知人が時々ラインでおすすめ動画を送ってくる
その知人はとても穏やかで趣味も多く多才な良い人だ
面倒くさい自分をそれなりに評価してくれていて
市政に関して無駄かもしれない自分たちの行動に感謝してくれている
ところが困るのは、お勧め動画の傾向とその内容を盲信していること
歴史について縄文人と弥生人とかユダヤ人と日本人の関係などは
いろんな説があってお楽しみとすることができるが
少々問題なのは、石丸さん、斎藤さん、立花さんを擁護する動画にハマっていること
そしてもう一つ盲信しているのが「ザイム真理教」の内容
「ザイム真理教」は貸してもらってとりあえず読んだが
それは国の財政状態は言われるほど危機的ではないとか
自国通貨で暮らしている日本は、通貨発行権があるので
お金を刷って世間に回すほうが経済には効果的な方法だ
とする考え方で、これはMMTによるものだと思われる
だが、個人的には正直なところ「わからない!」というのが実感だ
残念ながら、何が変だとは指摘できないが
そんなに上手い話があるのだろうか?
という不安が拭い去ることはできない
だから自分の直感に従って、「ザイム真理教」の言い分をそのまま受け入れることはなく
単に考え方として、こう言うものが存在するくらいの扱いにしている
問題は石丸さん、斎藤さん、立花さん、そしてディープステートを
壊そうといているトランプさんを支持していること
人はそれぞれ考え方や行動を自由に選択できるが
それでもその基本となるところは、事実に基づくものから成り立つべきと思うが
この事実の認定が、考え方が違うという判断で共有できることはできないでいる
最近、旗色の悪い斎藤さんの件についても、
オールドメディアは一方的で真実を伝えなかったとか、SNSにこそ真実があるとか
あれは公益通報にあたらないとか、県民局長が自殺されたのは不倫がバレたからとか
かなり立花さんの影響を受けている
そして何故か表にでてしまった個人情報であるUSBの中身を
百条委員会で問題視しないのはおかしいと怒りの声を上げたりしている
そもそも百条委員会は法的に許された機関で段取りを踏んで設置され
そこでは、公益通報と思われることについて拙速に行った行動が正しかったのか?
とか、県民局長の指摘するパワハラとか優勝パレードの不正は事実かどうか
を調べるためのもので、県民局長の自殺の原因を想像するものではないし
また守られるべき個人生活をあれここれ推理することは
そもそもなされてはならないことだ(と思う)
しかし、世の中には相当数の知人と似た考えを持つ人がいる
それは一つには、考え方の方法論を知らないからと思う
普通は拡大しがちな話を論点整理して、その点にフォーカスして追求する
争点に無関係だったり、個人生活に関することには触れないとする運営方法には
そこには何か隠しているものがあるとする正義感によって不満を覚える
そこに感情が関係するから始末に負えなくなってしまう
知人が推薦動画を送ってくるのは、自分と言い争い(討論)をすると
言いくるめられててしまうので、うまく言えない自分に変わっての
言い分を動画で理解してほしいという意図なのだそうだ
しかし、言いたいことを動画が言ってくれるというのは
本当にそうなのだろうか?
動画は100%自分の考えをまとめてくれているのだろうか
個人的なことを言えば、自分の重要な経験の一つは本だ
だが、本は読み終えて自身に何が残っているかといえば
スラスラと解説できるようなことではなくて、むしろ漠然とした印象だけだ
そして身につくのはその漠然としたものを、自分自身で言語化したり
記憶に残った部分の整理したり、何故記憶に残ったのかを考える過程に意味があると思う
つまりは動画は自分の言いたいことを語ってくれるというのは
実はその人の言いたいことを語ってくれているのでなく
単なる影響を受けているだけなのはないだろうか
ちょっと面倒な話になってしまったが、現実にこのような人々は少なくないし、
自分のこのような考え方も単なる一つに過ぎない
それでも、何らかの一致点を求めて話し合うことができれば良いと思う