3月11日2時46分東日本大震災発生翌日3月12日の情報渋滞(=情報混乱)混乱とは東電の1号機への海水注入一時中断に関することで、《「班目氏が再臨界の恐れ」…本人「言ってない」》(YOMIURI ONLINE/2011年5月22日03時04分)から見てみる。
政府・東京電力統合対策室の昨5月21日の記者会見。海水注入一時中断の経緯を説明したという。
班目内閣府原子力安全委員会委員長(3月12日菅仮免に)「海水を注入した場合、再臨界の危険性がある」
この忠告を受けて、政府は再臨界防止策の検討に入り、その間東電側は海水注入を一時中断。
対して読売新聞の取材に班目氏。
班目委員長「再臨界の恐れなど言うはずがない」
「asahi.com」記事では次のような発言となっている。
班目委員長「再臨界の危険性があるなどと私は言っていない。侮辱と思っている」
「YOMIURI ONLINE」記事は次のように結んでいる。〈東電側は、官邸で再臨界の危険性の議論が続いていることを理由に海水注入を中断したとしており、班目氏の再臨界に関する指摘の有無は、対策室の説明の根幹部分といえる。対策室と班目氏の言い分の食い違いは、23日からの国会審議で大きな問題となりそうだ。〉――
班目委員長は「再臨界なんてことは言っていない」と言い、対して政府は班目委員長の意見に基づいて再臨界防止策の検討に入ったために注水を中断することになったと記者会見で発言。
だが、今朝の記事になると、注水開始も中断も東電の独断となっている。
マスコミが伝える3月12日福島第1原発1号機の情報混乱を、《福島第1原発:海水注入と中断は東電の判断 官邸は知らず》(毎日jp/2011年5月22日 0時55分)から見てみる。
記事の内容を大まかな時系列に直してみた。リンクを付けておいたから、実際の内容と見比べてもらいたい。
政府・東京電力統合対策室の5月21日会見に於ける東京電力福島第1原発1号機での注水作業一時中断の経緯を説明時系列でまとめてみるが、先ず記事には書いていない菅仮免の福島原発現地視察の時間を入れておく。
(3月12日午前7時11分――菅仮免、自衛隊ヘリで福島第1原発へ視察に向かう。
午前8時前後――50分前後の視察を負え、自衛隊ヘリで三陸上空に向かう。)
1.3月12日午前7時前後 ――メルトダウン
2.3月12日午後3時36分 ――水素爆発
3.3月12日午後6時頃から ――官邸、原子炉冷却のため海水注入を検討。
4.3月12日午後6時 ――菅首相「真水での処理をあきらめ海水を使え」と指示。
5.3月12日午後7時4分 ――海水注入
6.3月12日午後7時25分 ――海水注入を中断(「政府の判断を待つ」とした現地判断)
7.3月12日午後7時55分 ――菅首相注水指示
8.3月12日午後8時20分 ――注水再開(55分注水中断)
9.3月12日午後8時45分 ――ホウ酸投入
以下に数々の情報渋滞・情報混乱を記してみる。
政府・東京電力統合対策室が記者会見で明らかにした眼目は、3月12日午後7時4分からの注水開始も中断も東電の判断で、その事実を官邸は最近まで知らなかったという事実であって、その事実を基に明らかにした経緯となっているということである。
4.の午後6時菅首相「真水での処理をあきらめ海水を使え」の指示は政府原子力災害対策本部資料に記述されている事実。
細野補佐官「正確ではない。午後6時の時点では(海江田)経済産業相が東電に海水注入の準備を進めるよう指示したというのが事実だ」
ではなぜ政府原子力災害対策本部資料に記述されていたのだろうか。また、海江田経産相の午後6時の海水注入準備指示は政府原子力災害対策本部資料に記述されている事実なのかどうか。それとも他の資料に記述されている事実なのだろうか。
記者は誰も問い質さなかったようだ。
注入も注入中断も東電の独断で行ったが真正な事実ならいいが、何らかの意図に基づいたテーマ設定からの事実だとすると、そのテーマに整合性を持たせた事実ということになる。
記事は記者会見での細野補佐官の次ぎの発言も伝えている。
細野補佐官「当時は現地と連絡を取るのにも時間がかかった。政府内では、午後7時半ごろまでは注水は困難という前提で議論しており、7時4分に海水注入が行われていたことも後日知った」
注水開始は東電の独断だと言っている。その独断を許した理由を官邸と原発現地との情報の伝達渋滞だとしている。
だが、情報の伝達渋滞自体が引き起こした東電の独断のだから、元の原因は問題とならないだろうか。最悪、放射能が今まで以上に大量に洩れた場合、今まで以上に大量の避難民を出すばかりか、放射能被害の範囲を現在の数倍、数十倍、あるいは百倍も拡大させかねなかった危険な状況にあり、その回避策として注水作業はあったはずだ。
いわば、「当時は現地と連絡を取るのにも時間がかかった」などとは言っていられない切迫した状況にあったばかりか、監督する立場として、常に指示命令系統を正常に機能するよう保持する責任を有していたはずだ。
その責任を果すことができていなかった自身、あるいは自分たちの能力欠如には目を向けないで、「当時は現地と連絡を取るのにも時間がかかった」などと事実を表面的にのみ把えて釈明している。
その希薄な責任感は如何ともし難い。注水〈中断が冷却作業に与えた影響について経済産業省原子力安全・保安院は「現時点では分からない」としている。〉と記事は伝えているが、例え何ら影響がないことが判明したとしても、あってはならないこととして、指示命令系統の機能不全・機能麻痺の問題は残る。
細野補佐官だけではなく、菅仮免以下、菅内閣の面々は自分たちが国民に対して重大な責任を負っているという意識をどうしようもなく欠いているのではないだろうか。
官邸が原子炉冷却のため海水注入検討を開始したのは3月12日午後6時頃から。そして菅首相が注水を指示したのは3月12日午後7時55分。当時は既にメルトダウンを起していた事実を把握していなかったはずである。当然、予測されるメルトダウン回避のために一刻の猶予もなかった。
だが、注水検討から注水指示決定までに1時間50分前後も時間を要している。約2時間近い時間である。一刻も猶予はなかった中でこの遅い決定は何を意味するのだろうか。
この注水中断についての東電側の発言を、《原子炉冷却で情報共有図れず》(NHK/2011年5月22日 4時3分)が伝えている。
注水中断の理由についての発言。
東電「総理大臣官邸で『海水を入れると核燃料が再臨界を起こす危険性がある』という議論をしていると聞いたためだ」
〈政府と東京電力が、原子炉の冷却という重要な作業で情報の共有を図れていなかったことに〉ついて。
東電「1号機では前日夜から核燃料のメルトダウンが始まっていたとみられ、また水素爆発が起きたあとなので、作業の中断によって事故が悪化するといった影響はない」
この中電の釈明にしても、当時は把握していなかったメルトダウンの事実でなければならないから、結果的に影響はないと判断したとしても、注水は急がなければならない作業であったはずだ。
また、格納容器内等の温度上昇などを見ながら現在まで注水作業を継続しているのである。事故対応の初期的段階で注水中断が事故に影響はなかったと果して断定できるのだろうか。
情報共有も情報伝達系統の円滑な機能によって約束される。
菅首相は国会で野党から福島原発視察を東電のベント開始を遅らせる初動ミスではないか、国民向けのパフォーマンスではないかと追及を受けるたびに常套句となっている次のような答弁を繰返している。
菅首相「現場の状況把握は極めて重要だと考えた。第一原発で指揮をとっている人の話を聞いたことは、その後の判断に役だった」
視察は官邸からの東電に対するベント指示がなかなか実施されず、5時間20分待って法的拘束力を持つベント命令に切り替えるといった事態に至ったたことから、「現地をちゃんと指導してくる」と言って出かけたもので、いわば情報伝達系統が機能していなかった。
だが、視察して東電の話し合った上でのことだろう、視察が「その後の判断に役だった」とは情報伝達系統がその後スムーズに機能した状況を指していることになる。スムーズに機能する情報伝達系統の保証があって、初めて各種判断が有効化するからだ。
いわば官邸から東電に対する情報伝達も東電から官邸に向けた情報伝達も滞ることなく、常にスムーズに意思疎通させることができた。そういった情報伝達系統を視察によって両者間に確立できた。
だからこその視察は「その後の判断に役だった」ということであろう。
視察時に伝えられた情報・知識、あるいはレクチャーされた情報・知識のみに加えて、自身の原子力に関わる情報・知識と原子力安全委員会、もしくは原子力安全・保安院から得る情報・知識のみで、その後のすべての判断が可能となるわけではない。
なぜなら、各原子炉の刻々と変化していく事故事態そのものは東電のみが把握できる事実であって、その事実の情報伝達を正確に受けなければ、官邸にしても原子力安全委員会にしても、原子力安全・保安院にしても正確な判断に役立てることは不可能となる。
だが、菅仮免は視察は「その後の判断に役だった」として、その時点で首相と東電との間の、あるいは官邸と東電との間のすべてに亘る情報伝達系統が確立したとしている。
この確立を疑わせる事態が視察の3月12日から7、8時間も経たないうちに早くも勃発している。3月12日午後3時半過ぎに1号機が水素爆発を起した。だが、東電からの官邸への連絡が1時間程度遅れた。多分イラ菅の堪忍袋の緒が切れたのだろう、3日後の3月15日朝になって東京・内幸町の京電本社に乗り込み、「連絡が遅い」と怒鳴ったとマスコミが伝えている。
その事実は東電との間に確立したはずの情報伝達系統の機能不全を示す事態となっていることの情報提示でもあろう。
《「一体どうなっているんだ。連絡遅い」首相、東電本社で激怒》(MSN産経/2011.3.15 08:24 )
菅仮免「テレビで爆発が放映されているのに、首相官邸には1時間くらい連絡がなかった。撤退などあり得ない。覚悟を決めてほしい。撤退したときには東電は100%つぶれる」
このように視察以降も東電との間に情報伝達系統の機能不全をきたしていたにも関わらず、菅仮免は3月12日の視察について国会で追及されるたびに、第一原発で指揮をとっている人の話を聞いたことは、その後の判断に役だった」とバカの一つ覚えのように繰返しては、さも情報伝達系統が機能しているかのように証言している。
東電が5月15日に福島第1原発1号機がメルトダウン(全炉心溶融)を起していたのは地震発生から16時間後の3月12日午前6時50分頃と暫定評価として公表したことに対して菅仮免は5月20日の参院予算委員会で次ぎのように答弁している。 《炉心溶融、首相が判明遅れを陳謝 福島第1原発事故》(47NEWS/2011/05/20 17:01 【共同通信】)
菅仮免「国民に言った内容が根本的に違っていた。東電の推測の間違いに政府が対応できず、大変申し訳ない」
政府も知っていて隠していた東電との共犯の情報隠蔽疑惑は否定できないが、菅が言うとおりに事実だとしても、この「政府が対応でき」なかった事態は東電の情報を鵜呑みにしていた情報伝達系統の機能不全のうちに入る。
情報伝達はただ単に早く伝達することだけを言うわけではない。正しい情報を如何に早く伝達するかにかかっている。
官邸は原子力問題の専門家集団である原子力安全委員会と原子力安全・保安院を抱えているのである。また原子力専門家を内閣参与としても抱えている。東電が官邸に伝達する情報の的確性をチェックする作業も情報伝達系統に於ける円滑な機能を維持する要点としているはずである。
「東電の推測の間違い」をチェックできずに放置していた政府対応の遅れは偏に政府に責任があることになる。
だが、そのことの責任意識が「大変申し訳ない」の発言には見えてこない。
このように見てくると、菅首相が機会あるごとに視察の正当化に用いている「第一原発で指揮をとっている人の話を聞いたことは、その後の判断に役だった」は、その事実が見えてこない以上、あるいは逆の事実が頻繁に顔を覗かせている以上、強弁・ウソの類いでしかないとしか言いようがない。
要するに視察自体が原発事故の初動対応に何らかの障害を与えたからこそ、それを隠すために必ずしも、「その後の判断に役だった」訳でもないにも関わらず、「その後の判断に役だった」と強弁・ウソを働かざるを得なくなったということではないのか。
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