正射影とはなにか。
これが気になりだしたのは岩波書店から出版された、ダニエル・フライシュの訳書『物理のためのベクトルとテンソル』を最近ちょっと拾い読みをしたからである。
これには「垂直な正射影」と「平行な正射影」という言い方をしている。私は正射影とは頭から垂直射影だと思っていたので、小著『数学散歩』(国土社、2005)でテンソル解析の初歩について書いたとき、正射影と平行射影という語を使った。
数学をあまり知らない一般の人に急いで注釈を加えておくと、普通に使われている座標軸が直交している、デカルト座標系を使っている限り、垂直射影と平行射影は同じ結果を与える。
だが、座標軸が直交していなくて、斜めに交わっている斜交座標系を考えると座標系の軸に垂直の射影(垂直射影)と平行な射影(平行射影)とは2次元座標系を考えてみれば、明らかに大きさが違ってくる(昔の数学者はこれらをあるベクトルの反変成分と共変成分と呼んだ)(注)。
あわてて新明解国語辞典と広辞苑とをあたってみたが、広辞苑の方はどうも正射影という語もない。新明解の方には射影のところに正射影の説明が出ていた。
しかし、どうも斜交座標という考えは辞書の編纂者にもなかったみたいで、どうもはっきりとしない。
いま岩波の『数学入門辞典』を引いてみたら、正射影はorthgonal projectionの訳であり、直交射影ともいうとあった。だから私が正射影を頭から座標軸に垂直な射影だと思っていたことは理由がなかったわけではなさそうである。
もっともこの『数学入門辞典』の説明はまったくいただけない。これでは数学のわかる一部の人にしかこの辞典は支持されまい。もっともこのような辞典を買うのはある程度数学を知っている人だからOKなのだろうか。
(注) 射影というと平行光線をある物体にあてて、その影をいう。特に、ここで問題にしているのは影の長さである。2次元の平面を考えて、その平面に斜交座標系を考える。
このときに座標軸に垂直に平行光線をあてるか、座標軸に平行な平行光線をあてるか。ある線分の長さはどちらの平行光線をあてるかによって、その座標軸にできる影の長さは違っている。