和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

小学唱歌とカレッジ・フォーク。

2020-01-25 | 京都
「京都のフォークソング」のなかに、
豊田勇造さんへのインタビューがありました。
豊田勇造さんは、1949年生まれ。
京都、中京区の壬生が出身。
そこに、こんな箇所がありました。

豊田】 ・・・70年になったら交流も始まって、
それでも京都は京都の音楽を作ってた。
東京のほとんどは、マイク眞木に代表される、
スマートやけどあんまり現実味のない
カレッジ・フォークでしたよ。

ーーーそうですか。

豊田】 京都の人間って京都が好きやろ?
そやし京都で音楽やってたら、自然と京都の
オリジナルになってしまう。・・・・(p105)

ここに、
「東京のほとんどは、マイク眞木に代表される、スマート
やけどあんまり現実味のないカレッジ・フォークでしたよ」

とあるのでした。
うん。「あんまり現実味のない」という指摘から、
思い浮かんだのは、髙橋美智子著
「四季の京わらべ歌 あんなのかぼちゃ」(京都新聞社)
でした。
そこに、「でんでんむし」という2頁の文がありました。
その文のはじまりは、京わらべ歌です。

  でんでんむし
  でむし
  出な 釜ぶちわろう

このあとに、小学唱歌が置かれています。

  でんでん虫々 かたつむり
  お前のあたまはどこにある
  角出せ 槍出せ 目玉出せ

このあとに、高橋さんは解説してゆくのですが、
その次の頁の最後にこうありました。

「京の子どもたちのでんでん虫の歌は、
平安時代の『梁塵秘抄』にさかのぼります。

  舞へ舞へ蝸牛(かたつぶり)
  舞はぬものならば
  馬の子や牛の子に
  蹴(く)ゑさせてん 踏み破(わ)らせてん
  真(まこと)に美しく舞うたらば
  花の園まで遊ばせん

室町時代には千本閻魔堂狂言で
『でんでん虫々 でんでん虫 
  雨も風も吹かぬに 出な釜うちわろう』

とうたわれていました。」 (p75)

一方は
梁塵秘抄やら、千本閻魔堂狂言から、京わらべ歌。
もう一方は
小学唱歌と、「あんまり現実味のないカレッジ・フォーク」。

さきほどの豊田さんへのインタビューの
続きを引用して、今回はここまで(笑)。

豊田】 京都の人間って京都が好きやろ?
そやし京都で音楽やってたら、自然と京都の
オリジナルになってしまう。・・・・

暮らしている場所が、生きている場所が、
生きている時代が自然と反映される。そう、
あの頃は京都の中で京都の良い部分を熟成できた、

・・・それがいうたら『フォークル』が日本中に知られる
ようになる少し前までのことやないですかね。
全国的にモノが届いていってしまうと、やっぱり
薄まっていく、全国展開を考えると、やっぱり
オリジナルなものってのは薄れていく。
(~p106)


うん。じつは、私がたどろうとしているのは
全国展開された薄れた場所から、あらたに、
京都へたちもどろうとする楽しい試み(笑)。



コメント
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