
大地の芸術祭の展示を、ある会場で観終わり、車に戻ったのだが、ポケットに入れていたキーがない。
いつも同じポケットに入れているはずなのになくて、すべてのポケットを探ってもなかった。
乗用芝刈り機のキーとセットでリングにくくってあるので、困った事ではあるけれど、パニックになるほどではない。
キーは必ず予備を持っていて、芝刈り機の方の予備は家にあるし、車のキーの予備は履いているズボンのベルトのフックに掛けてある。
ただし、車のキーはキーレスキーなので、複製をつくるとしたら時間も費用も掛かりそうでそれが面倒だ。
駐車場で車を降りてから歩いたコースをたどりつつ、とりあえず展示会場の受付係に「車のキーの落とし物が届いていませんか?」と聞いてみた。
そうしたらいきなり「メーカーはどこですか?」と言うのだ。
『メーカー??・・あ、そうか車のメーカーか』と即答するまでに一瞬の間を作ってしまった後で「トヨタです」と答えた。
すると、「どんなキーホルダーですか」と聞いてきた。
『キーホルダー??』とまたしても少し間を作ってしまった。
リングに付けているだけだった気がしてキーホルダーに付けているという意識はなかった。
思い出そうとしているときに、係員の態度と物言いに奇妙さを感じて、「キーが届いてるんですか?」と聞いてみた。
「はー」と小さく答えたようではあったけれど、とにかくどんなキーホルダーかを答えられなければ渡せないというような雰囲気。
私は「キーホルダー・・」と口にだしてから、ようやく思い出した。
友人からただでもらった乗用草刈機のキーは革製錨のミニチュアのキーホルダーが付いていて、それに私のキーレスキーをくくっていたのだった。
そこでようやく私はキーホルダーの特徴を示すことができて、彼は机の引き出しから、見慣れたキーを出してくれた。
私は予備のキーを彼に示して「ほら、同じものでしょう!?」とついつい言ってみた。
すると、彼は2つのキーのギザギザを確かめるように両方とも触った、触れば同じものか分かる能力を持っているみたいに。
どこに落ちていたということだったかだけを聞き、「ありがとう」と言って、その場を後にしたのだったが、私の中で『なんだかなぁ』という奇妙な?マークがいくつも湧いた。
あるブログで、名前も書いていないSuicaを失くして、それが戻ってきたと喜びを表している記事があった。
予備があったということとは別に、ここは日本だ、私の田舎だ、山奥だということもあり、戻ってくるのは疑っていなかった。
拾った人が、落ちていたという駐車場でキーレスキーを操作したら、どの車のものか分かったはずで、それはしたのかどうか。
届けてくれた方の善意には感謝するばかりでありがたかったのに、本当に持ち主と確信できなければ渡すわけにはいかないという受付係の正義感に首を傾げた。
持ち主かどうかの疑念を与えた私のミスか、もっと切迫感をだし感激をあらわさなければならなかったのか。
失せ物はかえるはずという驕りのような確信がまずかったのか、不徳の致すところが顔に現れていたのか。
余生を平穏に過ごすために演技力を学ぶべきか、もしかしたらようやく常識を学ぶ時期なのか。
画像は、種から育った鶏頭のてっぺんに頭を突っ込んでしばらく動かない蟻がいたので撮ったもの。