12月の初日、山口県に帰る前日に山梨県都留市の低山をウォーキングしてきました。尾根道をただ歩くだけでなく、いくつかの史跡も見てきました。早朝八王子市を出て中央本線に乗り、大月で富士急大月線に乗り換えました。富士急大月線では子供向けのイベントをしているのでしょうか、電車がトーマス君でペイントされていました。8時頃に都留市駅で下車しました。下車するとすぐ、発電所に関わる導水管を横目に見ながら山を登りました。
導水管横の急登を歩き終わると、都留市内を見下ろせる展望台へ
くわしくは知らないのですが、奥多摩の小河内ダムが建設されて発電されるずっと以前、大月市や都留市に発電所や水路や導水管が作られたとのこと。今から100年位前のことです。今も谷村(やむら)発電所に導水管を通って水が流れ込んでおり、都留市には導水路跡や水道橋などの産業史跡が多く残されています。今回はほぼ導水路に沿って尾根道をウォーキングしました。なお、導水路は山中のトンネルを通ったりしているので全て見えるわけではありません。山と山の間の水道橋を流れていたりします。また、今は使われていない導水路の廃墟が所々に残っています。
トーマス君の電車ドア スタートした都留市駅 導水管近くからの景色
太い導水管3本に沿う急な登り道をどんどん進みました。導水管の高低差は100m以上はあったと思います。導水管に沿う道を登り終えると、都留市街を見下ろす展望台で休憩しました。都留市の街並みの向こうに、真っ白な富士山山頂が見えました。その展望台からは少し緩やかな登りになりました。しばらく歩くと、狼煙台があったとされる蟻山に到着しました。蟻山までの途中で衣服を2枚脱ぎました。
高低差100m以上の発電用導水管3本 蟻山までの緩やかな上り坂
狼煙台があったとされる蟻山で休憩しました。この狼煙台が本当であれば、戦国時代の武田氏配下の小山田氏が管理していたのではないかと思います。小山田氏は、大月の岩殿山城を居城にして武田氏領国の東側を治めていました。武田氏が滅ぶ時に、武田氏に寝返るのが遅かったためか無残な最期をとげています。戦国時代、この都留市を通って武田勢は関東に進出していたのではないでしょうか。
史跡巡りウォーキングした都留市南の低山