-74戦車が出てきました。74式戦車とよく似ていましたね。

 12.7mm重機関銃を搭載した1/2tトラック、通称パジェロが情報小隊を支援します、この車輛は第2中隊の所属です。重機関銃の威力は凄いものですがパジェロには一切防弾性能は無く、しかも反射し目立つフロントガラスを畳んでいない、遭遇戦という状況なのか。

 重迫撃砲中隊より120mm重迫撃砲RTが展開、情報小隊の発見した目標に対し120mm重迫撃砲による射撃準備へ取り掛かります。同時進行で様々な連隊の装備品が訓練展示会場に並びはじめまして、各装備品の展開要領と所要時間を解説放送と共に展示してゆきます。

 87式対戦車誘導弾が車載され投入です、敵にT-74戦車が居ましたからね。T-74は74式戦車に似ていますがフランスのAMX-30B1戦車とも似ていますし、アメリカの人たちからはT-62と似ているとも。87式対戦車誘導弾車載のパジェロ、間近に見ると車では大柄ですね。

 120mm重迫撃砲RT、展開を完了です。フランス設計の重迫撃砲を名古屋の豊和工業がライセンス生産したもの。空挺部隊や山岳部隊用に軽量設計され、装甲車により牽引する事で機械化部隊へも随伴できる高性能装備、普通科連隊重迫撃砲中隊に12門程配備される。

 FH-70榴弾砲の射撃、120mm重迫撃砲RTには空包はありませんがFH-70には空包が有る、大きな音がしますのでご注意ください、とのアナウンスと共に発砲し一瞬遅れ衝撃波が鼓膜を揺さぶりつつ周囲駐車場の防犯装置を反応させ、会場一同迫力驚くいつもの流れ。

 BTR-82装甲車により敵が反撃を試みます、BTR-82は82式指揮通信車に似ていますがBTR-80装甲車を思い出していただければ、と。いやBTRよりスペインのBMR装甲車に似ている、と反応が来そうですが、うむ、似てますね。フランスのVAB6×6にも似てる。

 74式戦車が敵の抵抗を排除するべく投入されました。先進国では少なくなった第2世代戦車です。ただ、自衛隊でも今津の第3戦車大隊と第10戦車大隊、日本原の第13戦車中隊、駒門の第1戦車大隊第2中隊と機甲教導連隊第4中隊、岩手駐屯地の第9戦車大隊のみ。

 92式地雷原処理車が敵の頑強な抵抗を前に突破口を拓くべく前進します、92MCVと昔は呼ばれていたのですが、最近はMCVという名称が機動戦闘車の略称となってしまったのでMBRSと呼称されるようになりました、92MCVではなく92MBRS,何度でも慣れないなあ。

 74式戦車ですが、まさか平成の終わりまで装備されるとは思いませんでした、第二世代戦車ですので暗視装置は旧式ですし、複合装甲も無く対戦車ミサイルには脆弱です。ただ、戦車ですので用途はあります。しかし戦車の運用と戦術へ訓練された乗員は更に貴重だ。

 軽装甲機動車が雄大な比良山系の新緑を背景に74式戦車と共に前進を開始します、74式戦車は後は西部方面戦車隊第3中隊くらいか、九州はこの他は全部10式に、第1戦車大隊は半分が10式戦車、北海道は全て90式と10式、この他は16式機動戦闘車へ換装された。

 96式装輪装甲車が攻撃前進へ参加します、第3戦車大隊本部の車両で大隊長と大隊幕僚が乗車する装備です、装甲が薄く路外機動性も低い装備ですが小型で高速道路を自走出来、何より世界的に見て同世代の装甲車よりも割安な国産装甲車、でも総数は足りていない。

 50両あれば普通科連隊の3個中隊と本部管理中隊の施設作業小隊や通信小隊と指揮通信用に十分、46億円必要になりますが、CH-47輸送ヘリコプターが55億円、現状十数輌程度しか取得されていませんが、普通科隊員の安全を考えれば毎年70両程調達してもいい筈だ。

 軽装甲機動車より下車戦闘準備が。車上からはMINIMI分隊機銃が牽制しつつ89式小銃を手に普通科隊員が下車し装甲車体に身を潜めます、四人乗の軽装甲機動車ですが操縦手と射手を残すと車長と小銃手の2名が下車戦闘に参加する、戦場のタクシーというべきか。

 96式装輪装甲車からも下車戦闘準備が、車体各所に増加装甲が配置されたⅡ型というものですね。取得費用は9600万円程度です、米軍のストライカー装甲車が毎年400両以上量産して140万ドル、スイスのピラニア装甲車が輸出費用で250万ドル、96式は安価とおもう。

 第49普通科連隊の突撃、絶対に実戦では犠牲が避けられない近接戦闘部隊の宿命です、こうして敵が蹂躙した国土を、陣地に立て籠もる敵を小銃で掃き出し銃剣で引き摺り出す事で奪還する。ただ、装甲車が多ければ突撃の距離を狭められ犠牲を抑えられる、多ければ。

 日本は人命重視、というが建前なのか嘘なのだろうなあ、と思うのは装甲車に予算を認められる余裕の少なさ。任務遂行能力が結果的に低くなれば戦線は拡大し長期化する、逆に充分装備が有れば戦線云々ではなく敵が来ない為に戦場とならない、どう考えるべきか。

 小銃班の小隊規模の突撃に呼号し軽装甲機動車もMINIMIを射撃しつつ前進します。下車戦闘要員が足りなければ操縦手も射手も全員下車し、軽装甲機動車に施錠し放置しつつ全員突撃するとも。その場合、軽装甲機動車は本当に放置されるのですが、運用は難しい。

 状況終了となりました。FH-70榴弾砲も砲身を水平に向けて直接照準で対戦車戦闘を、という訳ではなく撤収開始です。これらG3Xの写真はEOS-7Dの片手間に同時撮影したのですが、適当に撮影した割には良く撮れたと思う。そして駐屯地祭は装備品展示へ移りゆく。

 92式水際地雷敷設車です。そう、そうなんですが、琵琶湖上を航行してゆく様子が。驚いた、体験乗船券が配布されていましたが、毎年恒例の渡河ボート体験試乗だと思って、それよりは観閲行進の撮影位置確保を優先したのですね。今年は92式水際地雷敷設車なのか。

 強風の中強風のスロープを上がる92式水際地雷敷設車です。強風というのは海軍の水上戦闘機で、ここ大津駐屯地は海軍大津航空隊施設跡地を利用した駐屯地です。強風は1900馬力のエンジンを搭載する最強の水上戦闘機、陸上機に転用したのがあの、紫電と紫電改だ。

 92式水際地雷敷設車は沿岸部にマンタ小型機雷と似た水際地雷を敷設する車両です、上陸用舟艇等を沿岸部で阻止する為の装備で、その為に敷設車には海上を航行する性能が要求されていまして、要するに水陸両用車です。東日本大震災では、救助活動に活躍しました。

 琵琶湖とはいってもこの日はいつもの湖西線が止まる程の強風、92式水際地雷敷設車は2両が試乗に参加していましたが、迫力ある構図に。92式水際地雷敷設車の試乗は方々で行われていますが、水上での体験試乗となりますと、ここと和歌山駐屯地くらいではないか。

 92式水際地雷敷設車は不整地突破能力がそれほど高くはありません、実際和歌山駐屯地では海岸をドーザーで予め整地した砂浜から海上へ行くという。しかし、大津駐屯地はこの通り水上戦闘機用のスロープを利用しますと、順調に揚陸も展開でき迫力ある構図となる。

 南海トラフ巨大地震という将来の脅威を考えますと、水陸機動団へ配備されているAAV-7水陸両用車と共に、この92式水際地雷敷設車が重要な装備となるのでしょう。海上から上陸する92式水際地雷敷設車の写真は今回が初めて、と思ったら、ここは琵琶湖でしたね。

 体験試乗の帝王というべき74式戦車も大活躍です。90式戦車は体験乗車に対応していますが、富士地区と九州の10式戦車は先端C4I装備搭載の為に体験乗車対象外、16式機動戦闘車は乗車させる位置がありません、これも数年後には貴重な情景になるのだと考えつつ、令和時代最後の行事を散策しました。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする