すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

見入る空気を肌で感じて

2009年10月10日 | 教育ノート
 先月の半ばから「読書の時間」を利用して、各学級を渡り歩いて(笑)紙芝居を読んでいる。
 毎日というわけにもいかず、途切れ途切れながら、ようやく全学級を一回ずつ廻ることができた。

 上演するのは手持ちの新美南吉シリーズか宮沢賢治シリーズである。作品はその都度変えているが、どれも喜んで聞いてくれているようだ。

 何回かICレコーダーで録音し、ちょっと自分でふりかえりをしてみたら、まだまだ工夫する余地はあるので、その意味で今後も続けるきっかけは十分である。
 なんだか自分の楽しみでやっているようだが、その心持は案外子どもたちにも伝わるのではないか。

 紙芝居を読んでいて、脚本を少しアレンジしたりすることも覚えてしまった。
 この言い回しではわかりづらいだろうなと思うところを言い換えてみたり、少しは身近に感じるものに置き換えたり(例えば「さつま杉」より「あきた杉」の方がいいだろうと思う)する余裕は出てきている。

 ただ、まだまだなのは、やはり間のとり方や緩急のあたりだなと思う。
 これは結局読みこみなのだろうが、一人の下読みだとどうも力が入らず、やはり「本番」の緊張感の中でどれほど繰り返すかになるのではないか。

 例えば「よだかの星」。
 初めの場面ではよだかがバカにされることを笑っていた男の子が、徐々に声を失くし、画に見入るようになっていく。
 そうした空気を肌で感じながら演じられるのは、本当に幸せなことだ。

 第2クールも地道に続けていきたい。