和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

「これにはおどろいたね」

2022-01-15 | 本棚並べ
長谷川伸著「我が『足許提灯』の記」(時事通信社・昭和38年4月)。
このあとがきは、出版局の方が書かれておりました。

ネットのwikipediaで見ると、長谷川伸が亡くなったのは
昭和38年(1963)6月となっております。
ネットで検索していると、池波正太郎はお弟子さんのようです。
そういえば、池波氏の初期の作品を読んだことがあったので、
本棚を探すと、文庫がすぐに見つかりました。文庫は随筆でした。

そこから引用してみることに池波正太郎エッセイ・シリーズ3
「新年の二つの別れ」(朝日文庫)。そのはじまりのエッセイが
「長谷川伸」。つぎは「新年の二つの別れ」となっております。

最初の『長谷川伸』というエッセイには、こんな箇所が

「あるとき、劇場の廊下に先生が立っておられた。・・・
疲れておられたようなので、ぼくがイスをもって行くと、

『そんなことをしないでもいいよ』
先生は、低くきびしい声で言われた。

以来、私は先生が乗り込む自動車の扉さえも開けたことがない。
そういうことをされることが、先生は大きらいらしい。」(p20)

はい。どういうわけか、このエッセイに『観世音菩薩』と
肝心なところででてきておりました。

それはそうと、次の『新年の二つの別れ』を紹介することに。
二つは、池波正太郎の父と、長谷川伸となのでした。

「・・・元旦に、恩師・長谷川伸邸へ年始に行くと、
すでに夕暮れで、多勢の年始客も引きあげかけていた。

見ると、師は顔面蒼白となってい、呼吸もあらかった。
朝からの年始客への応接に疲れきっておられる。・・・・

なんとなく、一言でもよいから師のことばがききたくて
たまらなくなり、私は玄関から師の居間へ引返したものである。

・・・おもいきって障子をあけ、
『先生。ちょっと、よろしゅうございますか?』
声をかけると、師は炬燵の上に頬杖をついたまま、

『あ、いいよ』
『おつかれのところを・・・』
『つかれるけど・・・正月は、たのしいものね』
『はあ・・・』
『君はどう?』
『正月の、どこがたのしい?』

私が、しばらく沈黙したのちに、
『習慣が・・・ま、私の家は家なりに
 やっている習俗が、たのしいのでしょう』

師は、ぽんと両手をうち合せ、にっこりして、
『それさ』と、いわれた。 」(~p25)

このあとに、池波正太郎氏の父のことが語られます。
ここでは、カットして、最後にはここを引用。

「この・・元旦の夜を最後に、私は師にも永別することになった。
月末に、師は入院され、絶対に面会謝絶の闘病生活がはじまった。

病院の玄関口までは行ったが、私は病室へ一度も入らず、
一度退院されたときも面会をのぞまなかった。
再度、入院されて亡くなり、納棺のときも、
その死顔を見なかった。いま、回忌のあつまりがあるとき以外、
私は師の墓まいりもせぬ。

ときたま、未亡人を訪問し、元気だったころの亡師の
写真の前で線香をあげることもあるが、六年後のいま尚、
私には師が亡くなったという実感がいささかもわかぬ。
・・・・・」(p27)

はい。この機会に、池波正太郎の初期の小説をさがしたのですが、
本棚に見つからない。かわりに
常盤新平著「池波正太郎を読む」(潮出版社)が見つかる。
うん。これも古本で買ったものでした。
ぱらりとひらけば、こんな箇所がありました。
常盤さんと池波さんの対談です。

池波】 戦争にいってきたからね、ぼくは。
お国のためだと思って行った軍隊・・・
それから、終戦のときに、ありとあらゆる
ジャーナリズムが手の平かえしたように変節しちゃったでしょ。
これにはおどろいたね。

このことが、よきにつけ、悪しきにつけ、
ぼくの一生を決めてしまったようなものですね。

世の中、もう何が起こっても不思議はない、ということを
21歳のときから、身にしみてたたきこまれてしまったからね。
ぼくの年代の人、みんな、そうじゃないかしら・・・。

・・・人間ていうのは根底にそういうものを持っていても、
一杯の味噌汁のうまさで幸福になれるようにできていると思うんですよ。
(p126~127)

ちなみに、池波正太郎氏は大正12(1923)年1月生まれ。
そうそう。今日の新聞テレビ番組表をひらくと、
BSフジで、鬼平犯科帳をやるのでした。


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