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少し変わった作家あります

2020年11月04日 | 読書
 この作家の面白さについては、去年発刊の新書を読んだメモを6月に残している。しかし、その小説は書名にあまり興味が湧かなかったせいもあり、読んだことはなかった。今回目にした小説は、新書版でこんな表紙絵になっていて関心を持った。寝室読書として数日で読了したが、独特の筋立てがなかなか面白かった。


『少し変わった子あります』(森博嗣  文藝春秋)



 大学教授の主人公が後輩から勧められた料理店を訪れる。この店が変わったシステムとなっており、訪問するたびに不思議な世界に入り込むような感覚になる。事件や突飛な出来事はないが、主人公の心理が巧みに描かれて、物語に惹きこまれる雰囲気を作りだす。この作家自身と思われる要素がふんだんにあった。


 エッセイ本に書かれていても不思議でないフレーズが所々に登場する。「芸術が成立する条件とは、第一に、それが人間が成したものであること。第二に、無駄な消費であること。これが私の定義である。」…こんなふうに言い切れる生き方はそうそうない。明確に向き合ったとき、自分にとっての芸術が確かになる。


 例えば「やる気」という語一つとっても、主人公にこう語らせる。「やる気なんてものは、誠実な仕事にはまったく邪魔な存在だよ(略)どんなにやる気があったって、人間は数メートルしかジャンプできない。人を月まで送ったのは、そんな単純でいい加減な意志ではなかったはずだ」…アニマル浜口に聞かせたい(笑)。


 こうした主人公の物言いは、まさに作家自身の考えに違いない。一風変わった料理店との出会いを通して、現実と幻想の境目について考え、日常の深層に目を向けていく過程はどこかスリリングな結末を期待させる。ところがこの小説にも当然仕掛けがあって、おそらく読者の大半は最後にあっと思ってしまうだろう。