前日の午後に二十曲峠ダイヤ、河口湖の夕暮れ富士を巡り、上九の湯で入浴後食事を済ませて朝霧高原道の駅に到着したのは午後9時になった。明朝狙うのは今年最大光度の明けの明星金星(‐4.7等級)である。レンズに細工をすればダイヤモンド金星富士を撮影するに十分な光度である。200㎜と300㎜望遠レンズに手製の特殊フィルターを装着して撮影準備を整えたのだが、想定外に空模様が悪く、富士山はなんとか見えているが空には雲が広がってほとんど星が見えていない。明朝の金星は朝霧高原道の駅の富士山に向かって右寄りのポジションから撮影すれば山頂付近から昇って来るはずである。目覚まし時計を3時45分にセットして10時半に寝る。
明朝は目覚まし時計で目が覚めたが睡眠薬が効きすぎたようで起き上がると体がフラフラする上にまだかなり眠い。見上げる富士山は雲がかかり星は全く見えない。これでは金星の撮影は無理、と判断してまた寝ることにする。次に起きたのは5時半、雲はだいぶ晴れてきていて夜明けの空高く雲間に金星が時折姿を現していた。しかしあまり面白い景色にはならないのでまた少し寝て6時にしっかり目を覚ます。黒い雲が流れて時折富士山が隠れてしまうが、富士山の上には大きな吊るし雲が出ていた。ここからの位置だと太陽が昇るのは富士山の右裾になってしまう。この日のダイヤモンド富士の位置は富士本栖リゾート付近のはずなので、そちら側に車を移動して山梨県県境付近でカメラを出して雲の変化を見ることにした。

朝霧高原県境付近から見る朝富士

吊るし雲が朝焼けに染まってきた。

朝焼けの吊るし雲。

雲の辺縁が少し虹色に輝いている。

次第に虹色の輝きが増してきた。

彩雲吊るし雲かかる富士山

同上

吊るし雲を見た時に期待はしていたのだが、想定していた通りに彩雲を見ることが出来た。
この後黒い雲が増えて富士山は見えなくなってしまった。
雲がかかっている間に場所を移動して富士本栖リゾートの竜神池に行く。本日から池に映るダブルダイヤモンド富士の営業が始まったばかりである。狙うのはダブルダイヤもあるのだが、それよりも吊るし雲の中に太陽が入った時に現れるかもしれない彩雲である。

ダイヤの5分前。雲が多くてダイヤモンド富士になるかどうかは微妙である。

なんとか山頂は見えたがダイヤモンド富士としてはいまいち。

一応ダブルダイヤモンド富士

吊るし雲の左上が彩雲になっているが雲が多過ぎる。かつ、太陽は吊るし雲の中には入らなかった。

この後は富士山雲隠れしてしまい姿を現さなかった。
予定していた最大光度の金星は空振りに終わったが想定外の吊るし雲と彩雲に出会うことが出来て満足な朝となった。良い景色には出会えたが、しかし、山に登らずに平地から写真を撮っていると、じじいになったような気分である。
明朝は目覚まし時計で目が覚めたが睡眠薬が効きすぎたようで起き上がると体がフラフラする上にまだかなり眠い。見上げる富士山は雲がかかり星は全く見えない。これでは金星の撮影は無理、と判断してまた寝ることにする。次に起きたのは5時半、雲はだいぶ晴れてきていて夜明けの空高く雲間に金星が時折姿を現していた。しかしあまり面白い景色にはならないのでまた少し寝て6時にしっかり目を覚ます。黒い雲が流れて時折富士山が隠れてしまうが、富士山の上には大きな吊るし雲が出ていた。ここからの位置だと太陽が昇るのは富士山の右裾になってしまう。この日のダイヤモンド富士の位置は富士本栖リゾート付近のはずなので、そちら側に車を移動して山梨県県境付近でカメラを出して雲の変化を見ることにした。

朝霧高原県境付近から見る朝富士

吊るし雲が朝焼けに染まってきた。

朝焼けの吊るし雲。

雲の辺縁が少し虹色に輝いている。

次第に虹色の輝きが増してきた。

彩雲吊るし雲かかる富士山

同上

吊るし雲を見た時に期待はしていたのだが、想定していた通りに彩雲を見ることが出来た。
この後黒い雲が増えて富士山は見えなくなってしまった。
雲がかかっている間に場所を移動して富士本栖リゾートの竜神池に行く。本日から池に映るダブルダイヤモンド富士の営業が始まったばかりである。狙うのはダブルダイヤもあるのだが、それよりも吊るし雲の中に太陽が入った時に現れるかもしれない彩雲である。

ダイヤの5分前。雲が多くてダイヤモンド富士になるかどうかは微妙である。

なんとか山頂は見えたがダイヤモンド富士としてはいまいち。

一応ダブルダイヤモンド富士

吊るし雲の左上が彩雲になっているが雲が多過ぎる。かつ、太陽は吊るし雲の中には入らなかった。

この後は富士山雲隠れしてしまい姿を現さなかった。
予定していた最大光度の金星は空振りに終わったが想定外の吊るし雲と彩雲に出会うことが出来て満足な朝となった。良い景色には出会えたが、しかし、山に登らずに平地から写真を撮っていると、じじいになったような気分である。