利根川の向こうには相変わらず怪しげな雲が。
土手下を見ると、何やら石碑が。遠回りしてそこへ向かいます。
「関宿城趾」碑。
「関宿城博物館」の南西500mほどの江戸川河川敷一帯が、「関宿城」だった。城跡は度重なる河川改修のため、3分の2が江戸川土手の下になり、さらに田畑の開発で、小さな雑木林の中に関宿城本丸跡(碑)が残るのみ。
北に「関宿城博物館」の模擬天守閣が見える。
解説板。
東を望む。
そのまま土手下の道を進む。
この先、左手に、
関宿城大手門と城を囲む土塁・堀。
関宿城は利根川、江戸川、逆川に挟まれ、城の周りに土塁と堀を巡らした堅牢な守りの平城でした。本丸を取り囲む二の丸や三の丸、発端曲輪、天神曲輪の他、その南側には家臣団の屋敷が置かれました。ここは、大手門があった場所で、野田方面から北上する日光東往還が関宿城に接する表玄関です。すぐ脇には城を囲む外堀の名残が見られます。
※関宿城大手門は、幕末に戦費調達のために豪族に売却され、現在は、栃木県下野市のとんかつ店に移築されている、とか。
というと、「日光道中」歩きの際、たしかに見かけました。その時は知りませんでしたが、写真には撮ってあります。
「とんかつ合掌」。まさかこの大きな門が「関宿城大手門」とは!
この先左手、旧「日光東往還」沿いに「関所跡」碑があるのですが、見逃してしまいます。
遠くに「関宿橋」。
振り返る。怪しげな雲の塊。
対岸。
関宿橋。
「海から57.5㎞」。
「川の国埼玉へようこそ」。
対岸は、埼玉県幸手市。
両側は菜の花畑。
「海から57.0㎞」。