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エンドを過ごす心がけ

2020年11月19日 | 読書
 昨日、感想を記した『老いと記憶』(増本康平 中公新書)を読んでいて、思わずえっ本当かよっと言いたくなるような記述に出会った。著者は65歳以上の高齢者を対象に「これまでに経験した人生の重要な出来事10」を書き出してもらい、一年後にもう一度同じ対象者へ同じことを問い、答えてもらう実験を行った。


 その結果がにわかに信じられなかった。「人生の重要な出来事の63%が、一年経過しただけで、他の出来事と入れ替わっていた」というのである。実験に参加した高齢者の記憶機能は正常であるのに、そして一年間で大きな変化は考えにくい年齢なのに…。ただ、これは若者でも2,3割起こるというデータもある。



 「記憶は書き替えられる」という点についてはよく知られている。自分に都合のよいように編集されたりすることは、当然だろう。同級生と久しぶりに雑談して、同じ出来事に対して全く違う捉え方をしていることは珍しくない。しかし、自分に起こった出来事の重要度は、そんなに安易に入れ替わるものだろうか。


 上位の記憶はあまり替わらないが、下位だと数が多くなりあやふやになるという推論もつく。ただ肝心なのは、「高齢になるにつれ書き替えが顕著だ」ということだ。それは、その時点の環境や思考などに影響されるからではないか。著者は記憶の変容に関わって、ある検査の痛みの評価(記憶)の研究を紹介している。


 内科検査中の時間経過と痛みの程度をデータ化し、患者の評価をもとに「実際の経験」と「経験の記憶」の乖離を明らかにしている。評価は痛みのピークがどうかだけでなく、最後の時間に経験した痛みに強く関連していた。ここから導き出される結びが、なかなか滋味あふれる(笑)一節となっている。噛み締めたい。

「この結果を踏まえると、私たちの人生の評価は、人生全体の良い経験や悪い経験の総量で決まるのではなく、人生の最も良い時期あるいは悪い時期(ピーク)に加えて、特に高齢期の経験(エンド)の影響を強く受けることを示唆しています。」