
準備の都合で開演が10分遅れるというアナウンスがあり、どんな都合か聞き取れなかったが、池の中ほどの四角の仕掛けのことかと思ったりしていた。
やがて打楽器のような、様々な音を拾い集めて組み合わせたような音楽が鳴りはじめ、いつ始まるのだろうと思っていたら、いつの間にか演者が池の周りをゆったりと妙な動きで歩いているのが見えた。
あの痩身は確かに田中泯だなと判ったが、どの時点から演技が始まったのか解らず、前触れもなかったから拍子抜け。
野球帽のような帽子を少し斜めに被り、黒い浴衣の着流し姿でゆっくり動くのだが、一挙手一投足が、ゆっくりな動きながらやはり普通ではない。
やがて、池の淵にしゃがみ、手でこちゃこちゃと波紋を作って遊ぶようなことをしたので、『気の触れた人を演じているのだな』と思った。
気が触れる=規則から解かれた人は、そのような自由な動きをしながら池に入って行き、すぐに池の中の仕掛けから霧がもうもうと吹き上がり、演者の姿が見えなくなった。
四角の仕掛けの周りにびっしりと付いていたのは霧発生装置であったかとようやく分かり、以前どこかのイベント会場で見たことのあるミストの大仕掛け。
風の流れなのか、送風がなされているのか、観客席にも流れてきたが、ミストだから臭いもなく冷たくもなかった。
長い時間、霧が湧き上がり続けて演者は見えないので、演出の手違いか拙さに因るミストの出過ぎではないかと思い始めた頃に、亡霊のように彷徨う手振りと歩き方の演者が霧の中に見え隠れし始めた。
黒澤映画の『乱』で仲代達矢が、霧の立ち込める死屍累々の戦のあとを白い夜着で亡霊のように彷徨うシーンに似ていた。
気の触れた人が、冬の気嵐(けあらし)の立ち込める沼に、ずんずんと入っていき、もがいている風に見えた。 つづく。
画像の器具を見つけてから、魚焼きに失敗することがほぼ無くなった。
鮭の粕漬け6切れパックをお隣からいただいて、こんなにたくさん困ったものだと思ったが、とにかく食べきらなくては。
焼くのは1切れも3切れも同じだから3切れを1度に焼いた。
冷たいご飯に、熱々2切れ載せ、お湯をぶっかけて食べたら、意外にもさくさくと食べられた。
ここしばらく、タンパク質は卵に焼き鳥に鶏もも焼きにと鶏ばかりだったから、身体が魚を欲しがっていたようだ。
新鮮な魚の刺し身が1番、焼いたものが2番と思っていたけれど、煮付けも粕漬けも旨いじゃないかと思う今日此頃。