右岸を歩きます。対岸は、「埼玉園芸市場」。
「内野橋」までは、1617年(元和3)に完成した灌漑用水路「手子堀」沿いを歩いたため、中川に架かる「鹿沼橋」、「板橋」等は通りませんでした。
その隣でも大きな建設工事。
田園地帯が広がります。
鱗雲?
川沿いの直線道。下流方向。
上流方向。見渡す限り一直線。車、人とも遭わない。
鷹野橋。
上流を望む。遠くに上州の山々が。
赤城山(↓)。
天神橋
上流を望む。
※橋の名については、親柱に刻まれた橋の名はほとんどなく、また、次々と橋が架かっています。そのため、先人の記録を頼りに記していますが、定かではありません。
天神橋。
遠くに筑波山(↓)。
JAの施設。「利根川のめぐみ ほくさいのお米」とあります。
「十軒橋」のたもとには「やぐるま街道」ポケットパークがあります。
この道路は、江戸時代から明治初期まで河川交通で栄えた大越(おおごえ)と、その後東武鉄道の開通を機に繁栄を遂げた加須市内とを結ぶ道として、加須市の伝統工芸品である「こいのぼり」を象徴した個性的な街づくりの一環として整備した、市を南北に貫く花と緑のネットワーク道路です。
また、加須市は利根川沿いに開けた水田地帯であるため、河川や用水路が多く流れていることから、この河川等で魚が元気に泳ぐ姿を市の伝統工芸品である「こいのぼり」に、南北を縦断するこの道路をこいのぼりの竿に、この竿の頂点にある矢車を大越の利根川と見立て、その矢車に通じるということで別名「やぐるま街道」と呼んでいます。
この「やぐるま街道」は、「桜」「ハナミズキ」や市の花「さつき」が植栽されているほか、こいのぼりのモニュメントやポケットパーク等が設置されており、桜が咲き楽しく歩けるみちとして親しまれています。
また、「ジャンボ鯉のぼり」の遊泳等様々なイベント会場となる利根川まで来訪者を導く案内路であるとともに、緑と花に親しまれる散歩路等が「やすらぎと潤い」のある空間を醸し出しています。
加須市の鯉のぼり産業は明治時代から続いています。全長100メートルのジャンボこいのぼりは、昭和63年に開催された「さいたま博」に合わせ、加須青年会議所により加須市のPR作品として制作されました。その後、専門家の助言などをいただき加工・修繕し、ジャンボこいのぼりは平成元年第1回加須市民平和祭で公式に初遊泳されました。それ以来、毎年同イベントの目玉行事として、ジャンボこいのぼりの遊泳を実施し、現在は4世が活躍しています。
2世データ 全長111メートル 重量730キログラム
4世データ 全長100メートル 重量330キログラム
(この項、「」HPより)
句碑。日本の 空の長さや 鯉のぼり 水尾
その隣には詩碑「日と水と」。
前に水あり 後ろに空あり ・・・前に誓ひあり 後ろによろこびあり 感謝あり
解説板。
俳句・詩は、どちらもも地元の俳人 落合水尾さんの作品。
ここで、小休憩。歩き初めて約80分。
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