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桜と絵本と豆乳と

読書はぶつかり稽古

2012年09月02日 | 読書
 『人間通』(谷沢栄一 新潮選書)

 この人の本は一度は読んでみたいと思っていた。この題名は知っていたので、かなりのベストセラーだろう。
 そういえば、この頃「通」という言い方をあまりしなくなったなあ、何かに精通していることを何と呼ぶのだろう…「おたく」じゃあまりに寂しいなあ…などとくだらぬことを考えながら、ページをめくった。

 いやあ、さすがに博学、書評家として名高い人だなあ、と思った。切れ味鋭い、それも日本刀というより、やや鉈に近いようなイメージ。
 自ら「遅すぎた納得事項」とする数々の言葉が、これでもかという感じで繰り広げられる。

 「○○と人」という形で章分けされている形で、最初の「人と人」、最後の「国家と人」が量が一番多く、力点が注がれたということだろう。
 「人と人」の章で(もしかしたら「人間通」全体でも)最も言い切っているのはこの表現だと思う。

 人間性の究極の本質は嫉妬である。

 人間性をとことん煮詰めていけば、黒い嫉妬の塊が残るという。人の世を動かす根元は嫉妬であり、人間はそれから解脱できないと強く言い切る。

 参りました!と平伏しながらも、煮詰めて黒くなった部分に別の要素も入り込んでいるのではないかと思う欠片もあって、これはもしかしら、著者にいくらか嫉妬している部分なのかなという見方も湧いてきたりして、楽しい?

 「言葉と人」の章の「言葉を練る」が、実に得心がいった。

 考えること、それは即ち、言葉を練ることである。

 そのために必要な措置として二つを挙げている。
 その第一は

 氾濫する通常の決まり文句から出来るだけ我が身を遠ざける隔離

 その第二は

 言葉を練ることに努めてきた先例に我が身をぶちあてる格闘

 「ぶつかり稽古」の相手は、当然書物である。
 著者自身も強大な先例であり、なかなかぶつかり応えがある。

 多くの読書論では、ともすれば「古典」礼賛の傾向が強いが、著者は新刊書に対してもその価値を見極める大切さを説いている。それはある意味新鮮であった。
 勝海舟が語ったというこの言葉も、ぴーんと響いてくる。

 世間は活きている、理屈は死んでいる

 不易も流行も自分の目で見きわめることが大切だ。
 夏休みに入ってから8月末まで30冊近い本が読了できた。
 この後は少しペースダウンすると思うが,活きている今を感じられる新旧の本に、これからも胸を借りたい。