すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

「まだこんなこと」をしている国の支え

2020年08月03日 | 雑記帳
 『波』8月号(新潮社)から、もう一つ話題を拾う。

 この雑誌は対談が多く、その点もいいと感じている。しかし現状ではなかなか設定が難しいのだろう。オンライン活用に頼っている。
 さらに「名対談撰」と称して、ずいぶんと古いものも再録している。



 さて、「人生相談『道行きや』篇」と題して、詩人伊藤比呂美とライターブレイディみかこが対談していて、そのなかの発言が、心にひっかかった。
 オンラインの対談を視聴している者からの質問も受け付ける形で、対談は進んだ。

 「日本に帰ってきて、どう思いますか?」という質問に応える伊藤が、最初に「ごめんなさい」と謝りつつ、こんなふうに語っている。

 アメリカに二十数年住んで日本へ帰ってくると、少なくとも「人はどう生きるか、女はどう生きるか」みたいな点だけで言えば、タイムトリップしている感じなんですよ。まだこんなことやってんだみたいな…

 伊藤は、その前段で「(海外へ)行かなかったとしたら、自殺していますね」と語っている。そういう人間であれば、「自由」への渇望感はより強いと言っていいのかもしれない。
 確かにその視点でみれば、様々な場面において「まだこんなこと」は多いだろう。

 しかし、伊藤は続けて、こんなふうにあっけらかんと語る。

 ただ、日本は保険が楽!

 イギリス在住で特殊な国民保険サービスをうけているブレイディは、アメリカの大変さに同調しながら、イギリスの実態に話を継いだので、日本に関して話題は拡がらなかった。

 私には、伊藤が語った「ただ」というつなぎ方がどうにもストンとこない。

 自由と独立の国アメリカからみれば、いわゆる人権、平等という点において「まだこんなこと」をやっている我が国は、いわば健康保険の悉皆加入によって「生きる」ことを保障しようとしているではないか。

 だから、それは「ただ」ではなく、「だから」なのだと考える。

 そこに意識構造の違い、自由や責任や共生という点に関する理解の仕方(それも幻想と言うべきかもしれないが)が大きいことは言うまでもない。
 コロナ禍に関してどんな行く末を見るかも、一つの評価となるかもしれない。


 先週払い込んだ60代夫婦の国民健康保険額は二十数万円であり、これを「楽!」とは思わないが、生きるための一つの支えになるとは信じている。