【元日経新聞記者】宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

小沢一郎さんが役職辞任、議員辞職、政界引退へ 参院選悲観か?

2010年04月01日 11時11分11秒 | 第22回参院選(2010年7月11日)反省の夏

 民主党の小沢一郎幹事長が辞任する意向を固めたことが1日、分かった。通常国会中に衆院議員も辞職し、政界を引退する見通し。きょう午後にも、首相官邸を訪れ、代表に辞意を伝える。代表は慰留しない見込み。その後、衆議院議長公邸を訪れ、議員辞職届を提出する。

 小沢氏は、先月から、第22回参院選の情勢に悲観的になっていたとみられ、秘書や側近議員に「辞めたい」、「もう何もかも嫌になった」、「新進党を解党してしまったことが一世一代の失敗だったと今でも悔やんでいる」などと語っていたもようだ。

 また、先週、匿名で「世田谷区内を、Oさんが裸で歩いている」と通報があり、確認したところ、小沢氏に似た人物を発見。話を聞こうとしたが、「今、囲碁をしていて都合が悪い」といったんは拒否。その後、「話さなくても、収支報告書に全部、書いてある」、「これも可視化の一環だ」、


裸のO様って誰のことだ?」などと訳の分からない話を繰り返したため、この日は慎重に対応し帰宅させたとの一部情報もある。

 議員辞職に伴う衆議院岩手県第4選挙区の補欠選挙は、7月の参院選と同時に実施される見通し。

 小沢一郎氏は、1969年の第32回衆院選で初当選。連続当選14回で、父親の佐重喜氏と合わせると、親子で連続当選24回していることから、全国の政権交代フィーバーとは裏腹に、地元では沈滞ムードが漂っていた。

 平成元年(1989年)の第15回参院選で、宇野宗佑総裁(首相)率いる与党が36議席と大惨敗し、同じ派閥のライバルの橋本龍太郎幹事長が辞任。かわりに与党幹事長のポストが転がり込んできたが、平成22年になって、逆に不戦敗のまま政界を去るという皮肉な結果となった。

な~んちゃって、エープリルフールだよ~ん。