■那覇に緊張走る南西諸島防空
緊張走る、という安直な表現は平成時代の沖縄においては、決して誇張ではありません、中国がヴェトナムやフィリピンに対し行った事と同じ施策、限定侵攻は有り得ました。
那覇基地航空祭は那覇空港と滑走路を共有する那覇基地の航空祭です。那覇空港は現在拡張工事が進んでいるのですが、航空祭にて並ぶ航空機の地上展示の奥を次々と旅客機が誘導路を離陸へ向かってゆく様子に驚かされました、沖縄本島、空の玄関口ですから、ね。
国管理空港、つまり空港法第4条第1項第6号に該当する空港として政令で定める空港という法的区分の空港です。小禄飛行場として旧海軍がこの地に1933年、建設した飛行場がこの巨大空港の始りなのですが、旧軍が設営した飛行場が基地として現役ということに。
小禄飛行場は沖縄戦においても拠点飛行場の一つとして位置付けられ、そして日本陸軍は1940年代に入り沖縄の北飛行場と中飛行場を本当中央部に建設し、本島離島の伊江島飛行場と合せ、三箇所を拠点飛行場として運用する構えでした。この飛行場はお気づきの通り。
嘉手納基地と普天間基地は北飛行場と中飛行場跡地付近に、嘉手納基地近傍の読谷補助飛行場と合せ連合軍が接収していまして、現在は在日米軍基地として転用されています。そして伊江島には伊江島補助飛行場としてSTOVL機等の発着施設が維持されている訳です。
那覇基地は、こう考えますと日本側が維持できている数少ない飛行場、となる訳でして。勿論日米安全保障条約があるアメリカは現在同盟国ではあるのですが、沖縄の過去の歴史に遡りますと個人的にですが、この小録飛行場跡地たる那覇基地とは特別な響きを感じる。
沖縄空の玄関口としての那覇空港、しかし過密空港であることは確かでして、3000×45m滑走路が一本しかありません。誘導路を進む旅客機の数の多さ、なにしろ貴重なボーイング747も運行されていた当時なのですが、旅客機を真剣撮影しつつ航空祭も撮れるという。
F-15戦闘機の緊急発進はこの2011年当時、それ程顕著ではない、実態には件数で2011年時点では既に日本一の頻度ではあったのですが、なにしろのちの、那覇基地一カ所の緊急発進件数とその他全ての基地を併せた総数で前者が上回る程の状況ではありませんでした。
ボーイング737とT-4練習機、頻繁に発着する民間旅客機はこの日の航空祭に九州での部品脱落の影響からF-15が飛行展示できないという状況を前に活況ある写真を撮影できる、比較的貴重な機会ではあるのですが、それにしても発着件数の多さというものを痛感する。
エアバスA330とRF-4偵察機、という写真なども撮影しつつ、緊急発進箱空砲上で最優先の発着が定められていますので、緊急発進の増大する時期にはここ過密空港である那覇を発着する航空機がさらに増大する為、上空待機等で相当な苦労を強いられるのだろう、と。
2003万名、これは那覇空港の2016年利用者数とのこと。2016年度の年間利用客数は2003万3021名となっていまして、利用者内訳は国内線が1695万4819名でして、国際線利用者数が307万8202名、とのこと。滑走路一本の空港としては破格の過密度とえいます。
着陸回数を視ましたら、日本の空港全体では国内線に限定しますと、着陸回数で第2位と旅客数では第4位という事です、国際線を含めた発着数と旅客数では那覇空港は実に第5位といい、旅客数でも第6位、成程、航空祭で多数の旅客機の離着陸往来を視る訳ですね。
ボーイング767とUH-60J救難ヘリコプターを撮影しつつ、実はこの那覇空港の過密ぶりは既に問題となっていまして、翁長那覇市長、沖縄県知事として大病を圧して職責を全うされました偉大な政治家、市長時代にここ那覇空港の拡張工事に尽力、実現させています。
滑走路1本あたりの密度は、着陸機で8万3189回となっています。これは第二位で、第一位は福岡空港の8万7198回、福岡市内に高層ビルが少ない理由が納得できるほどの過密ぶりです。二位というと、上には上があるもの、と思われるかもしれませんが、此処で一つ。
福岡空港は滑走路に万一の際には北九州空港というもう一つの代替空港があります。また、福岡空港は自衛隊基地と滑走路併用ではなく、春日ヘリコプター空輸隊のCH-47が置かれているのみ、陸海空統合基地といえる那覇基地とは根本的に状況が異なる訳なのですね。
沖縄の基地負担、とは日々報道のたびに考えさせられるものなのですが、しかし、緊急発進の件数から沖縄県への軍事圧力の増大というものも併せて考えさせられるもので、しかし、滑走路拡張を実現した那覇空港を見ますと、ここの基地機能を考えさせられてしまう。
2017年には緊急発進件数が遂に冷戦時代の942回を越えて1100台に突入、この大半が那覇基地からの沖縄県や鹿児島県への国籍不明機の接近であった事実を突き付けられますと、那覇空港をもう少し本島の静かな広い空港へ移転させては、と思ったりもしてしまいます。
那覇空港第二滑走路の建設は順調に進んでいますが、今後の緊急発進の増大、2017年に1100回の発進を強いた中国の空軍力は健在で強化が進む、こうした中で遠くない将来に第二の本島地方空港建設と那覇空港第三滑走路建設の必要性も、出てくるのかもしれません。
ボーイング747とE-2C早期警戒機を撮影しつつ、2011年は、この少し前に新田原基地航空祭にてF-4とF-15の写真を撮影しているのですが、部品脱落がもう少し前であったならば、新田原基地では飛行中止にて撮影するものがほとんどなかったなあ、と考えましたね。
F-15戦闘機、しかし再武装展示と模擬緊急発進を展示していまして、これは飛ばないものではありますが、ある種迫力の写真を撮影する事が出来ました。隊員の動きというものは写真と仕立てていますと、基地の雰囲気と云いますか、航空祭では普段撮りにくい様子が。
沖縄まで長躯進出したのだから、なにか絵になる写真と云いますか、F-15が飛行しないというだけで意気消沈したままではもったいない、という印象です。そこで、しかし考えようによっては航空祭はこの日混雑していない、ということは貴重な機会だったのかも、と。
ゆいレール、那覇市都市モノレールにて市内中心部から指呼の距離に在ります那覇基地ですが、要するに一番の目玉、F-15が飛行できないという事は新聞報道にて既に既知の事実ですので、この日航空祭へ訪れる那覇市民の方々、相当減っている、ともいえるのですね。
那覇都市モノレールの利便性、もちろんこの那覇航空祭は県外からの来場者も相当多いのですが、地元の方が比率として一番来場者の大勢を占める事は、やはり変わらない事実でしょう。来場者が少ない、という事は基地の人口密度も低く、自由に歩き回れるという。
ブルーインパルスも飛行展示を行うのですが、これほど人口密度の低い航空祭というのも2011年では貴重、というものでして、成程自由に撮影場所を変更したとしても数分後や十数分後にままた良い場所を最前列から撮影できる、これはストレス感じなくて良いですよ。
F-15機動飛行を撮影出来ずに、負け惜しみを欠いているだけなのでは、と思われるかもしれませんが、まあ、それは当っている。しかし、Weblog北大路機関にて沖縄の安全保障防衛問題を掲載する際に、那覇基地の写真があるのか無いのか、という部分では重要です。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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緊張走る、という安直な表現は平成時代の沖縄においては、決して誇張ではありません、中国がヴェトナムやフィリピンに対し行った事と同じ施策、限定侵攻は有り得ました。
那覇基地航空祭は那覇空港と滑走路を共有する那覇基地の航空祭です。那覇空港は現在拡張工事が進んでいるのですが、航空祭にて並ぶ航空機の地上展示の奥を次々と旅客機が誘導路を離陸へ向かってゆく様子に驚かされました、沖縄本島、空の玄関口ですから、ね。
国管理空港、つまり空港法第4条第1項第6号に該当する空港として政令で定める空港という法的区分の空港です。小禄飛行場として旧海軍がこの地に1933年、建設した飛行場がこの巨大空港の始りなのですが、旧軍が設営した飛行場が基地として現役ということに。
小禄飛行場は沖縄戦においても拠点飛行場の一つとして位置付けられ、そして日本陸軍は1940年代に入り沖縄の北飛行場と中飛行場を本当中央部に建設し、本島離島の伊江島飛行場と合せ、三箇所を拠点飛行場として運用する構えでした。この飛行場はお気づきの通り。
嘉手納基地と普天間基地は北飛行場と中飛行場跡地付近に、嘉手納基地近傍の読谷補助飛行場と合せ連合軍が接収していまして、現在は在日米軍基地として転用されています。そして伊江島には伊江島補助飛行場としてSTOVL機等の発着施設が維持されている訳です。
那覇基地は、こう考えますと日本側が維持できている数少ない飛行場、となる訳でして。勿論日米安全保障条約があるアメリカは現在同盟国ではあるのですが、沖縄の過去の歴史に遡りますと個人的にですが、この小録飛行場跡地たる那覇基地とは特別な響きを感じる。
沖縄空の玄関口としての那覇空港、しかし過密空港であることは確かでして、3000×45m滑走路が一本しかありません。誘導路を進む旅客機の数の多さ、なにしろ貴重なボーイング747も運行されていた当時なのですが、旅客機を真剣撮影しつつ航空祭も撮れるという。
F-15戦闘機の緊急発進はこの2011年当時、それ程顕著ではない、実態には件数で2011年時点では既に日本一の頻度ではあったのですが、なにしろのちの、那覇基地一カ所の緊急発進件数とその他全ての基地を併せた総数で前者が上回る程の状況ではありませんでした。
ボーイング737とT-4練習機、頻繁に発着する民間旅客機はこの日の航空祭に九州での部品脱落の影響からF-15が飛行展示できないという状況を前に活況ある写真を撮影できる、比較的貴重な機会ではあるのですが、それにしても発着件数の多さというものを痛感する。
エアバスA330とRF-4偵察機、という写真なども撮影しつつ、緊急発進箱空砲上で最優先の発着が定められていますので、緊急発進の増大する時期にはここ過密空港である那覇を発着する航空機がさらに増大する為、上空待機等で相当な苦労を強いられるのだろう、と。
2003万名、これは那覇空港の2016年利用者数とのこと。2016年度の年間利用客数は2003万3021名となっていまして、利用者内訳は国内線が1695万4819名でして、国際線利用者数が307万8202名、とのこと。滑走路一本の空港としては破格の過密度とえいます。
着陸回数を視ましたら、日本の空港全体では国内線に限定しますと、着陸回数で第2位と旅客数では第4位という事です、国際線を含めた発着数と旅客数では那覇空港は実に第5位といい、旅客数でも第6位、成程、航空祭で多数の旅客機の離着陸往来を視る訳ですね。
ボーイング767とUH-60J救難ヘリコプターを撮影しつつ、実はこの那覇空港の過密ぶりは既に問題となっていまして、翁長那覇市長、沖縄県知事として大病を圧して職責を全うされました偉大な政治家、市長時代にここ那覇空港の拡張工事に尽力、実現させています。
滑走路1本あたりの密度は、着陸機で8万3189回となっています。これは第二位で、第一位は福岡空港の8万7198回、福岡市内に高層ビルが少ない理由が納得できるほどの過密ぶりです。二位というと、上には上があるもの、と思われるかもしれませんが、此処で一つ。
福岡空港は滑走路に万一の際には北九州空港というもう一つの代替空港があります。また、福岡空港は自衛隊基地と滑走路併用ではなく、春日ヘリコプター空輸隊のCH-47が置かれているのみ、陸海空統合基地といえる那覇基地とは根本的に状況が異なる訳なのですね。
沖縄の基地負担、とは日々報道のたびに考えさせられるものなのですが、しかし、緊急発進の件数から沖縄県への軍事圧力の増大というものも併せて考えさせられるもので、しかし、滑走路拡張を実現した那覇空港を見ますと、ここの基地機能を考えさせられてしまう。
2017年には緊急発進件数が遂に冷戦時代の942回を越えて1100台に突入、この大半が那覇基地からの沖縄県や鹿児島県への国籍不明機の接近であった事実を突き付けられますと、那覇空港をもう少し本島の静かな広い空港へ移転させては、と思ったりもしてしまいます。
那覇空港第二滑走路の建設は順調に進んでいますが、今後の緊急発進の増大、2017年に1100回の発進を強いた中国の空軍力は健在で強化が進む、こうした中で遠くない将来に第二の本島地方空港建設と那覇空港第三滑走路建設の必要性も、出てくるのかもしれません。
ボーイング747とE-2C早期警戒機を撮影しつつ、2011年は、この少し前に新田原基地航空祭にてF-4とF-15の写真を撮影しているのですが、部品脱落がもう少し前であったならば、新田原基地では飛行中止にて撮影するものがほとんどなかったなあ、と考えましたね。
F-15戦闘機、しかし再武装展示と模擬緊急発進を展示していまして、これは飛ばないものではありますが、ある種迫力の写真を撮影する事が出来ました。隊員の動きというものは写真と仕立てていますと、基地の雰囲気と云いますか、航空祭では普段撮りにくい様子が。
沖縄まで長躯進出したのだから、なにか絵になる写真と云いますか、F-15が飛行しないというだけで意気消沈したままではもったいない、という印象です。そこで、しかし考えようによっては航空祭はこの日混雑していない、ということは貴重な機会だったのかも、と。
ゆいレール、那覇市都市モノレールにて市内中心部から指呼の距離に在ります那覇基地ですが、要するに一番の目玉、F-15が飛行できないという事は新聞報道にて既に既知の事実ですので、この日航空祭へ訪れる那覇市民の方々、相当減っている、ともいえるのですね。
那覇都市モノレールの利便性、もちろんこの那覇航空祭は県外からの来場者も相当多いのですが、地元の方が比率として一番来場者の大勢を占める事は、やはり変わらない事実でしょう。来場者が少ない、という事は基地の人口密度も低く、自由に歩き回れるという。
ブルーインパルスも飛行展示を行うのですが、これほど人口密度の低い航空祭というのも2011年では貴重、というものでして、成程自由に撮影場所を変更したとしても数分後や十数分後にままた良い場所を最前列から撮影できる、これはストレス感じなくて良いですよ。
F-15機動飛行を撮影出来ずに、負け惜しみを欠いているだけなのでは、と思われるかもしれませんが、まあ、それは当っている。しかし、Weblog北大路機関にて沖縄の安全保障防衛問題を掲載する際に、那覇基地の写真があるのか無いのか、という部分では重要です。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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