衆院選の結果は残念なことでした。結局、マスコミの国民洗脳がよく効いているのでしょうね。自民がダメだから民主、そして民主がダメだから自民という投票パターンになったということですけど、自民も民主も維新も同じ穴のムジナであって、自民に投票しようが民主に投票しようが同じことだということが、よく浸透しなかったということでしょう。これは二大政党制の議会制民主主義の欺瞞を思い出させます。与党と野党は国民をコントロールしその富を搾取する一部の支配者層のための目くらましとして、議論するフリをし、国民にあたかも政策を選択する権利があるかのような幻想を与えます。その実は与党も野党も結局は支配者層のための政策、国民搾取のための政策(カバルのアジェンダ)を推進するために働いているのです。3年前に、日本ではそれが変わる可能性がありました。鳩山政権が多分戦後最初の国民のための政権でした。残念ながら内部から崩壊してしまいました。そして今回、3年前よりももっと悪い選択がなされました。消費税は上がり、景気はますます後退し、原発は次々と再稼働を始め、放射能は全国に飛び散ることになるでしょう。加えて、日中武力衝突が現実になるかも知れません。それにしても未来の9議席というのは解せません。不正選挙を田中龍作ジャーナルをはじめ、多くのサイトが指摘していますけど、ここまでの大差で自民党が勝つというのは、不正だけで説明しにくいように思います。やはり、熱しやすく冷めさすい日本国民は三年ちょっと前のことをわすれてしまったのでしょう。格差社会、「勝ち組」とよばれる少数グループが下層階級に釘付けにされた持たざるものからむしりとる社会、日本の国民の富をアメリカに差し出すことで既得権益を持つものだけが得をする社会、目先に金のためには国土を永久に汚染しても構わない社会、そういう自民党が推進してきた社会に反対して民主党政権ができたのではなかったのでしょうか。その民主党が空きカン以降、すっかり変節して自民党化してしまったことに対する評価が、前回の参院選や今回の衆院選での民主党惨敗ではなかったのでしょうか。であるのに、自民党化した民主党を不信任したにもかかわらず、今度はまた自民党を大勝させるというのはどういう理屈なのですかね。自民党はイヤだが民主党はもっとイヤだということですかね。この選挙の建前は消費税増税法案を自民と民主が一緒になって通したことに対する国民の審判、という話ではなかったのですかね。結果をみれば、国民は消費税増税に賛成したということになります。
今回の安倍氏、前回の政権投げ出しで、無責任口先男であることは証明ずみです。参院でのねじれがあるのも前回同様。ただし、前回と異なり参院での「与党」は小沢氏が代表ではないし、そもそも衆院2/3を押さえているので、やりたい放題できると思っているでしょう。こういうレベルの人間に力だけを持たせるとどういう悲劇がおこるのか国民は想像できなかったのでしょうか。つくづく日本が暗黒時代にあることを実感した選挙でした。
選挙後ドイツのニュース番組で放映された画像。
話かわって、先週の事件ですが、コネティカットの静かな街の小学校での銃乱射事件、コロンバインに次ぐ大惨事でした。殺された20人の小学生と学校関係者、その家族や友人の気持ちを思うとやりきれない思いです。こういう無抵抗な人間を無差別に殺害する銃乱射事件はアメリカでは何度も繰り返されています。一般人が簡単に銃を手に入れることができるアメリカ社会の構造的な問題があります。それでは銃器を規制すれば問題は解決するのか、という疑問が自然と出てきます。銃を規制したところで、サリンとか爆弾とか、無差別に人を殺傷する方法はいくらでもありますから、無差別殺人がなくなることはないでしょう。しかし、銃乱射によるこの手の事件は少なくなるであろうと期待されます。年間自殺者が3万を越える日本で、不審死などを考慮すると10万人以上が毎年、自分の命を自ら絶っている可能性があるそうです。そのうちの少なからずは精神的に追いつめられていて、今回の犯人やバージニアテックの犯人のようにどうせ死ぬなら他人を巻き添えにしてやろうと考えていると思われます。日本で銃乱射による無差別殺人と犯人の自殺が起こらないのは、間違いなく銃規制のためだろうと私は思っています。
アメリカという「倫理、道徳」教育というものが、基本的に存在しない国で、モラルを維持してきたのは、キリスト教を中心とした宗教であったと思います。しかるに、いまや宗教を実践しているアメリカ人はおそらく1割ほどであり、多くの人々は、高い倫理性を守ることより、自らの物質的な利益を追い求めることを優先しているように思います。自らの利益のためなら隣人を貪るのは当然だ、自分のためなら同胞を利用すのは当然の権利だ、極端に言えば、そう考えているようです。だいたい、アメリカという国はかつてのヨーロッパ諸国同様、そもそもそうやって他の国の富を搾取することによって大きくなってきた国ですから。そのような国で、無差別殺人のような非倫理的暴力が自国の内部で起こるのも巡る因果というものなのかもしれません。キチガイに刃物の喩えもあります。人道的に未熟な人々に武器を安易に与えないことはこの手の悲劇を防ぐために有効だと思います。銃規制の話は、こういう事件が起こる度に持ち上がってきました。それに対して憲法修正第二条(second ammendment)を盾に、武装の権利の侵害であると主張する人々が数多く反対してきました。ここに個人の利益が全てに優先するという「Me First Generation」に代表されるアメリカ精神が見えます。彼らが「個人の利益」と言うとき、彼らは「自分個人」のことしか考えていないのです。同胞や他の国の人々にも同じ利益を進んで認めようとは思わないのでしょう。
今回の安倍氏、前回の政権投げ出しで、無責任口先男であることは証明ずみです。参院でのねじれがあるのも前回同様。ただし、前回と異なり参院での「与党」は小沢氏が代表ではないし、そもそも衆院2/3を押さえているので、やりたい放題できると思っているでしょう。こういうレベルの人間に力だけを持たせるとどういう悲劇がおこるのか国民は想像できなかったのでしょうか。つくづく日本が暗黒時代にあることを実感した選挙でした。
選挙後ドイツのニュース番組で放映された画像。
話かわって、先週の事件ですが、コネティカットの静かな街の小学校での銃乱射事件、コロンバインに次ぐ大惨事でした。殺された20人の小学生と学校関係者、その家族や友人の気持ちを思うとやりきれない思いです。こういう無抵抗な人間を無差別に殺害する銃乱射事件はアメリカでは何度も繰り返されています。一般人が簡単に銃を手に入れることができるアメリカ社会の構造的な問題があります。それでは銃器を規制すれば問題は解決するのか、という疑問が自然と出てきます。銃を規制したところで、サリンとか爆弾とか、無差別に人を殺傷する方法はいくらでもありますから、無差別殺人がなくなることはないでしょう。しかし、銃乱射によるこの手の事件は少なくなるであろうと期待されます。年間自殺者が3万を越える日本で、不審死などを考慮すると10万人以上が毎年、自分の命を自ら絶っている可能性があるそうです。そのうちの少なからずは精神的に追いつめられていて、今回の犯人やバージニアテックの犯人のようにどうせ死ぬなら他人を巻き添えにしてやろうと考えていると思われます。日本で銃乱射による無差別殺人と犯人の自殺が起こらないのは、間違いなく銃規制のためだろうと私は思っています。
アメリカという「倫理、道徳」教育というものが、基本的に存在しない国で、モラルを維持してきたのは、キリスト教を中心とした宗教であったと思います。しかるに、いまや宗教を実践しているアメリカ人はおそらく1割ほどであり、多くの人々は、高い倫理性を守ることより、自らの物質的な利益を追い求めることを優先しているように思います。自らの利益のためなら隣人を貪るのは当然だ、自分のためなら同胞を利用すのは当然の権利だ、極端に言えば、そう考えているようです。だいたい、アメリカという国はかつてのヨーロッパ諸国同様、そもそもそうやって他の国の富を搾取することによって大きくなってきた国ですから。そのような国で、無差別殺人のような非倫理的暴力が自国の内部で起こるのも巡る因果というものなのかもしれません。キチガイに刃物の喩えもあります。人道的に未熟な人々に武器を安易に与えないことはこの手の悲劇を防ぐために有効だと思います。銃規制の話は、こういう事件が起こる度に持ち上がってきました。それに対して憲法修正第二条(second ammendment)を盾に、武装の権利の侵害であると主張する人々が数多く反対してきました。ここに個人の利益が全てに優先するという「Me First Generation」に代表されるアメリカ精神が見えます。彼らが「個人の利益」と言うとき、彼らは「自分個人」のことしか考えていないのです。同胞や他の国の人々にも同じ利益を進んで認めようとは思わないのでしょう。
「じゃ、日本人は?」といわれると「同調圧力の国」てことでしょうか?