菅仮免首相の放射能被災者は「国策による被害者」は賠償責任と人災責任回避のご都合主義

2011-05-19 12:46:07 | Weblog

 

 東電福島第一原発放射能事故の賠償問題を取上げる前に昨5月18日の菅仮免の記者会見に一ケチ。いや二ケチかな。

 記者会見では福島原発事故の安定化や放射の被害者の帰宅、原子力行政等について発言した。その冒頭発言。

 菅仮免「5月6日の記者会見の折に、浜岡原発について運転の停止を要請するということを申し上げ、その後、中部電力から受け入れていただきました。この間、国会でもいろいろ議論はありましたけれども、多くの国民の皆様が、国民の安全と安心ということで判断をしたこの要請に対して、御理解をいただいたことを心から感謝いたしたいと思っております」

 多くの国民から「御理解をいただいた」は世論調査に基づいた判断であろう。だが、少しは回復したと言うものの、内閣支持率は軒並み内閣運営の危険水域と言われる30%以下であり、支持よりも遥かに上回っている不支持の理由の多くが「指導力がない」、「政策に期待が持てない」となっている、いわば“国民からご理解を頂いていない”状況部分は無視して、“頂いている”所だけをつまみ食いするご都合主義を相変わらず発揮している。

 浜岡原発運転停止に限った、数少ない限定的支持に過ぎない。

 以上が一ケチ。

 今回の震災では各国から多大な支援を頂いたと前置きして――

  菅仮免「そのお礼の気持ちは、一日も早く日本自身が復旧・復興して、改めて世界のリーダー国の一つとして、いろいろな形で国際貢献を通してお返しをすることができるようになることこそが重要だと、このように考えております 」

 日本一国を満足にリードすることができないのだから、世界などリードできようがない自身の指導力ゼロを自己省察する能力も持ち合わせていない。

 これで二ケチ。

 震災2カ月目の5月11日前日の5月10日の記者会見で、菅仮免は福島原発事故に於ける国の責任を認める発言を行った。

 菅仮免「最後に、今回の原子力事故、直接の原因は地震、津波によるものでありますけれども、これを防ぎ得なかった責任は事業主であります。事業者であります東電とともに、原子力政策を国策として進めてきた政府にも大きな責任があるとこのように考えておりまして、その責任者として本当に国民の皆さんにこうした原子力事故が防ぎ得なかったことを大変申し訳なくおわびを申し上げたいと思います。

 そういう責任者の立場ということを考えまして、原子力事故が収束するめどがつくまでの間、私の総理大臣としての歳費は返上をいたしたい。6月から返上をすることにいたしました」

 菅仮免は先ずは事故責任に関して事業主である東電を先に置いている。そしてその東電と共に「原子力政策を国策として進めてきた政府にも大きな責任がある」と、その責任を東電の後に置いた。

 そして5月17日、菅仮免政府は本部長が菅仮免である政府の原子力災害対策本部が東電福島第一原発電事故に対する政権の今後の取り組みを示した「原子力被災者への対応に関する当面の取組方針」を決定している。

 《原発事故 取り組み方針決定へ》NHK/2011年5月17日 12時21分)

 方針には次のように記載してあると言う。

 政府方針「原子力政策は、国策として進めてきたものであり、今回の原発事故による被災者は、いわば国策による被害者だ。復興までの道のりが仮に長いものであったとしても、最後の最後まで国が前面に立ち、責任を持って対応する」

 具体的政策として――

 ▽放射能避難住民向けに2万4000戸の仮設住宅などを8月半ばまでに確保。
 ▽原発から半径20キロ圏内の「警戒区域」について、今月下旬から乗用車の持ち出しを認め、その後2
  巡目の一時帰宅を実施。
 ▽原発事故が収束したあとも長期的な健康管理を行う。
 ▽福島県外でも放射線の影響に不安を持つ人に対する相談や放射線量の測定などへの対応ができるような
  体制整備をする。
 ▽中小企業向けの無利子・長期の事業資金提供と特別支援。
 ▽ふるさとへの帰還に向けた取り組みとして土壌の除染や改良の実施。

 放射能被災者を「国策による被害者」だと定義づけながら、政府が賠償責任を東電と共に負うとはどこにも書いてはない。

 菅仮免が言っていた「事業者であります東電とともに、原子力政策を国策として進めてきた政府にも大きな責任がある」は道義上の責任のみで、金銭的賠償責任ではないようだ。

 だからこそ、東電を先に置き、東電の後に政府を置いたのだろう。

 勿論、仮設住宅建設や健康管理体制構築に国費を投じなければならない、カネがかかると言うだろうが、それは原発事故責任そのものを認めて、そのことに対する直接的な賠償責任の遂行ではない。

 「国策による被害者」だとする道義上の政府責任の金銭的賠償に関しては政府の責任者の立場からの総理大臣としての歳費返上を以って終わりにするということに違いない。

 福島原発事故を金銭的賠償を負わなければならない東電の責任と限定し、政府は金銭的賠償を負わない道義上の責任のみと矮小化する責任体制に電力10社でつくる電気事業連合会(会長=八木誠関西電力社長)が昨5月18日にクレームをつけている。

 《電事連「国も賠償負担を」 東電支援枠組みで要望書》asahi.com/ 2011年5月18日22時34分)

 記事は、〈東京電力福島第一原発の事故に伴う損害賠償の枠組みについて、経済産業省資源エネルギー庁に要望書を提出〉、〈原子力は国策で推進してきたとして、政府に賠償責任を果たすよう求めた。 〉と書いている。

 「賠償枠組みの政府案」は次のようになっているという。

 ▽原発を持つ電力各社が負担金を払って「機構」をつくる。 
 ▽東電を含めた電力各社が毎年支払う負担金によって「機構」を維持・運営。
 ▽「機構」が東電の賠償を支援する。
 ▽枠組みは将来の事故にも備えた共済制度と位置づける。
 ▽政府は一時的に公的資金を投入するが、東電が全額を返済する。
 
 要するにあくまでも福島原発事故は東電の責任であって、その金銭的賠償責任は東電が負わなければならないが、賠償を果たすために他の電力各社の支援を受けるという仕組みになっている。

 この賠償枠組みに対して電事連は、国も(金銭的な)賠償負担を明確化するように要望したのだという。

 果して原発事故自体の責任は東電のみにあり、位置づけとしては東電のみが賠償責任を負うとしてもいいのだろうか。昨日の当ブログ記事――《福島原発事故拡大は菅仮免が東電にベント指示を早急に機能させることができなかったことが原因の人災 - 『ニッポン情報解読』by手 代木恕之》で、菅仮免内閣の原発事故初動の遅滞・拙劣さが事故を拡大させたのだから、その責任は政府にもあると書いた。

 当然、金銭的賠償責任も東電共々負うべきであろう。

 最初にお断りするが、上記ブログに保安院が首相官邸に持参した資料を「保安院が予測した資料」と書いたが、正確には地震発生当日の3月11日午後10時(=22時)策定の「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」という名称だという。謝罪し、訂正します。

 昨日のブログ記事と重なる部分があるが、改めて初動の遅滞・拙劣さとその責任に触れて、金銭的賠償責任を負う根拠を示してみたい。

 最初に地震が発生した日の夜の首相官邸での出来事を時系列で記載しておく。

1.3月11日午後22時――保安院、>「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」
  を官邸災害本部事務局に持参

2.3月12日午前1時30分頃――海江田経産省、東電に対してベント指示。
3.3月12日午前6時14分――菅仮免、官邸からヘリで視察に出発
4.3月12日午前6時50分――海江田経産相、東電に対してベント命令。
5.3月12日午前7時11分――菅仮免、福島第一原発に到着
6.3月12日午前9時04分――1号機でベント準備着手
7.3月12日午前10時17分――1号機でベント開始
8.3月12日午前10時47分――菅仮免、首相官邸に戻る

 保安院が首相官邸に「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」を持参したとき、そこには菅仮免、海江田経産相、斑目原子力安全委員会委員長、東電常務が既に雁首を揃えていた。

 この「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」は2号機に関する予測で、菅仮免以下、保安院提出の2号機の予測に基づいて行動したことになるが、実際にはベント指示もベント命令も1号機に対してのものとなっている。

 さらに5月16日に東電が公表した暫定評価データによると、1号機は地震発生16時間後の3月12日午前6時50分頃と一番早くメルトダウンを起し、2号機は3月15日午後6時43分頃、3号機は3月16日午後11時50分頃にそれぞれメルトダウンを起していたと予測しているが、「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」は結果的に1号機の事故進行に的中する予測となっている。

 菅仮免政府の対応が「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」の予測に基づいた当初の行動であったとしても、ベント実施に向けて迅速に行動していたなら、実際にベントを行った1号機の事故拡大は結果的に防げた可能性は否定できない。

 また対策はすべての原子炉に亘って緊急性を要していたことから、2号機の予測であることを無視して、1号機に向けた予測と読み替えて記事を進めていく。

 「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」の主たる内容。

 3月11日20時30分――原子炉隔離時冷却系(RCIC)中枢機能喪失。

      21時50分――燃料上部から3メートルの水位。今後さらに下がっていく。

      22時50分――炉心が露出する。

 3月12日 0時50分――炉心溶融の危険性。
      5時20分――核燃料全溶融。最悪爆発の危険性。

 持参した3月11日午後22時から50分後の22時50分には既に炉心露出を予測し、持参2時間50分後、炉心露出から2時間後には炉心溶融の危険性を予測。

 さらに持参から7時間20分後、炉心溶融の危険性から6時間30分後には核燃料全溶融、最悪爆発の危険性を予測していた。

 非常に切迫した危険な状態にあったわけである。「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」の内容を検討・議論し、ベントを行うことに意見を決定させた。

 原子炉の待ったなしの切迫した危険な状態からしたら、ベント決定まで、そんなに時間は取らなかったはずだ。だがなぜか分からないが、東電に対して菅仮免の指示に基づいて海江田経産相がベントの指示を出したのは保安院が「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」を首相官邸に持参した3月11日午後22時から3時間半後の3月12日午前1時30分頃である。

 3時間半もベント指示決定に時間を要した理由を海江田経産相は5月16日の衆院予算委員会で西村康稔(やすとし)自民議員の質問に答えて次のように答えている。

 海江田「正式にですね、東京電力からやはり通報が必要でありますから、通報がございましたのは、(12日)0時57分と、いうことでございます」

 何のためのどのような「通報」を待ったのか分からないが、原子炉が一刻の猶予もならない危険な状況にあるにも関わらず、ベント指示までに3時間半も要した事実は変わらない。

 だが、3月12日午前1時30分頃に出したベント指示を東電は即刻実施しなかったばかりか、海江田経産相の何度かの催促にも応じなかった。

 この政府の指示を東電に対して直ちに機能させることができなかった指導力欠如・威厳の喪失の責任は政府自身にあるはずである。

 東電が直ちにベント指示を実行しなかった様子を海江田経産相と菅仮免は上記西村自民議員との質疑応答の中でそれぞれ次のように述べている。

海江田「なかなか私共が指示を出しましたけども、なかなか実行されなかったものですから、止むに止まれずに命令という形で出したということに――」

 菅仮免「何度もお答えいたしております。つまり格納容器の圧力が高くなっていると。だからこそベントが必要だということで、格納容器が(圧力が)高くなっているということはそのまま放置すれば、格納容器が何らかのですね、ひび割れ等が、あー、起き得ることがあり得る。そういうことを含めて、なぜベントとを早く行わなきゃ、いけないと言っているにも関わらず、現地でやってくれないのかという思いがありました」

 政府が原子力発電所に対して監督・指導する原子力安全・保安院の予測に基づいて出した指示が、「なかなか実行されなかった」、「現地でやってくれない」で済ますことはできないはずだ。

 これは偏に菅仮免自身の指導力の問題であり、威厳が行き届いているかどうかの問題であろう。早い段階で保安院が炉心露出、炉心溶融と核燃料全溶融の危険性、最悪爆発の危険性を予測していたことに対して、それが例え2号機の予測であったとしても、重大な危険回避のベント指示を出すのに時間を要したばかりか、ベント指示を出しても、即刻実施させるだけの重みを指示に持たせることができなかった。

 その責任は非常に大きく、先ず問わなければならない。
 
 ベント指示がなかなか徹底されないからだろう、菅仮免は「現地を、ちゃんと指導してくる」(斑目原子力安全委員会委員長の言葉)と言って、福島原発に視察と称して乗り込んだ。

 だが、菅仮免が福島原発に到着する前の自衛隊ヘリコプターに搭乗している時間に海江田経産相を通して東電に対して3月12日午前6時50分にベント指示を法的強制力のあるベント命令に切り替えている。

 保安院が「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」を首相官邸に持参した3月11日午後22時から8時間50分後である。

 だが、その法的強制力のあるベント命令にしても直ちに実施に移されたわけではない。ベント準備着手はベント命令の33月12日午前6時50分から2時間14分もあとの3月12日午前9時04分で、実際にベントが開始されたのはさらに1時間13分後の、ベント命令から計算すると、3時間27分後の3月12日午前10時17分である。

 このベントが開始された3月12日午前10時17分は、「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」に基づいた原子炉の予測状況に当てはめるてみると、「3月12日午前5時20分、核燃料全溶融。最悪爆発の危険性」の予測からさらに4時間57分後となる。

 このことと東電が5月15日に公表した福島第1原発1号機のメルトダウン(全炉心溶融)は3月11日午後2時46分地震発生から16時間後の3月12日午前6時50分頃としていることと併せて考えると、ベント開始はメルトダウン(全炉心溶融)からの3時間27分後となる。

 いわば既にメルトダウン(全炉心溶融)を起した後に緊急に必要としていたベントを開始したことになる。

 以上の経緯を見てみると、保安院策定・首相官邸提出の「福島第1(原発)2号機の今後のプラント状況の評価結果」で行った予測は1号機の実際の事故進行とほぼ的中していることになる。

 もしかしたら、東電は1号機のメルトダウンに気づいていたか、少なくともその危険性を予知していて、保安院予測が2号機対象でありながら、1号機に向けてベントを行ったのではないだろうか。

 既に言ったことと重複するが、菅仮免以下が保安院の予測に基づいて1号機、2号機関係なしに迅速にベントを命令ではなく、指示だったとしても、それを早い段階で機能させることができていたなら、事故拡大を抑え得た可能性は否定できないはずである。

 すべては菅仮免が東電に対するベント指示を直ちに機能させることができなかったからであり、また法的拘束力のあるベント命令に切り替えた後も、ベント命令を即刻機能させることができなかった失態による、決して不可抗力では済ますことはできない事故拡大であり、近隣住民の放射能避難であろう。

 この指示・命令を機能させることができずに重大な事故に拡大させた人災責任は重い。当然、風評被害を含めて放射能被害を受けた被災者を「国策による被害者」と位置づける以上、その責任の重さからして道義的責任にとどめずに金銭的賠償責任まで負うべきでありながら負わないとしたら、賠償責任と人災責任回避のご都合主義と言わざるを得ない。

 勿論、国策で原子力政策を進めたのは菅政権だけではない。一番の責任は菅内閣にあるものの、歴代自民党政権、あるいは連立を構成した政党は国策責任を取って、国民の税金から支払うのではなく、自分達の歳費の多くを政府の金銭的賠償責任に当てるべきだと思う。


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