東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

上関町 八島ウォーキングの下見(1/3)

2016年04月15日 | 歴史探訪他ウォーキング

 5月にウォーキングする予定の八島へ下見に行ってきました。朝9:45に室積港に集合しました。子供の頃八島によく遊びに行ったことがあるMさんに、八島を案内していただくことにしました。Mさん、ありがとうございました。乗船券売場で乗船券(片道580円)を購入しました。しばらく待っていると、上関港から「かみのせき丸」がやってきました。船は、上関港を出港後、いったん室積港に寄り、そして八島港に向かいました。

乗船券(片道580円)を購入   かみのせき丸に乗船      八島に向かって進む船
  

 30分位かみのせき丸に乗っていました。平郡島に向かう船より小さいためか、だいぶ揺れが大きかったです。八島に着くと、下船して乗船券を渡しました。ところで、下船した方々の何人かは車に乗ってどこかに向かうようでした。何事かとお聞きすると、古浦の八島神社のお祭りとのことでした。年に一度の機会です。最初巡る予定にしていたお寺などを後にして、お祭りがある八島神社に急いで向かいました。

                八島港に着いた、かみのせき丸


 八島港から古浦の八島神社まで約4kmです。港からの一本道を休みなしに歩きました。日差しがとても強いため、登りの道をどんどん歩いていると猛烈に暑くなりました。そのため、途中で上着を1枚脱いで歩きました。初夏のような熱い一日でした。歩いていると、去年楽しくウォーキングした平郡島が北東側に見えてきました。

  かみのせき丸を下船    古浦の八島神社へ向かう    途中、八島港を振り返る
  

 やっとのことで八島神社に着きましたが、お祭りは終っていました。残念!お祭り後、皆さんにお話しをいくつかお聞きすることでできました。その一つが、かつてのお祭り時、古浦から戎ヶ浦に向かって、海上御神幸の船が仕立てられていた話です。かつてのそのお祭りの写真を見せていただきました。

お神酒をいただいた八島神社    八島神社の本殿   同級生S(旧姓)さんのお兄さん
  

 この八島神社に出席しておられた方の一人に、たまたま私は声を掛けました。なんと、その方は私の高校時代の同級生S(旧姓)さんのお兄さんでした。このお祭りに合わせて、八島に帰省していたそうです。本当に奇遇です。さらに、一緒に八島ウォーキングの下見に来たEさんは高校生時代にSさんの住む八島を訪ねたことがあるとの事でした。お兄さんはすぐに、妹のS(旧姓)さんに確認の連絡を取っていました。私は高校時代のS(旧姓)さんの記憶がわずかに残っていたため、とても嬉しく思いました。

               お祭りのあった八島神社の本殿前


 八島神社では、お神酒をいただきました。そして、本殿内を見学させていただきました。いろいろお話しを伺うと、かつては古浦にも人家があったようです。そして、八島神社の前にある海岸に古浦港があったそうです。今古浦港は、夏の間だけキャンプなどのために臨時船が出ているとのこと。

              上関町の室積港から八島へ至る航路


 歴史的に見ると、戦国時代が終わった江戸時代初期、海の流通などで生計をたてていた人々が瀬戸内海の島々に住み着き始めたようです。そして、寺を中心とした檀家として幕府の支配下に置かれました。それらの島の一つが八島ではないかと思われます。ちなみに、私の先祖は村上水軍の一派で、柳井市の伊保庄山近に住み着いたとの言い伝えがあります。

 八島神社を出ると、神社の鳥居前に広がる古浦の海岸に出て昼食休憩をとることにしました。

                 島港から古浦の八島神社へ向かう(約4km)

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