■第10師団創立44周年記念行事
2006年10月13日、陸上自衛隊守山駐屯地において第10師団創立記念行事が行われた。第十師団創設44周年 守山駐屯地祭として既報だが、今回は詳報掲載時に紹介し切れなかった写真を用いて、師団駐屯地祭における観閲行進を特集したい。
観閲行進は1058時に第十音楽隊の入場と共に開始される。音楽隊は徒歩行進、車両行進の間、グラウンドにおいて行進曲を演奏する。先頭の県旗に続き、各普通科連隊を代表する普通科隊員が行進を行う。
軽装甲機動車。バンパーには、三重県久居駐屯地の第33普通科連隊第4中隊であることが記されている。なお、第十師団の全ての普通科連隊に軽装甲機動車が配備されており、高機動車とともに普通科部隊の友として、戦闘訓練はもとより、頑丈な車体を活かし災害派遣など、任務全般に当たっている。
1105時頃、高機動車の車列が前進する。1993年より配備が開始された車輌で、職種を問わず、様々な用途に用いられている。普通科部隊では主に一個小銃班を同時に輸送できる装備として配備されているが、写真は第33普通科連隊の重迫撃砲中隊のもので、120㍉重迫撃砲牽引車として用いられている。
79式対舟艇対戦車誘導弾を搭載した73式小型トラック。バンパーには守山駐屯地の第35普通科連隊対戦車中隊所属とあった。射程4000㍍の誘導弾で、対戦車用途の他、上陸用舟艇を攻撃する対舟艇弾頭なども装備できる。従来は、師団の対戦車隊に集中装備されていたが、第十師団は師団改編により全普通科連隊に対戦車中隊を置いている。
春日井駐屯地より参加した第十偵察隊。画像データによれば1108時に撮影。新旧の偵察オートバイが混在している。続いて斥候小隊の73式小型トラックが、更に最後尾には、威力偵察を行う87式偵察警戒車が殿を務めている。
豊川駐屯地の第十特科連隊情報中隊より参加した気象測定装置JMMQ-M5,数十kmを隔てて展開される対砲兵戦闘では、湿度や風速など僅かな差異が命中精度に大きな影響を及ぼす為、天候観測は重要である。野戦特科情報処理システムとの自動伝送能力を有する。
対砲レーダーJTPS-16,同じく情報中隊所属である。砲弾の弾道をレーダーで察知し、発射した位置を逆探知するもので、“月刊軍事研究通巻356号”によれば、敵砲兵を40kmで探知、同時に18目標を把握出来、評定幅は50°、6名で操作する。
FH-70榴弾砲。北部方面隊を除く陸上自衛隊師団野戦特科部隊の主力火砲である。読売新聞社の“日本の防衛戦力:陸上自衛隊”によれば、緊急時は13秒間に3発、持続射撃でも60秒間に6発という牽引式中砲としては高い発射速度を有しており、通常榴弾での射程は24km、ロケット噴進弾で30km、特殊な装薬を用いた場合の射程は31kmとされる。
豊川駐屯地第十高射特科大隊第一中隊の93式近距離地対空誘導弾。通称近SAMといい、携帯式対空ミサイル8発と複合式光学照準器を搭載している。35㍉連装機関砲L-90の後継として全国の師団・旅団高射特科部隊に配備が進んでいる。
第十高射特科大隊第二中隊の81式地対空短距離誘導弾。射撃指揮車1輌と発射機搭載車輌2輌より構成される。4セットが配備されている。“月刊 丸 通巻664号”によれば、高度15~3000㍍の航空機に対して有効で、赤外線ホーミング式ミサイルで7km、アクティヴレーダー式ミサイルで14kmの射程を有する。レーダーは最大索敵距離40km、追随開始距離30kmで同時に8目標を粗追尾、2目標を精密追尾可能である。
春日井駐屯地の第十施設大隊より参加した81式自走架橋装置。詳細は春日井駐屯地祭 2007年3月11日の詳報記事をご覧いただきたい。障害除去や渡河支援などの部隊前進支援、地雷敷設や障害構築と陣地構築などの防御支援が師団施設科部隊の任務である。
同じく施設大隊の渡河ボート。組み立てて使用するもので、大津駐屯地祭では複数の渡河ボートに導板を渡し、高機動車を琵琶湖から上陸させるという展示が行われた。このほか、83式地雷敷設装置や道路障害作業車、油圧ショベルなどが行進に参加していた。
第十通信大隊本部管理中隊の車輌。この他、主・前方・後方合通小隊よりなる第一中隊、四個支援合通小隊よりなる第二中隊から編成されている。指揮命令系統の維持に加え、電子戦も通信大隊の任務として挙げられる。
衛星単一通信可搬装置JMRC-C4。装備品展示における説明では、音声及び画像、データ通信能力があり、周波数はXバンド方式、アクセス方式はSSMA,回線数は5回線で送信出力は30wとのことである。後方には無線搬送装置2号や電子交換装置2号を搭載した73式中型トラックが続く。
第十化学防護隊の車列。以前は師団司令部付隊隷下の化学防護小隊であったが、化学防護隊として若干規模を拡大した。なお、お隣の第三師団では化学防護隊は特殊武器防護隊として改編されており、NBC防護用シェルターなどを配備しているとのこと。
第十後方支援連隊第一整備大隊の車輌。バンパーには火器小隊とあった。恐らくコンテナ型のシェルター内部が工作室になっており、火器の整備などを支援するのだろう。後方からも続々と後方支援連隊の車輌が続いている。
諸般の事情で飛行展示を行うことが自粛されている明野駐屯地第十飛行隊から参加した燃料車。蛇足ながら小生一行は、OH-6Dを搭載した73式大型トラックでも来るのかな?という話をしていた。この他、発動車なども行進に参加。
重レッカー。後方支援連隊第二整備大隊の車輌である。第二整備大隊は戦闘部隊への直接支援が任務である為、エンジンの換装や故障した軽装甲機動車や通信関連車輌などの回収を行うのではないかと推測する。二両揃えば96式装輪装甲車の回収も可能である。
1117時、観閲行進の最後を飾るのは今津駐屯地から参加した第十戦車大隊の74式戦車である。38㌧の戦車が105㍉砲を掲げ行進する様子は勇壮そのものだ。なお、観閲行進では通常、最後に戦車が行進することが多く、また同時に祝賀飛行が行われる。師団駐屯地祭では、主要装備の多くを一度に見ることが出来、陸上自衛隊の今を知ることが出来る行事である。
HARUNA
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