Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

葉玉先生の勉強5原則

2006年08月16日 21時22分50秒 | Weblog
 葉玉先生のブログより。

私が言っているのは,未習の1年生のときから
1 司法試験の合格に必要な勉強が何かを,それを知っている人から聞いて,一緒に,計画を立ててもらい,常に,計画の進行状況をチェックしてもらう。
2 ロースクール,予備校,基本書,予備校本など情報源について,偏見を捨てて,貪欲に収集し,いいものと悪いものを区別し,自分に最も適した情報源を確立する。
3 試験に必要な勉強を最優先し,それ以外のものは,それなりの勉強をする。
4 未習1年のときから,毎週,習った部分の択一及び論文の演習を行い,知識が身についているかどうかをチェックする。
5 どんなに厳しい勉強でも一緒にやることができる仲間を見つけ,毎週,短時間のゼミを行い,お互いの答案を採点する。
ということをやっていたら,「合格すること以外,考えられない」ということです。


 こんな正論に耳を傾けない人たちが多いのである!
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岡崎氏の指摘

2006年08月16日 07時40分45秒 | Weblog
 昨夜のNHKの特番の中で、岡崎久彦氏が「コロンブスの卵」的な指摘をなさっていた。それは、
「先の大戦時、日本人は、(例外はありながらも総体として)みんなで戦って、負けたときにはみんなで悲しんだのである」
というものである。バーディーは、この指摘は真実であると思う。だが、一般的には、そのことと、戦争責任を一般の国民も負うべきかどうかとは一応区別して考えるべきであると考えられている。
 当時の日本は、マスコミの報道も教育内容も統制され、いわゆる民主主義の基盤(表現の自由など)が存在しなかった、と考えられている。要するに、戦争を国民が支持していたとしても、それは誤った情報と教育に基づくものであると考えられているのである。したがって、一般の国民に戦争責任があるとするのは、酷ではないか、責任は指導者のみが負うべきではないか、という議論が成り立つのである。
 ・・・だが、文脈からすると、岡崎氏の指摘は必ずしもそのような趣旨ではなかったようである。むしろ、「A級戦犯のみが悪者であるという論調もまたおかしい」というニュアンスが含まれていたように思う。そして、私は、この主張もやはり正しいと思うのである。
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