整理ということについては、何度も何度も書いてきた。
コンプレックスを抱いているかのように繰り返してきた。
いわゆる整理術の書籍や雑誌なども多く読んできた。
しかしその成果は、甘く見てもほんの少しだ。
相変わらず机の上には低い山が散在している。
居直って最近あまり気にしないようにしてきたが、書棚を見ていてそこだけ妙に明るく目に飛び込んできた文庫本があったので、再読してみることにした。
『佐藤可士和の超整理術』(日経ビジネス人文庫)
たしか一昨年に読了してあった。
デザインに少なからず興味のある自分にとって、とても気になる一人だったので文庫化されてすぐ手にしたと思う。
この本の要諦は、まえがきに記されている次の点だ。
ひとつのデザインを生み出すことは、対象をきちんと整理して、本当に大切なもの、すなわち本質を導き出してかたちにすることだ
この至極単純な文章は、他の様々な仕事にも置き換え可能だなと、さっそく思ってしまう。つまり教育分野にも…。
そういう見方で、第2章を開くと次の小見出しがあり、ますます確信する。
複雑すぎる世の中に、危機感を持って挑むべき
その場しのぎの対処では、問題は解決しない
日々、そういう現場にいる者にとっては、胸突かれる言葉だし、そのための「整理」ということは説得力がある。
これは整理のための整理ではなく、思考・実行のための整理なのだ。
整理術のプロセスは、以下の通りである。
1.状況把握 2.視点導入 3.課題設定
特に奇を衒った考え方ではない。
これを細分化していくことも、ありがちとは言える。
「状況把握」では、情報(要素という意味)収集→情報視覚化→情報分類のステップ。
「視点導入」は、優先順位づけ→関係づけにより本質を取り出す。
そして「課題設定」することで解決に向かうわけだが、この解決のための三つの視点がうーーんなるほどと思った。
磨いて光らせる
反転する
組み合わせる
これは実に有効な認識だなあ、と教育のことばかり連想させる。
ということで、肝心の情報(要素)収集の段階で整理ができないので、混乱している自分を再発見した結末となった。
ここは、著者の言うところのステップ「空間の整理」→「情報の整理」→「思考の整理」にもう一度チャレンジしてみようと、机の上を見回せば、またため息一つ。
コンプレックスを抱いているかのように繰り返してきた。
いわゆる整理術の書籍や雑誌なども多く読んできた。
しかしその成果は、甘く見てもほんの少しだ。
相変わらず机の上には低い山が散在している。
居直って最近あまり気にしないようにしてきたが、書棚を見ていてそこだけ妙に明るく目に飛び込んできた文庫本があったので、再読してみることにした。
『佐藤可士和の超整理術』(日経ビジネス人文庫)
たしか一昨年に読了してあった。
デザインに少なからず興味のある自分にとって、とても気になる一人だったので文庫化されてすぐ手にしたと思う。
この本の要諦は、まえがきに記されている次の点だ。
ひとつのデザインを生み出すことは、対象をきちんと整理して、本当に大切なもの、すなわち本質を導き出してかたちにすることだ
この至極単純な文章は、他の様々な仕事にも置き換え可能だなと、さっそく思ってしまう。つまり教育分野にも…。
そういう見方で、第2章を開くと次の小見出しがあり、ますます確信する。
複雑すぎる世の中に、危機感を持って挑むべき
その場しのぎの対処では、問題は解決しない
日々、そういう現場にいる者にとっては、胸突かれる言葉だし、そのための「整理」ということは説得力がある。
これは整理のための整理ではなく、思考・実行のための整理なのだ。
整理術のプロセスは、以下の通りである。
1.状況把握 2.視点導入 3.課題設定
特に奇を衒った考え方ではない。
これを細分化していくことも、ありがちとは言える。
「状況把握」では、情報(要素という意味)収集→情報視覚化→情報分類のステップ。
「視点導入」は、優先順位づけ→関係づけにより本質を取り出す。
そして「課題設定」することで解決に向かうわけだが、この解決のための三つの視点がうーーんなるほどと思った。
磨いて光らせる
反転する
組み合わせる
これは実に有効な認識だなあ、と教育のことばかり連想させる。
ということで、肝心の情報(要素)収集の段階で整理ができないので、混乱している自分を再発見した結末となった。
ここは、著者の言うところのステップ「空間の整理」→「情報の整理」→「思考の整理」にもう一度チャレンジしてみようと、机の上を見回せば、またため息一つ。