東日本大震災も、もうすぐ一年になります。
まだ、これからも関連本が、出版されております
(この頃、それらを読んでいないのでした)。
そんなことを思っていたら、
思い出した言葉がありました。
それは養老孟司さんの言葉でした
(そういえば、この頃、養老さんの本を読んでいないなあ)。
以下引用。
「ときどき思うのだが、
日本人は総説が下手である。
そういったのは私ではない。
日本学術会議会長の伊藤正男先生である。
新聞雑誌を見ていると、山のように意見が出ている。
それをうまくまとめたら、
たいていの問題には、おそらくちゃんと
答えが出るのではないかと思う。
それがそうならないのは、
おそらくまとめるひとがいない、
まとめ方がわからない、
まとめる気がない、等々であろう。
まとめるには、
出ている意見をまず手にいれ、
目を通す必要がある。
すなわち情報を集める。
それから、問題がなにかを明確化する。
科学では、問題を立てることとその解答は、
暗黙のうちに連係している。
間違った問題を立てると、
その問題自体には答えがでない。」
これは雑誌「Ronza」創刊号1995年4月号にあった養老孟司氏の言葉なのでした。東日本大震災があって、新聞・雑誌・単行本・写真集と、さまざま出たのですが、これからも、まだまだ出るようです。「まず手にいれ、目を通す必要がある。」という養老氏の言葉を、あらためて思い浮かべるのでした。
まだ、これからも関連本が、出版されております
(この頃、それらを読んでいないのでした)。
そんなことを思っていたら、
思い出した言葉がありました。
それは養老孟司さんの言葉でした
(そういえば、この頃、養老さんの本を読んでいないなあ)。
以下引用。
「ときどき思うのだが、
日本人は総説が下手である。
そういったのは私ではない。
日本学術会議会長の伊藤正男先生である。
新聞雑誌を見ていると、山のように意見が出ている。
それをうまくまとめたら、
たいていの問題には、おそらくちゃんと
答えが出るのではないかと思う。
それがそうならないのは、
おそらくまとめるひとがいない、
まとめ方がわからない、
まとめる気がない、等々であろう。
まとめるには、
出ている意見をまず手にいれ、
目を通す必要がある。
すなわち情報を集める。
それから、問題がなにかを明確化する。
科学では、問題を立てることとその解答は、
暗黙のうちに連係している。
間違った問題を立てると、
その問題自体には答えがでない。」
これは雑誌「Ronza」創刊号1995年4月号にあった養老孟司氏の言葉なのでした。東日本大震災があって、新聞・雑誌・単行本・写真集と、さまざま出たのですが、これからも、まだまだ出るようです。「まず手にいれ、目を通す必要がある。」という養老氏の言葉を、あらためて思い浮かべるのでした。