【元日経新聞記者】宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

一人が考えて一票を投じる教は邪教だ

2016年07月17日 13時33分45秒 | 第24回参院選(2016年7月)

 「一人一人が考えて一票を投じる教」は邪教です。

 選挙サンデーだった3日付朝日新聞。1949年生まれ団塊の世代の北海道、無職男性。「友人の話はこうだ。支持する候補者に投票してほしいとある人に頼んだ。すると、選挙区はほかに頼まれた人がいる。比例代表なら良いがと言われた。別のところでは、私、○○党の人からも頼まれていると言われた。これってどう思う?頼まれたからで投票先を決めてよいのだろうか」。

 北海道はこうやって働きかけをしている人がいるから、選挙区改選定数3で、努力は人を裏切らない、鉢呂吉雄さんが初当選し、既に当確だった徳永エリさんがかけつけるような先進的な民主主義ができているのでしょう。

 5日付読売、1960年生まれ、ケアマネジャーの東京都女性。「英国のEU離脱が決まった。熟慮せず、若者の未来をきめてしまったとの意見もあり他人事ではないと梶田。自分の大切な1票が未来を決める。様々な情報を集め、誠実に仕事をする人を選んでいただきたい。 

 たったの1票が未来を決めません!それと、衆院選ではない参院選ですが、人ではなくて党に投票します。

 最悪な例。1949年生まれの団塊の世代、岐阜県、木工業男性は「参院選では団塊の世代の良心と知性を傾注して、主権者としての1票を投じたい」。

 これは冗談で投稿したんでしょうか。

 7日付読売。1952年、神奈川、男性。「気に入った候補者がいないから、投票に行く気がないという声を聞きます。誰にとってもベストな政党や候補者など存在しないと思います。だからといって棄権するのではなく、ベターな選択をすればいいのです」。

 これはこの選挙戦通じて、私の政治思想にもあう素晴らしい投書でした。

 ただ、「1人が考えて1票を投じる教」の信者が読者投稿の9割でした。

 なぜ、日本はそんな情けない国になってしまったのか。

 ヒントになる投書があります。

 1960年生まれ、北海道、男性、高校教員。「18歳になった我が娘へ。ふだん教えている生徒には選挙に行くよう呼びかけている父ですが、遠く離れて暮らす自分の娘には、何も話さなかったことを反省しています。あなたにも学ぶ場を東京に求めた行動力があります。ぜひ、選挙に行ってその思いを一票に託してほしいと思います」。

 38歳で生まれた娘さんなのに親元を離れて思いが募っているのでしょう。しかし、東京で大学ないし専門学校に通う「行動力」と思いを1票に託すことが何の関係があるのでしょうか。「1票を託す」ことが「インテリの尊いことだ」という歪んだ価値観。父ならば、娘にせめて、「比例代表は民進党へ」と伝えるべきです。

 明るい選挙推進協会の過去の調査では、投票日までに誰からも投票依頼を受けていない人は、5割強います。むしろ、年収1000万円の大企業中間管理職の方が、投票依頼を受けていないのではないでしょうか。教育現場での「1人1人が対等の立場で議論する」ことは大事です。しかし、それは訓練として大事なのであって、実社会では対等な立場で議論する場は皆無です。例えば、社長室のドアは常に開けているという社長はよくいます。では、対等な議論をしようと社員が社長室に行って、社長が応じたとします。が、非喫煙者だと思い込んでいた社長がパイプに火をつけたり、ライオンのぬいぐるみを抱えながらソファに座ってきたら、対等に議論する心の余裕は無いでしょう。

 1人1人が考えて1票を投じる教は、複雑な制度である参議院議員通常選挙ではとくに通用しません。前にも書きましたが、明るい選挙推進協会の調査で、「投票は国民の義務である」という誤った回答が7割を占めた驚愕の調査がありましたが、その後是正されました。第24回参院選では、SNS上に「戦略的投票を」という言葉が流行りました。とくに、東京都選挙区で、我が党の小川敏夫候補が苦戦し、最終的に改選定数6の最下位で当選させてもらいましたが、市民の党が擁立した三宅洋平さんというミュージシャンに非改憲勢力が流れ苦戦しました。ただ、こういったことはSNSでも指摘されていました。ただ、我々のひっしの小川候補への投票依頼が功を奏したのだと考えます。

 希望の投書を一つ。 

 2002年生まれ、神奈川、中学生、女性。「学校で選挙についての授業が始まるのを前に、選挙関連のビラや新聞記事などを集めるという宿題が出ました。それまで私は選挙に興味がありませんでした。しかし、参院選が始まって駅前などで演説をしているところでもらったビラや、新聞の記事を読むと意外に面白く、興味が湧いてきました。どの政党を支持したいかも、何となく考えるようになりました。選挙権年齢の引き下げによって、あと4年で私も有権者です。責任ある1票を投じられるように、今からしっかりと勉強したいと思います」。

 ぜひ、1票を投じるだけでなく、説得力ある投票依頼ができる人間になってほしいものです。

 グローバルマネー資本主義が、民主政治を根こそぎ押し流そうとしています。

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第24回参院選、二大政党がともに勝利宣言「自民党勝利」「民進党健闘」

2016年07月15日 17時35分58秒 | 第24回参院選(2016年7月)

 第24回参院選(平成28年2016年7月10日)をうけて、二大政党は党機関紙=筆者・宮崎信行撮影=でともに勝利宣言をしました。

 自民党は「参院選わが党が勝利」として、「安定した政治基盤でわが国を力強く前へ」と銘打ちました。

 民進党は「統一候補、東北5県を制すなど健闘、岡田代表、新しい民主主義が始まった」と「健闘」をやや控えめながらも「この流れを止めることなくさらに力強く進める。」と勢いづきました。

 このエントリー記事の本文は以上です。 


民進党代表、自民党の衆参単独過半数で、公明党について所感

2016年07月14日 23時59分59秒 | 岡田克也、旅の途中

(このエントリーの初投稿日時は2016年7月15日で、それから14日付にバックデートしました)

 民進党の岡田克也代表は第24回参院選後の初めての定例記者会見(平成28年2016年7月14日)で、自民党が27年ぶりに衆参単独過半数をとったことで、自公連立の今後について語りました。

 岡田さんは、「自民党の力がより強くなり、公明党がさらに引きずられてしまう」と今後の自公連立を予想しながらも、「選挙協力の結びつきから、連立は簡単にほぐれないだろう」としました。

 発言は次の通り。
 「私が自公連立、どうあるべきかなどということを述べる立場にはございません。自民党の力がより強くなり、ただでさえ引きずられがちな公明党がさらに引きずられてしまうと。昨年の安全保障法制をめぐる議論などはまさしくそうだったと思いますが、そういう傾向が強くなる可能性はあります。ただ、選挙における協力という意味では、やはり自民党は公明党の支持者なくして選挙戦を戦えない候補者がほとんどですから、そういう意味ではこの結びつきというのは簡単にはほぐれないと思います。個人的には、公明党の幹部の皆さんは、私それぞれ親しいし、考え方も近い人が多いですから、コミュニケーションはこれからもとっていきたいと思いますが、最終的には党対党になった時には、やはり自民党にかなりフォローせざるを得ないような、そういうのが今までの現実ですね」

 このエントリー記事の本文は以上です。


長幼の序を守る岡田克也さんが63歳の誕生日に輿石東参議院副議長80歳の後任者は「私が決定する」

2016年07月14日 19時49分17秒 | 岡田克也、旅の途中

 民進党代表を兼ねる、岡田克也さんは、きょう63歳の誕生日=筆者・宮崎信行撮影、民進党本部=を迎えました。おめでとうございます!

 フランス革命記念日の7月14日生まれということで、やはり血の気が多く、偶然にも東京都知事選が告示され、たたかいの火ぶたが切られました。

 第24回参院選後初の定例記者会見となりました。

 今月25日で任期を満了する、輿石東さん(80歳)の参議院副議長の後継者は、茨城選挙区で4選した郡司彰さん(66歳) ではないか、との筆者の問いには「私が言えばそれが決定です。だから言わない」と語り、決定権を掌握していることを明示し、不敵な笑みを浮かべました。

 永田町の出世術は簡単。(1)長幼の序を守る(2)連続して当選するーーこの2つです。

 7年前、岡田さんは政権交代後の首相を見越して、代表選に出馬。衆の過半数を得ながらも、輿石先生率いる参議院民主党が推した候補者が当選。政権交代後に首相となりました。 このとき、劣勢の参院議員団を思いとどまらせるために、岡田さんの応援演説を買って出た、郡司参議院議員と、対抗馬が属する地方組織のトップながら、岡田さんを推した鉢呂さんは、政権交代後しばらく干されました。

 今回、輿石先生が80歳で勇退するので、郡司さん66歳が後任の副議長につくよう、民進党が提案するというはこびになりそうです。

 小沢一郎先生は在職24年目で「参議院は後からついてくる」発言で失敗したことがあります。岡田さんは在職26年目で自党の参院会派を掌握したといえそうです。

 このように長幼の序を守り、連続して当選すれば、必ず出世するのに、なぜ世代交代を叫ぶ中堅・若手が民進党にいるのか、私は不思議でなりません。SWKでしょうか。

 岡田さん初当選以来初めて、首相会派が衆参とも単独過半数を得ることになりました。これにより、自公連立の第1要件が消滅しました。

 岡田さんはこのことについて、「自民党の力がより強くなり、公明党が引きずられることが増えるだろう」としながらも「選挙における協力では、自民党は公明党の応援なくして戦えないという人がほとんどです」とし、連立解消は無いとの見立てを示しました。

 「公明党には私と考え方の近い幹部が多いが、最終的には自民党対公明党になるので、自民党をフォローしなければならないのが現実です」と述べ、公明党を突き放しました。選挙に勝った連立与党を見放すのもなんですが、岡田さんは、昨年の戦争法(平和安保法制)の衆通過以降、もう公明党を突き放している印象があります。私も同様です。

 明るい選挙推進協会の調査で、(1)「投票は国民の義務である」(2)「投票は国民の義務でない」という設問をしたら、7割が間違えたことがあります。その後、同協会の努力もあり是正されたことがあります。言うまでもなく答えは、(2)義務ではありません。これは、2003年の衆院選当日のお昼のNHKニュースで、福岡県の被災地の有権者が、口頭で「投票は国民の義務ですから」と発言しているところに、字幕で「投票は国民の権利ですから」と直されていたことがありました。

 こういう民主主義のルールは、家庭内で教えていってほしいものです。

 長幼の序を守れ、ということです。

このエントリー記事の本文は以上です。

(C)宮崎信行 Nobuyuki Miyazaki 
(http://miyazakinobuyuki.net/)

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英国の事例 テリーザ・メイ首相が就任 保守党党首

2016年07月13日 23時59分59秒 | 英国の事例

[写真]テリーザ・メイ英首相、英首相官邸ウェブサイトから。

 この記事は、2016年7月21日に投稿しましたが、さる、2016年7月13日(水)=英現地時刻=、テリーザ・メイ英庶民院議員が保守党党首となり、エリザベス女王から首相に任命されました。

 昨年5月の総選挙で、デービッド・キャメロン首相(保守党党首)が、苦戦する中、EUとの関係で国民投票をするとし、総選挙は意外にも勝利したうえ単特過半数獲得し、連立解消で、第2次キャメロン保守党単独内閣となりました。しかし、国民投票で負けたことから、キャメロン首相は辞意。9月の党大会での選出の日程感を示しましたが、有力候補が相次いで撤退し、テリーザ・メイ内務大臣が保守党党首となり、首相となりました。

 私は長年英国二大政党制を研究していますが、心無い人からの誹謗中傷を恐れて、あまりこのブログには書いていません。ですが、メイさんについては、過去2回、英国の女性議員の状況に言及する下りで言及していました。

 2014年3月9日の記事中、「 一方、現在の内閣。テレサ・メイ総務大臣は、1956年10月生まれの57歳。1997年初当選なので、政権与党・保守党公認で出馬し当選したものの、直後に野党になり13年間耐え、政権交代で総務大臣になりました

 2015年12月3日の宣戦布告の議会承認に関する記事中、「キャメロン首相は右隣にハモンド外相、左隣にオズボーン財務相、テレサ・メイ内務相らを従えて、攻撃の正当性について、数字をつけて順に説明しました。ISILのフランス語発音である、ダーイシュを使うこともありました。」 

 私は意図的に、英語の綴りを書かないことにしていますが、Theresa May という日本では聞きなれないファーストネームの発音を間違えておりましたが、報道の通り、「テリーザ・メイ」さんです。また両記事で「総務大臣」と「内務相」の表記が混在しましたが、同じ役職でした。

 こうしてみても、2014年の記事には「残念ですが全く共感できませんでした」という非常に心無いコメントが寄せられており、本当に腹が立ちます。IT化とグローバリゼーションの中、英語で情報がとれる私に嫉妬と焦りを感じているのでしょうが、その人物が30歳以上ならば、自分の努力不足であり、国益を毀損している、と強くなじりたい。

 閑話休題。

 

[画像]The Times Guide to The House of Commons May 1997からキャプチャ。

 上は、メイさんが初当選したときの、英庶民院議員名鑑です。まず、メイさんは初当選は40歳過ぎていたんですね。そして、この選挙では、保守党は18年ぶりに下野しました。メイさんは得票率49・8%で初当選。対抗馬の反対党(野党・労働党)の候補者は日本でいう惜敗率52・0%で大差で負けています。ただ、英総選挙では、その小選挙区の前回得票との差、「スイング」が重視され、メイさんは、前任保守党議員から、マイナス11・8%もスイングしてしまっていますから、与党・メージャー保守党の下野への逆風はそうとう強かったようです。ただし、他の選挙区でもほぼ同じ程度のスイングが起きています。

 こうして野党議員としてスタートした、メイさんですが、連続して当選。政権交代後の2010年にはさっそく内務大臣として初入閣。 

[写真]2010年の、第1次キャメロン・保守党・自由民主党連立内閣の閣僚の記念撮影=英紙タイムズの、2014年7月16日(水)付の8面の記事からキャプチャ=。

 初当選から13年経ち、初めて与党議員になると同時に初入閣した、2010年の第1次キャメロン保守党・自由民主党連立内閣の記念写真。右の赤丸(筆者が加筆)のキャメロン首相の後列の端から2番目のという控えめな位置(左赤丸)のメイ内務大臣。

 初入閣時点では、内務大臣(兼)女性参画担当大臣でしたが、兼務は2年後に解消されました。控えめに位置ですが、他の資料によると、閣議の席次は、キャメロン首相から見て、向かい側の人物の左2人目に座っていますので、主要閣僚です。

 2015年の総選挙では、メイさんは、初当選時と同じ名前の選挙区(境界線がまったく同じかは不詳)で65・8%で当選。対抗馬の反対党・野党労働党の候補の惜敗率は18・0%という大圧勝。BBC開票特番スタートから1時間もしないうちから、スタジオで、デイビッド・ディンブルビー記者のインタビューを受けました。下馬評と違う「保守党単独過半数」という出口調査結果から始まった驚きの出だしから、さっそくテレビで政局のキャスティングボートを握ったのでしょう。明晰なメイ内務大臣が、すばやく首と腕を伸ばして、ディンブルビー記者に答える様が印象に残りました。この番組では、ディンブルビー記者が、中継で登場した名物政治家のボリス・ジョンソンさん(メイ内閣で外相に就任)に「風に吹かれましたか」とヒットソングとかけた一声で機先を制して、インタビューをしたのも話題になりました。

 政界一寸先は闇。総選挙に勝つために国民投票を約束した第2次キャメロン首相は、単独過半数からわずか1年2か月後に、国民投票敗北で辞任。メイさんが在職19年、59歳で首相の座を射止めました。

 英庶民院には首班指名がありませんから、キャメロン首相は2016年7月13日(水)の党首討論(PMQ)で、辞任を表明。与党・保守党議員が総立ち、野党・労働党は着席しながらも拍手で送り出しました。在職15年49歳で、首相からバックベンチ(与党政府外議員)になるキャメロンさんは英国の未来に言及しながら、声を潜め、「私も昔は未来の一人だったんですが(I was the future ones)」との絞め言葉で庶民院本会議場を去り、バッキンガム宮殿でエリザベス女王に報告。女王は速やかにメイさんを呼び出し、首相に任命しました。

 David Cameron's last PMQs: 13 July 2016

 組閣情報は、首相官邸公式ウェブサイト、Twitter等で逐次、発表されました。

 翌20日水曜日の党首討論には、もちろんメイ首相が登場しました。

Theresa May's first PMQs: 20 July 2016  

  上述のジョンソン議員など、最近の(そんなに昔は知りませんが苦笑)庶民院は、女性議員を中心に、真っ赤なノースリーブなど、目立つ服装が多く、メイ首相もヒョウ柄のパンプスなどが話題になっています。

 日本の衆議院先例集にあたる、規則集、アースキン・メイの「メイ」も同じ綴りですが、こちらは19世紀の事務総長ですから、メイ首相と無関係だと思います。 庶民院中継は、日本時間だと夜になるので、眠たくて、とても日本の国会中継後には聞けませんし、上の新聞類も、なかなか読みに行く時間がとりにくいのですが、引き続き英二大政党を見ていきたいと思います。

 すべては、政権交代可能な二大政党政治を日本に根付かせるために。

(C)Nobuyuki Miyazaki 宮崎信行。 


陛下、生前ご退位へ、摂政でなく天皇交代なら特別法案、皇太子(孫)は悠仁さまで万事よし、元号法で平成改元

2016年07月13日 19時57分31秒 | 第192回臨時国会(2016年9月から12月まで)条約・カジノ再延長国会

[写真]秋の両陛下、2015年、宮内庁。

 天皇陛下は、生前ご退位なさるご意向を周囲にお示しになられたようです。2016年7月13日のNHKニュース7が報じました。

 陛下は、昭和天皇の子供として生まれたため、生まれた瞬間から皇太子。人生で、皇太子殿下と天皇陛下の2つのご身分しかご経験なさったことがなく、私(第19代允恭天皇子孫)は、陛下は崩御あらせられるその日まで、ご公務をなさるのが「明仁さん」のためと考えでおりました。

 陛下は、国際法、国内法にはまったく問題が無いとはいえ、先の大戦の皇太子殿下としての業があります。灼熱地獄の中亡くなった多くの国民への哀悼の意を抱きしめてのご退位をとなりそうです。

 日本国憲法第5条は「摂政を置くときは、摂政は天皇の名でその国事に行為を行う」とし、第7条に限定的に列挙した国事行為を行うことになります。すなわち摂政でも天皇の名前で国事行為ができます。改正前の憲法では、大正時代には、裕仁さまが、摂政(兼)皇太子殿下として、関東大震災の被災地を自ら馬に乗ってかけまわわれ、その若き情熱は多くの臣民を元気づけました。

 陛下のお考えは、徳仁さまに摂政を兼ねてもらうのではなく、天皇陛下になってほしいのかもしれません。この場合は憲法・法律の規定はありませんから、新法が必要となります。

 皇室典範(昭和22年法律3号)第8条では、皇太子は、「皇嗣たる皇子」としながらも「皇太子のないときは、「皇嗣たる皇孫を皇太孫」というと定めています。

 このため、徳仁さまが、天皇陛下にご即位なさった場合は、秋篠宮悠仁さまが、皇太孫となり、ご皇位継承順位第1位者となると考えられます。

 万事良し。

 元号法第2条により、天皇陛下が変わると、改元され、何一ついいことがなかった平成が終わります。

 スムーズなご皇位継承には、現在の首相である安倍晋三自民党総裁のみならず、最大野党党首の岡田克也民進党代表との二人三脚が必要です。

 政権交代可能な二大政党政治が日本にできれば、国の財政の持続可能性が高まり、畢竟、万世一系の天皇制の持続可能性が高まります。明仁さまのご決断は、三千年、いや四千年先の日本人にも語り継がれるでしょう。

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自民党が27年ぶりに単独過半数 第23・24期参議院、「強すぎる参議院」終止符へ

2016年07月13日 17時48分47秒 | 第191回国会(2016年8月)院の構成

[写真]第24回参院選投票締め切り30分前の参議院、2016年7月10日(日)、筆者・宮崎信行撮影。

 報道によると、自民党が、平成28年2016年7月スタートの、第23期24期参議院(第47期衆議院)で単独過半数になることになりました。

 自民党の単独過半数は平成元年に宇野自民党が、消費税、リクルート、GATTの3点セットで、土井社民党に敗れた、山が動いた事件以来。

 27年ぶりの衆参単独過半数会派の登場で、強すぎる参議院に終止符を打ち、カーボンコピーへと戻ることになりそうです。

 首相の重要法案2本を人質にし、参議院最大会派会長が首相とサシで会談し、そのうち1本の成立のみ許す、与野党一体会期末日程闘争が復活する可能性もあります。

 追加公認される無所属議員は、再選戦術のために、旧民主党を離党したところ、参議院本会議場で、旧民主党員の誰からも一瞥すらされない、「旧民主党SWKによるいじめ」(SWK=育ちの悪い方々の略語)を受けており、居場所がなくなっていました。

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財務省「1000円玉」を発行「東京五輪記念」を名目に2020年前後まで限定的容認

2016年07月12日 23時59分59秒 | 経済

(このエントリーの初投稿日時は2016年7月13日午後6時でそれから、12日付にバックデートしました)

 財務省は、きのう、平成28年2016年7月12日(火)、政府貨幣「1000円玉」を発行する、と発表しました。

 発行枚数は今後検討します。

 名目は、「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会記念貨幣」としていますが、今後、4年間、数種類を断続的に発行する方針で、安倍内閣お得意の「限定的容認」となります。

 2020年に前後して、「1000円玉」が日本銀行が発行している「1000円札」と人気競争が過熱することも予想されます。

 財務省理財局国庫課の発表文書はこちらをクリックするとご覧になれます。

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二大政党、民進党の対自民党惜敗率は東日本で64%、西日本で46%、統一国家として深刻な状態

2016年07月12日 07時50分31秒 | 政権交代ある二大政党政治の完成をめざして

[写真]西郷隆盛像、東京、2016年5月、筆者・宮崎信行撮影=写真と本文はあまり関係ありません=。

 第24回参院選(2016年7月)の比例代表得票数の「二大政党率」で、東日本と西日本で深刻な違いがあることが分かりました。

 衆議院の比例ブロックの関係もありますので、東日本は北海道ブロックから東海ブロック、西日本は近畿ブロックから九州・沖縄ブロックに分類しました。

 筆者の計算では、

 東日本では、自民党が1314万票を獲得し、民進党は850万票。これを「惜敗率」で見ると、民進党は対自民党で64%の惜敗率となります。

 西日本では、自民党が704万票で、民進党が326万票。惜敗率は46%となり、ダブルスコア以上です。

 民進党の対自民党惜敗率が東日本で64%、西日本で46%となったのは、明治維新以来の歴史的経緯がひそんでいるかもしれません。

 今後の戦略として、西日本で民進党が自民党を組織、得票数でしのぐのは極めて至難の業です。ただ、英国でも保守党がイングランド、労働党がスコットランドで強く、北アイルランドでは二大政党が候補者すら立てられない状態で、まさに「連合王国」です。

 歴史的経緯がある佐賀、大分両県でも自民党は民進党にダブルスコアをつけており、西日本は総崩れ。

 国家観を含めて、政権交代ある二大政党政治の理論再構築が必要となりかねない事態と感じます。

 異次元の金融緩和の着地をめぐって、大きく環境がかわる可能性も、中期的には、あり得ます。

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第24回参院選、民進党三重でトップ、二大政党ともに3分の1以上、大阪電機涙の2万票

2016年07月12日 07時33分38秒 | 第24回参院選(2016年7月)

 第24回参院選のデータがそろってきており、各県ごとの比例票を、12日付、朝日、読売、日経、公明などが報じました。

 民進党は三重県が30万0173票で、同県内の割合で34・2%でトップ。3分の1を超えたのは同県だけ。三重県は自民党も33・7%をとっており、二大政党がともに3分の1を超えたのは同県だけ。二大政党先進県と言えそうです。北海道、福島、愛知も二大政党が拮抗しました。

 細野豪志さん率いる静岡県は24・1%を低調。前原誠司さん率いる京都は民進党19・9%共産党18・5%で僅差で野党第1党を守りました。

 自動車総連の浜口誠さんは愛知県で9万票、神奈川県2・4万票を獲得。両県の票だけでも当選できた計算になります。逆に、47都道府県からまんべんなく得票するUAゼンセンの川合孝典さんは東京、愛知、神奈川の3県のみ1万票超で全体の21位。自民党公認では、日本薬剤師会、日本遺族会、日本理学療法士会、日本臨床衛生検査技師会、民進党公認ではUAゼンセン、JP労組の各団体が全国からまんべんなくとりながら特定の大票田がなく、現行制度では下位当選の傾向が続いています。今回、日本医師会が福岡県選出元衆議院議員の娘を擁立したのはこの傾向を意識したのではないかとうかがえる結果も出ていました。

 電機連合の新人、矢田稚子さんは、大阪府で最多得票し、2万0032票を獲得。サンヨー、シャープが経営破たんした大阪電機が涙の2万票ということになります。このような傾向は、労組系の候補者に多く、翻って、なぜ景気の良い時期から労働運動をしっかりやらないのだろうと感じます。

 日教組の那谷屋正義さんは兵庫の1・9万票に続き、三重で1・5万票。民進党の知られざる構造を今回も示しました。

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岡田克也「民進党再生の確かな一歩を示せた」「何とか政権交代可能な政治を実現するために力を合わせる」

2016年07月11日 23時51分52秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]岡田克也民進党代表=民進党本部提供写真=

 民進党代表を兼ねる、岡田克也さんは、結党初陣となった、第24回参議院通常選挙の翌日となった、2016年7月11日、メールマガジンやSNSで、

 「民進党再生の一歩を示すことができたと思います」と発信しました。


 岡田さんは「新聞社の出口調査によると、無党派層の投票先の第1位が民進党だったということで、その割合は、民主党最盛期の時期と比べるとまだまだ不十分」としながらも、手ごたえを感じました。

 岡田さんは「特に、1人区の最後の接戦を制して、(無所属の)青森や大分などで当選してくれたこと、少し無理をして2人目を出した北海道や愛知で2人当選が果たされたことなど、明るい話もあります」と語りました。

 岡田さんは、青森など無所属4候補の行き先には言及せず、31議席を獲得したとし、倍増まではいかなかったとしました。この参院選は、2004年の改選期のため、岡田系が多いのですが、郡司彰参議院議員会長、芝博一、福山哲郎両元官房副長官、鉢呂吉雄元選対委員長、柳田稔参議院議員らが順当に当選。青森県では、新生党結党35人衆の一人田名部匡省先生の娘である、田名部匡代元衆議院議員が当選しました。このほか、連合組織内も8名と復調しました。


[写真]民進党開票センター、民進党本部内、2016年7月10日(日)、筆者・宮崎信行撮影。

 選挙戦では、岡田さんが後継者にもくろむ、20歳年下の山尾志桜里政調会長が警護官を従えて全国遊説。岡田代表も負けじと、飛行機使用を解禁して、駆け巡りました。岡田さんの日程は、民進党と岡田克也事務所が共同で練りました。

 
[画像]第24回参院選の政見放送の山尾政調会長と岡田代表=テレビ画像からスクリーンショット= 


 岡田さんは「皆さまのご協力に対して心から御礼を申し上げ、何とか政権交代可能な政治を実現するために力を合わせて頑張っていきたいと思います」と決意しました。

(C)宮崎信行、Nobuyuki Miyazaki。 


連合復調の兆し、産別候補は全員10万票超えで8人当選、前回より2人増 トップはあの・・・ 第24回参院選

2016年07月11日 16時57分00秒 | 第24回参院選(2016年7月)

 第24回参院選では、連合、日本労働組合総連合会に加盟する、産別、産業別労働組合組織内候補が健闘しました。

 史上最多の12名大量擁立でのぞんだ連合。3年前は6名の当選にとどまりましたが、今回は8名が当選と復調。惜敗した候補も含めて全員が10万票を超えました。労働運動の底力を見せつけました。

 民進党内でのトップ当選は小林正夫さんで3選。27万0285票。小林さんは3年前の予算委で小林の思いを発表。

 「福島第一原子力発電所の事故でございます。この事故について言葉が見付かりません。日々、胸が痛む日が続いているということが正直なところでございます。被害に遭われた方たちが一日も早く元の生活に復帰できること、そして福一の原子力事故、あの現場が一日も早く完全収束になる、このことを私は期待をし、また今後そういう過程を見守っていきたい」と語りました。

 電力総連組織内、さらに、東京電力労組組織内議員のトップ当選は、3・11後初めて。笹森・第4代連合会長逝去後でもはじめてになります。

 自動車総連・全トヨタ労連組織内の、濱口誠さんが26万6623票で初当選。2位か~(笑)という感じもしますが、24年間議席を守った直嶋さんの後継者として、組織内外での活躍が期待されます。

 参・国対委員長をつとめる現職の後継者である、電機連合・矢田稚子(やた・わかこ)さんは21万5823票。電機連合としては上位当選。おそらく女性は初めてではないでしょうか。電機連合組織内は、出身企業が不振だと、参議院事務所内まで暗くなるところがあります。矢田さんはパナソニック労組ということで、前の連合会長のところになります。

 ここで、一つお願いしたいのは、矢田さんはおそらく同盟系では初めての女性ではないでしょうか。今回非改選の連合組織内議員のうち、総評系は3名とも女性(総評3人娘)なんですね。ぜひ、同盟系も組織の力で、女性の候補者を増やしてほしいと思います。

 川合孝典が19万6023票で国政復帰。いうまでもなく、JAゼンセンの役割は増すばかり。川合さんも、3年前までにやった、小沢さんを応援する会(笑)ではなく、ゼンセンにとどまらずすべての非正規労働者を応援する団長となっていただきたい。

 難波奨二さんが19万1823票。JP労組合併の効果がどうなっているのかは正直知りませんが、局長会に負けずに、難波さん2期目もがんばっていただきたい。

 江崎孝さんが18万4187票で2選。ちょっと順位は意外ですが、しっかりと自治労まとめてきたなという印象です。

 那谷屋正義さんが17万6683票で3選。日教組は、選挙区では、兵庫県で県教組組織内現職が落選。愛知県ではしっかりと議席を確保し、山梨県では後継者となる社会福祉法人理事長が粘り強く勝っています。

 石橋通宏さん17万1486票で再選。情報労連は、全逓がJP労組となり、総数はやや減りましたが、確実に取り続ける、優等生。

 非産別3名とあわせて、11名が比例で当選しました。

 JR総連現職、JAM新人、基幹労連元職、私鉄総連新人は、3万票前後足りませんでした。ただ、JAMと基幹労連はこれまでのように一緒ならば単純計算で当選ですし、無理な話ですが、JR総連とJR連合が一緒にやれば当選でしょう。私鉄総連も、JR系や都市交系となんらかの協力ができれば、通ったのではないでしょうか。やはり、労働運動はすべて団結から始まるとの私の信念を強くする結果となりました。

 ゼンセンが伸びているのは希望だし、小林さんのトップ当選はなんかうれしい。全トヨタ労連が2位となると、日産労連・ホンダ労組はどう思うのか、仲良く。総評系がじりじり下がっているところも気になりますが、票読みはしっかりしている気がします。

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自民党総裁、第192回秋の臨時国会で憲法改正案、参院選で争点化していないから国民投票急ぐ構え

2016年07月11日 12時48分14秒 | 第192回臨時国会(2016年9月から12月まで)条約・カジノ再延長国会

(この記事の初投稿日時は2016年7月11日午後1時で、それからバックデートしたい予定)

 安倍晋三首相(自民党総裁)は第24回参院選(2016年7月10日施行)で改憲勢力3分の2を衆参で確保できたことを受けて、第192回秋の臨時国会(2016年9月召集)で憲法改正発議案をまとめることを明言しました。

 自民党総裁は「この選挙で憲法の是非は問われていない。憲法改正を国民に問うのは国民投票だ。今後、憲法審査会で議論しながら、国民的な理解が高まる中で、どういう条文か、に収斂してくいくことが期待できる。第1次政権の際に国民投票法ができた。今回、18歳から投票できる法律もできた。しっかりと橋がかかった。これからは(衆参各院の)憲法審査会でいかに与野党が合意をつくっていくかだ。私の任期はあと2年だが、自民党としての目標で、落ち着いて取り組んで生きた」と語りました。

 第24回参院選で憲法改正を争点にしていないので、各院の発議を受けた国民投票を急ぐ構えをみせたもので、まさにペテン師です。

 第192回秋の臨時国会では、衆参両院で、第9条「自衛権を認める」、第13条など「公益及び公の秩序に反しない限り基本的人権を認める」、新98条「緊急事態宣言」の3点をとりまとめ、年内から来年にかけて発議。国民投票法(日本国憲法改正手続き法)では、早ければ60日以内に国民投票。投票率の足切り要件がないため、投票率にかかわらず、過半数の「是」で憲法が改正されます。

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平和の看板、支持者が守る 公明党支持者の24%が野党統一候補に投票

2016年07月11日 12時33分32秒 | 第24回参院選(2016年7月)

[写真]公明党結党大会が開かれた豊島公会堂は取り壊され、後には「鹿島建設」の看板が・・・先月、筆者・宮崎信行撮影。

 きのうの、第24回参院選で、公明党支持者の24%以上が野党統一候補に投票したことが分かりました。2016年7月10日付朝日新聞が報じました。

 出口調査によると、32ある1人区で、公明党支持者の66%が自民党公認候補に投票したものの、24%が民進党公認など野党統一候補に投票しました。「答えない」が1割いましたので、実際には、公明党支持者の4人に1人以上が岡田克也民進党代表が率いる野党統一候補に投票しました。

 無所属で出馬した、山形県では公明党支持者の38%以上、沖縄県では34%以上が投票しました。ただ、民進党公認でも、秋田県は44%が野党統一候補に投票しました(惜敗)。秋田県の自民党候補(当選)は特定秘密保護法で質疑打ち切り動議を提出しました。

 個別的自衛権が日常生活に影響する、沖縄、山形、秋田の有権者が、地球の裏側で人を殺す集団的自衛権と国民の生命と財産を守る個別的自衛権を混同させて行う、憲法9条の改正(自民党憲法改正草案では「自衛権の行使はこれを妨げない」)に反対しているものとみられます。

 公明党支持層の25%は、全有権者の1%に相当します。

 平和の看板は支持者が守ったと言えそうです。

 
[画像]池田大作創価大学創立者(創価学会名誉会長)と語らう、若き日の程永華中国大使(創価大学名誉博士)=聖教新聞からスクリーンショット。

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第24回参院選、民進党前回から倍増の34議席、岡田克也代表設定「改憲4党で3分の2阻止」は達成

2016年07月11日 04時00分45秒 | 第24回参院選(2016年7月)

 第24回参議院議員通常選挙は、平成28年2016年7月10日施行されました。

 開票は途中ですが、

 おおむね、自民党が改選55議席と非改選66議席で、121議席。

 公明党が改選14議席と非改選11議席で、25議席。

 自民党が単独過半数を得られなかったため、引き続き、2年前後は、自公の連立政権が続く見通し。

 安倍首相が設定した「消費税を先送りするという新しい判断の信を問うための連立与党改選過半数の61」は、合計69ですから大きく目標を達しました。

 その一方、岡田克也民進党代表が設定した、「参議院で改憲発議に必要な3分の2をとらせないための、改憲4党で改選78議席未満」については、76となり目標を達しました。ただ、非改選の無所属のうち4名が改憲勢力だとされており、わずかに改憲勢力が3分の2を持った模様で、秋の臨時国会以降、自民党憲法改正草案をもとにして、衆議院憲法審査会、参議院憲法審査会が動き出す見通し。

 3月27日に結党した、民進党は34議席を獲得。非改選の17から倍増し、合計52議席(川田龍平さん含む)となりました。

 共産党は改選6で合計14となり、引き続き、交渉会派(議院運営委員会理事を出せる会派)。

 社民党は1議席を獲得し、合計2議席。

 生活の党は3議席を獲得し、合計4議席。

 このため、野党4党は70議席となり、議席占有率28%となり、一定の成果を収めました。

 おおさか維新の会は7議席を取り、合計12議席で、新しく交渉会派に。

 複数区では民共の選挙協力が不調の面もありましたが、参・複数区の問題のため、次は3年後になります。

 1人区では、野党が11勝21敗になりました。東日本では野党4党が勝ち、西日本では自民党が勝つ現象があり、明治維新以来の歴史的経緯を踏まえた、深刻な分断状況が出てきたかもしれません。

 参議院の複雑な選挙制度と、憲法改正草案のとっつきにくさ、金融システムの不安定・変動性から、民意が見えない選挙結果となりました。

 二大政党の議席占有率は、3年前の67%から72%に向上し、民進党の復活を印象付けました。

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