玉置神社を出ると、ひたすら熊野川の上流方面に向かって走りました。そして、お昼頃に高野山に到着しました。平日でしたが、たくさんの観光客で賑わっていました。
私が高野山に初めて行ったのは22歳の時です。当時の私は、新入社員の営業経験として大阪に勤務していました。その勤務の合間に友達と行きました。もちろん車など所有していませんでしたので、大阪から電車で行きました。たしか高野山が終点だったように思います。その終点の駅からケーブルカーで登ったように思います。
駐車した金剛峯寺前 金剛峯寺の入口 金剛峯寺の山門
初めて訪れた43年前の高野山、真冬で雪が積もっていました。当時は観光化されておらず、しかも平日でしたのでとても静かでした。特に印象的だったのは壇上伽藍の根本大塔でした。真っ白な雪の平原に建つ朱色の大塔は目に焼き付くほどでした。そして、奥の院です。寒い季節で誰も歩いていない奥の院は、とても寂しく怪しい印象を持ちました。
昼食休憩後、最初に訪れた金剛峯寺
平日だったため運よく金剛峯寺前の駐車場に車を入れることができました。高野山を見学する前に腹ごしらえをしました。通りを歩いて食堂を探しました。見つけた食堂に中に入ると、平日にも関わらず混んでいました。欧米からきたたくさんの旅行客が座っていました。耳を澄ませて聞いていると、店員さんのジェスチャーやつたない英語での受け答えが聞こえました。店員さんの一生懸命さに好感が持てました。
赤白絨毯の大広間 庭が見える長い外廊下 白い砂が流れる庭
昼食休憩が終わると、最初に金剛峯寺を訪れました。快晴だったこともあり建物がとても威厳に満ちていました。必要な手続きをして建物内を見学しました。建物の中はとても広く、一度来ただけでは迷子になってしまいです。ひたすら前の人に続いて歩きました。
東斜め側から見た金剛峯寺、右手に見学のための受付
しばらく見学をしていると、赤白絨毯の敷かれた大広間の一つに入りました。その大広間でご住職の一人がご説法をしておられました。途中から入室したため話の内容までは分かりませんでした。ご説法が終わってご住職が退席すると、演壇うしろに飾られた曼荼羅などを見学しました。
大広間演壇うしろの曼荼羅を見学 約2000人の煮炊きをする釜戸
大広間を退席すると、金剛峯寺の北側内部を見学しました。白い砂が渦巻くように敷かれていました。また、2000人近い人の食事を作る大きな釜戸がありました。そして、お風呂のようなお釜がありました。今はこの釜戸は使っていないそうです。釜戸がある上を見上げると、積年の煤が付いた真っ黒な屋根裏が見えました。次に壇上伽藍に向かいました。
玉置神社のある十津川村から高野山への移動コース