おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

8 高射砲陣地

2009-03-26 11:06:37 | 歴史・痕跡
 このあいだ、「青空」駐車場の横を通りかかったとき、何の気なしに駐車場の中を見ると、ちょうど奥まったところのまん中に、黒塗りの大きなマンホールが見えました。その周囲をひとまわり大きく円形に白く塗ってあります。
 立ち入ることはできませんので、断りもなしに申し訳ありませんが、写真を撮りました。それが、この写真で、中央奥に見えます。この部分を拡大してみると、もっとはっきり分かります。
 車の大きさと比較しても普通の下水道のマンホールよりは大型で、ただ円形に一面塗り固めてあるだけです。
 さっそく、gooの昭和22年航空写真と照らし合わせてみました。その写真には、この付近に円形の跡地が確認できるだけでも7、8個ありました。すべてほぼ同じ大きさのものです。
 思い出したことがありました。小さい頃、昭和20年代後半、この辺りで「高射砲」を据え付けた台座の上で遊んだことがあったことです。まだまだ戦争の爪痕があちこちに残っていました。近所の防空壕に入って遊んだこともありました。
 これは、もしかすると、その高射砲の台座ではないか。現在の航空写真と重ね合わせると、ぴったり一致しました。7、8箇所あったのですが、現在の航空写真で見る限り、他には見あたりません。ここにだけ、残されているようです。
 車が2、30台停められる広さの駐車場でしたから、マンションや家を建設すれば、そうとうの資産価値になりそうなのに、どういう事情でしょうか、そのまま跡が残っていたのです。
 早晩、なくなる運命かもしれませんが、まだ奇跡的に残っていることは、驚きです。
 なお、高射砲。敵機(米軍)を撃ち落とすことはほとんどできなかったようですが、この高射砲ははたしてどうだったのでしょうか。かつての悲惨な戦争の爪痕として、このまま保存できないでしょうかね。せめて、いわれを碑文にして継承したいものです。
 葛飾区の白鳥付近で見かけたものでした。
(「google」による)

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