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福島第一原発(東北地方太平洋沖地震)に関する事実関係(2011.03.22.2132)

2011-03-22 23:17:57 | 防災・災害派遣

◆記事は全てNHK情報

 日本史上最悪の原子力事故に対し多くの情報が飛び交っていますが一部には信頼性に欠ける情報も流されています、このため流言飛語を防止する観点から本記事は全てNHKHPからの転載です。

◆出典:NHK

外部電源 3・4号機で復旧へ
冷却機能が失われ深刻な事態に陥っている福島第一原子力発電所では、22日朝から外部電源の復旧作業が再開され、東京電力によりますと、これまでに3号機と4号機の中央制御室に電気を流す準備が整ったということです。
使用済み燃料プールへの注水作業が終わりしだい、電源を供給するということです。
福島第一原子力発電所では、21日夕方、3号機などから煙が出た影響で、途中で打ち切りになった外部電源の復旧作業が、22日午前7時ごろから4号機で、2号機では8時ごろから再開しました。
その結果、22日午前、新たに3号機と4号機でも一般家庭のブレーカーの役割を果たす配電盤まで電気が通り、1号機から4号機まで外部電源を発電所に引き込む作業を終えました。
東京電力によりますと、これまでに3号機と4号機の中央制御室に電気を流す準備が整ったということで、使用済み燃料プールへの注水作業が終わりしだい、電源を供給するということです。
中央制御室は原発のいわばコントロールルームで、中央制御室が復旧できると、今は計測できていない原子炉内の温度や使用済み燃料プールの水位などが分かるほか、照明や空調が動くようになり、冷却機能の回復に向けた作業環境や効率が格段に上がるとみられています。

3月22日 21:32更新

▲ページトップへ特殊車両 4号機への注水終了
福島第一原子力発電所4号機に対して、東京電力が手配した場所を絞って大量の水を注ぎ込める特殊な車両による注水は、3時間余りにわたって行われ、午後8時半すぎ、終了しました。
冷却機能が失われた福島第一原子力発電所では、3号機と4号機の使用済み燃料のプールに自衛隊や東京消防庁などの車両を使って外から水を入れる放水活動が続けられています。
22日、この作業に、新たに東京電力が手配した狙ったところに大量の水を注入できる特殊な車両が加わり、午後5時17分から注水を始めました。
この車両は、高層ビルの建設現場などでコンクリートを流し込むために使われているポンプ車で、50メートルを超える長いアームを使って、離れた場所から狙ったところに大量の水を注入できます。
注水作業は3時間余りにわたって行われ、午後8時32分に終了しました。
東京電力では、同じ車両をほかに2台用意しているということで、政府の対策本部と協議しながら車の配置などを検討していくとしています。
三重県四日市市の建設会社が所有する同様のタイプの車両は、チェルノブイリ原子力発電所の事故の際にも原発を封鎖するコンクリートを打つために使われたことがあるということです。

3月22日 21:32更新

▲ページトップへ4号機へ特殊車両で注水開始
福島第一原子力発電所4号機の使用済み燃料を保管するプールに向けて、長いアームを使って狙った所に大量の水を注入できる、特殊な車両による注水作業が、22日午後5時17分から始まりました。
福島第一原子力発電所では、冷却できない状態になっている3号機と4号機の使用済み核燃料のプールに、自衛隊や東京消防庁などの車両を使って外から水を入れる放水活動が続けられています。
22日、この作業に新たに、東京電力が手配した、長いアームを使って狙った所に大量の水を注入できる特殊な車両が加わり、午後5時17分から注水を始めました。
この特殊車両は、高層ビルの建設現場などでコンクリートを流し込むために使われているポンプ車で、50メートルを超える長いアームを使って、離れた場所から狙った所に大量の水を注入することができるということです。
三重県四日市市の建設会社が所有し、同様のタイプの車両は、チェルノブイリ原子力発電所の事故の際にも、原発を封鎖するコンクリートを打つために使われたことがあるということです。
東京電力によりますと、22日の注水作業は、3時間程度行う予定だということです。

3月22日 18:20更新

▲ページトップへ福島第一原発 3号機への放水終了
福島第一原子力発電所の3号機に対して、東京消防庁が大阪市消防局と連携して行っていた放水活動は、およそ1時間、連続で行われ、午後4時ごろに終了しました。
東京消防庁は、21日まで2晩にわたって行った福島第一原発3号機の使用済み燃料を保管するプールに対する放水を、大阪市消防局と連携して22日午後3時すぎに再開しました。
放水作業は、18日の夜、消防隊員が手作業で設置したホースを使って、ポンプ車でくみ上げた海水を放水車に送る方法で、およそ1時間、連続で行われ、午後4時ごろに終了しました。
消防の部隊は、3号機に対して、これまでに燃料を保管するプールの容量の3倍以上に当たる海水を放水しています。
東京消防庁では、今後の放水活動については、政府の対策本部や東京電力などと検討中だとしています。

3月22日 18:20更新

▲ページトップへ放射性物質 離れた海からも
東京電力福島事務所は、22日午後2時すぎに記者会見し、福島第一原子力発電所からやや離れた、数キロから十数キロの場所の海水からも、国の基準を上回る放射性ヨウ素や放射性セシウムが検出されたことを明らかにしました。
基準値は、日本人が飲む平均的な水の量を1年間毎日飲み続けると、一般の人が1年間に浴びても差し支えないとされる、「1ミリシーベルト」に相当する濃度を示しているということです。
専門家は、「放射性ヨウ素については半減期が短いので心配する必要はないが、放射性セシウムは半減期が長く、監視を続ける必要がある」と話しています。東京電力は21日の午後2時半に、福島第一原発の「放水口」の南330メートルの地点で、海水に含まれる放射性物質を調査した結果、放射性ヨウ素131が法律で決められた基準値の126.7倍の濃度で検出されたほか、放射性セシウム134が24.8倍、放射性セシウム137が16.5倍の濃度で検出されました。
東京電力は、海中で放射性物質が、その後、どのように拡散しているかを調べるため、原発から数キロから十数キロに範囲を広げて調査を行った結果、21日と同じ▽福島第一原発の「放水口」の南330メートルの地点が、22日午前6時半の時点で、放射性ヨウ素131が法律で決められた基準値の29.8倍の濃度で検出されたほか、放射性セシウム134が2.5倍、放射性セシウム137が1.7倍、検出されました。
また、▽第一原発から8キロ南の富岡川の河口付近では、22日午前0時38分に放射性ヨウ素131が基準値の80.3倍、放射性セシウム134が1.3倍、▽10キロ南にある第二原発の北放水口付近では、21日午後11時15分に放射性ヨウ素131が基準値の27.1倍、▽16キロ南にある岩沢海岸付近では21日午後11時45分に放射性ヨウ素131が基準値の16.4倍の濃度で検出されました。
基準値は、日本人が飲む平均的な水の量を1年間毎日飲み続けると、一般の人が1年間に浴びても差し支えないとされる「1ミリシーベルト」に相当する濃度を示しているということです。
これについて、海洋中の放射性物質について詳しい日本分析センターの池内嘉宏理事は「放射性ヨウ素131は半減期が8日と短く、影響はなくなるので、心配する必要はない。ただ、放射性セシウムについては半減期が長く、魚介類に蓄積されていくので、今後、原乳やほうれんそうのように魚介類を継続して調べ、健康への影響について監視していく必要がある」と話しています。

3月22日 16:40更新

▲ページトップへ東京消防庁 3号機へ放水再開
福島第一原子力発電所の3号機に対して、東京消防庁は、大阪市消防局と連携して、22日午後3時10分から再び連続放水を始めました。
消防による連続放水はこれが4回目で、今回はおよそ1時間行われる予定です。
東京消防庁は、21日の朝まで2晩にわたって、福島第一原発3号機の使用済み燃料を保管するプールに対する連続放水を行い、放水時間はあわせて20時間余りに及んでいます。
消防による放水は21日夜は行われませんでしたが、東京消防庁は大阪市消防局と連携して、22日午後3時10分から3号機に対する放水を再開しました。
放水作業は、今月18日の夜、消防隊員が手作業で設置したホースを使って、ポンプ車でくみ上げた海水を放水車に送り、およそ1時間連続して行われる予定です。
消防の部隊は、3号機に対して、これまでに燃料を保管するプールの容量の3倍に当たる、およそ3600トンの海水を放水しています。

3月22日 15:30更新

▲ページトップへ福島第一原発 22日中電力供給目指す
冷却機能が失われ深刻な事態に陥っている、福島第一原子力発電所では、22日朝から外部電源の復旧作業が再開され、東京電力は、22日中に、作業が進んでいる2号機か4号機の一部の設備や機器に電力を供給させたいとしています。
福島第一原子力発電所では、21日夕方、3号機などから煙が出た影響で途中で打ち切りになった外部電源の復旧作業が、22日朝7時ごろから4号機で、2号機では8時ごろから再開しました。
その結果、22日午前10時35分に、新たに3号機と4号機でも電気が流せる状態になり、1号機から6号機まですべてで発電所内の設備や機器に電力を供給できる状態が整いました。
実際に電気を流す前には機器の点検が必要で、東京電力によりますと、これまでの点検で2号機の使用済み燃料プールに水を送り込むポンプが最も早く復旧できるとみて、多くの作業員を投入して作業を行っているということです。
さらに並行して1号機から4号機で原発のいわばコントロールルームである中央制御室への電力の供給に向けた作業も進めています。
中央制御室を復旧できると、今は計測できていない原子炉内の温度や使用済み燃料プールの水位などが分かるほか、照明や空調が動くようになり、冷却機能の回復に向けた作業環境や効率が格段に上がるとみられています。
東京電力によりますと、これまでのところ、2号機と4号機の作業が最も進んでいるということで、22日中には一部の設備や機器に電力を供給させたいとしています。

3月22日 15:10更新

▲ページトップへ“2号機の煙 ほぼ見えなく”
東京電力福島事務所は、22日正午すぎから記者会見し、福島第一原子力発電所の2号機の煙は22日午前7時すぎの時点で、ほとんど見えない状態にまで減少していることを明らかにしました。
また、3号機についても灰色がかっていた煙が白みがかった煙に変わり、煙の発生は収束に向かっているという見方を示しました。

3月22日 12:25更新

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東北地方太平洋沖地震に対する防衛省自衛隊の対応(3月22日1200)

2011-03-22 23:10:22 | 防災・災害派遣

◆防衛省発表

平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震自衛隊の活動状況(12時00分現在)
平成23年3月22日
防衛省

※数値等は速報値であり、今後変わることがある。
※下線部は前回からの変更箇所

派遣規模人員約106,200名(陸:約69,000名、海:約15,400名、空:約21,300名、原子力災害派遣部隊:約500名)

・回転翼196機、固定翼326機
・艦船57隻
が活動中

※3月14日(月)東北方総監を長とする統合任務部隊を編成
・3月18日(金)東北地方太平洋沖地震による被災地域において、自衛隊の部隊が実施する救援活動等に係る予備費の使用を決定(約54億円)<18日閣議決定>

自衛隊による救助状況・自衛隊による救助者数 約19,300名

災害派遣要請元11日14時52分 岩手県知事
11日15時02分 宮城県知事
11日16時20分 茨城県知事
11日16時47分 福島県知事
11日16時54分 青森県知事
11日18時50分 北海道知事
12日01時00分 千葉県知事

連絡員の派遣北海道(根室振興局、日高振興局、釧路総合振興局、胆振総合振興局、えりも町)、宮城県(県庁、東松島市)、岩手県(県庁、山田町役場)、秋田県庁、青森県(県庁、八戸市役所)、福島県(県庁、田村市役所)、山形県庁、茨城県庁

自衛隊の実施事項(調整中含む)○大規模地震災害派遣による活動
①関係命令
11日14時50分 防衛省災害対策本部設置(本部長:防衛大臣)
11日18時00分 大規模震災災害派遣命令
16日11時58分 予備自衛官及び即応予備自衛官の災害等召集命令
17日22時00分 大規模震災災害派遣命令の一部変更命令

②活動内容
航空機による情報収集
被害者の救助
人員、物資等輸送
給食・給水支援
ヘリコプター映像伝送による官邸及び報道機関等への提供
自衛隊施設(防衛大学校)による避難民受け入れ

○原子力災害派遣による活動
①関係命令
11日19時30分 原子力災害派遣命令(12日09:20原子力災害派遣命令発出のため廃止)
12日09時20分 原子力災害派遣命令(17日03:00原子力災害派遣命令発出のため廃止)
17日03時00分 原子力災害派遣命令(19日01時00分原子力災害派遣命令発出のため廃止)
19日01時00分 原子力災害派遣命令

②活動内容
避難支援、冷却水、給水支援、物資等輸送、原子炉冷却のための放水

○現地調査団等の輸送支援
政府調査団(第1陣:宮城県)の現地派遣
経済産業副大臣及び原子力安全・保安院職員等の現地派遣
総理大臣の現地視察(福島第1原発及び宮城県被災地上空等)
政府調査団(第2陣:岩手県及び福島県)の現地派遣
DMAT(災害派遣医療チーム)の輸送支援
防衛大臣現地視察(統合任務部隊編成)
防災担当大臣現地視察

自衛隊の活動○派遣部隊
陸 自  東北方面隊
第6師団(第20普通科連隊(神町)、第22普通科連隊(多賀城)、第44普通科連隊(福島)、第6特科連隊(郡山)、第6後方支援連隊(神町)、第6戦車大隊(大和)、第6高射特科大隊(郡山)、第6施設大隊(神町)、第6通信大隊(神町)、第6偵察隊(大和)、第6飛行隊(神町)、第6特殊武器防護隊(神町)、第6師団司令部付隊(神町))
第9師団(第5普通科連隊(青森)、第21普通科連隊(秋田)、第39普通科連隊(弘前)、第9特科連隊(岩手)、第9後方支援連隊(青森)、第9戦車大隊(岩手)、第9高射特科連隊(岩手)、第9施設大隊(八戸)、第9通信大隊(青森)、第9対戦車隊(八戸)、第9偵察隊(弘前)、第9飛行隊(八戸)、第9化学防護隊(青森)、第9師団司令部付隊(青森))
第4地対艦ミサイル連隊(八戸)、第2施設団(船岡)、東北方面特科隊(仙台)、第5高射特科群(八戸)、東北方面通信群(仙台)、東北方面航空隊(霞目)、東北方面後方支援隊(仙台)、東北方面衛生隊(仙台)、東北方面総監部付隊(仙台)

北部方面隊
第2師団(第3普通科連隊(名寄)、第25普通科連隊(遠軽)、第26普通科連隊(留萌)、第2特科連隊(旭川)、第2後方支援連隊(旭川)、第2施設大隊(旭川)、第2通信大隊(旭川)、第2偵察隊(旭川)、第2飛行隊(旭川)、第2化学防護隊(旭川)、第2師団司令部付隊(旭川))
第5旅団(第4普通科連隊(帯広)、第6普通科連隊(美幌)、第5戦車隊(鹿追)第5特科隊(帯広)、第5後方支援連隊(帯広)、第5偵察隊(帯広)、第5飛行隊(鹿追)、第5高射特科中隊(帯広)、第5施設中隊(帯広)、第5通信中隊(帯広)、第5音楽隊(帯広)、第5旅団司令部付隊(帯広))
第7師団司令部(第11普通科連隊(東千歳)、第72戦車連隊(帯広)、第7後方支援連隊(東千歳)、第7施設大隊(東千歳)、第7通信大隊(東千歳)、第7飛行隊(丘珠)、第7師団司令部付隊(東千歳))
第11旅団(第18普通科連隊(真駒内)、第28普通科連隊(函館)、第11戦車隊(真駒内)、第11後方支援隊(真駒内)、第11旅団司令部付隊(真駒内))
第1特科団(北千歳)、北部方面施設隊(南恵庭)、北部方面航空隊(丘珠)、北部方面後方支援隊(島松)、北部方面通信群(札幌)、北部方面会計隊(札幌)、北海道補給処(島松)

東部方面隊
第1師団(第1普通科連隊(練馬)、第31普通科連隊(武宮)、第34普通科連隊(板妻)、第1特科隊(北富士)、第1後方支援連隊(練馬)、第1戦車大隊(駒門)、第1高射特科大隊(駒門)、第1施設大隊(朝霞)、第1通信大隊(練馬)、第1化学防護隊(練馬)、第1師団司令部付隊(練馬))
第12旅団(第2普通科連隊(高田)、第13普通科連隊(松本)、第30普通科連隊(新発田)、第12特科隊(宇都宮)、第12後方支援隊(新町)、第12ヘリコプター隊(相馬原)、第12偵察隊(相馬原)、第12対戦車中隊(新町)、第12高射特科中隊(相馬原)、第12施設中隊(新町)、第12通信中隊(相馬原)、第12科学防護隊(相馬原)、第12旅団司令部付隊(相馬原))
第1施設団(古河)、東部方面後方支援隊(朝霞)、東部方面航空隊(立川)、第2高射特科群(松戸)、東部方面通信群(朝霞)、東部方面会計隊(朝霞)、第1教育団(朝霞)、相馬原駐屯地業務隊(相馬原)、霞ヶ浦駐屯地業務隊(霞ヶ浦)、木更津駐屯地業務隊(木更津)、宇都宮駐屯地業務隊(宇都宮)、北宇都宮駐屯地業務隊(北宇都宮)

中部方面隊
第3師団(第7普通科連隊(福知山)、第36普通科連隊(伊丹)、第37普通科連隊(信太山)、第3特科隊(姫路)、第3後方支援連隊(千僧)、第3戦車大隊(今津)、第3高射特科大隊(姫路)、第3通信大隊(千僧)、第3飛行隊(八尾)、第3偵察隊(千僧)、第10師団(第14普通科連隊、第33普通科連隊(久居)、第35普通科連隊(守山)、第10特科連隊(豊川)、第10後方支援連隊(春日井)、第10戦車大隊(今津)、第10高射特科大隊(豊川)、第10施設大隊(春日井)、第10通信大隊(守山)、第49普通科連隊(豊川)、第10偵察隊(春日井)、第10化学防護隊(守山)、第10師団司令部付隊(守山))
第13旅団(第8普通科連隊(米子)、第17普通科連隊(山口)、第46普通科連隊(海田市)、第13特科隊(日本原)、第13後方支援隊(海田市)、第13偵察隊(出雲)、第13飛行隊(防府)、第13戦車中隊(日本原)、第13高射特科中隊(日本原)、第13施設中隊(海田市)、第13通信中隊(海田市)、第13師団司令部付隊(海田市))
第14旅団(第15普通科連隊(善通寺)、第50普通科連隊(高知)、第14特科隊(松山)、第14後方支援隊(善通寺)、第14偵察隊(善通寺)、第14飛行隊(北徳島)、第14戦車中隊(日本原)、第14施設中隊(高知)、第14通信中隊(善通寺)、第14旅団司令部付隊(善通寺))第4施設団(大久保)、中部方面後方支援隊(桂)、中部方面通信群(伊丹)、中部方面航空隊(八尾)、中部方面衛生隊(伊丹)、中部方面会計隊(伊丹)、守山駐屯地業務隊(守山)、大久保駐屯地業務隊(大久保)、善通寺駐屯地業務隊(善通寺)、出雲駐屯地業務隊(出雲)、自衛隊阪神病院(川西)

西部方面隊
第4師団(第16普通科連隊(大村)、第40普通科連隊(小倉)、第41普通科連隊(別府)、第4特科連隊(久留米)、第4施設大隊(大村)、第4通信大隊(福岡)、第4偵察隊(福岡)、第4飛行隊(目達原)、第4後方支援連隊(福岡)、第4師団司令部付隊(福岡))
第8師団(第12普通科連隊(国分)、第42普通科連隊(北熊本)、第43普通科連隊(都城)、第8特科連隊(北熊本)、第8後方支援連隊(北熊本)、第8戦車大隊(玖珠)、第8施設大隊(川内)、第8高射特科大隊(北熊本)、第8通信大隊(北熊本)、第8偵察隊(北熊本)、第8化学防護隊(北熊本)、第8師団司令部付隊(北熊本))
第15旅団(第15後方支援隊(那覇)、第51普通科連隊(那覇)、第15通信隊(那覇)第5施設団(小郡)、西部方面特科隊(湯布院)、第2高射特科団(飯塚)、西部方面後方支援隊(目達原)、西部方面通信群(健軍)、西部方面航空隊(目達原)、西部方面衛生隊(健軍)、西部方面会計隊(健軍)、自衛隊福岡病院(春日)、自衛隊熊本病院(熊本)

中央即応集団
第1空挺団(習志野)、第1ヘリコプター団(木更津)、中央即応連隊(宇都宮)、中央器特殊防護隊(大宮)、対特殊武器衛生隊(朝霞)、中央即応集団司令部付隊(朝霞)、国際活動教育隊(駒門)
通信団(市ヶ谷)、警務隊(市ヶ谷)、高射学校(下志津)、施設学校(勝田)、需品学校(松戸)、化学学校(大宮)、自衛隊中央病院(三宿)、武器学校(土浦)


海 自 指揮官:横須賀地方総監
航空集団(厚木)、教育航空集団(下総)、横須賀地方総監部(横須賀)、掃海隊群(横須賀)、第1護衛隊群(横須賀)、第2護衛隊群(佐世保)、第3護衛隊群(舞鶴)、第2潜水隊群(横須賀)、第1航空群(鹿屋)、第2航空群(八戸)、第4航空群(厚木)、第5航空群(那覇)、第21航空群(館山)、第22航空群(大村)、第31航空群(岩国)、下総教育航空群(下総)、第1護衛隊(横須賀)、第2護衛隊(佐世保)、第3護衛隊(舞鶴)、第4護衛隊(大湊)、第5護衛隊(横須賀)、第6護衛隊(佐世保)、第11護衛隊(横須賀)、第12護衛隊(呉)、第15護衛隊(大湊)、第1掃海隊(呉)、第2掃海隊(佐世保)、第51掃海隊(横須賀)、第101掃海隊(呉)、第41掃海隊(横須賀)、第42掃海隊(呉)、第43掃海隊(佐世保)、第44掃海隊(舞鶴)、第45掃海隊(大湊)、第46掃海隊(佐世保)、第203教育航空隊(下総)、第211教育航空隊(鹿屋)、第2潜水隊(横須賀)、第1海上訓練支援隊(呉)、横須賀警備隊(横須賀)、第2ミサイル艇隊(舞鶴)、横須賀衛生隊(横須賀)護衛艦「はるさめ」、護衛艦「たかなみ」、護衛艦「おおなみ」、護衛艦「さわゆき」、護衛艦「やまゆき」、護衛艦「しらね」、護衛艦「くらま」、護衛艦「ゆうぎり」、護衛艦「あまぎり」、護衛艦「せとぎり」、護衛艦「さわぎり」、護衛艦「きりしま」、護衛艦「ちょうかい」、護衛艦「あしがら」、護衛艦「ひゅうが」、護衛艦「あぶくま」、護衛艦「おおよど」、護衛艦「ちくま」、護衛艦「とね」、掃海艦「やえやま」、掃海艦「はちじょう」、掃海母艦「ぶんご」、輸送艦「くにさき」、輸送艦「ゆら」、輸送艦「のと」、訓練支援艦「くろべ」、訓練支援艦「てんりゅう」、多用途支援艦「ひうち」、多用途支援艦「すおう」、多用途支援艦「あまくさ」、海洋観測艦「すま」、海洋観測艦「わかさ」、海洋観測艦「にちなん」、潜水艦救難母艦「ちよだ」、試験艦「あすか」、補給艦「ときわ」、補給艦「はまな」、補給艦「おうみ」、補給艦「とわだ」、掃海艇「ひらしま」、掃海艇「たかしま」、掃海艇「つきしま」、掃海艇「まえじま」、掃海艇「くめじま」、掃海艇「まきしま」、掃海艇「ながしま」、掃海艇「ゆげしま」、掃海艇「つのしま」、掃海艇「なおしま」、掃海艇「とよしま」、掃海艇「あいしま」、掃海艇「あおしま」、掃海艇「みやじま」、掃海艇「ししじま」、掃海艇「とびしま」、掃海管制艇「さくしま」、特務艇「はしだて」、試験艦「くりはま」
空 自 第2航空団(千歳)、第3航空団(三沢)、北部航空警戒管制団(三沢)、第6高射群(三沢)、北部航空施設隊(三沢)、第4航空団(松島)、第6航空団(小松)、第7航空団(百里)、中部航空警戒管制団(入間)、第1高射群(入間)、第4高射群(岐阜)、中部航空施設隊(入間)、西部航空方面隊司令部支援飛行隊(春日)、第5航空団(新田原)、第8航空団(築城)、西部航空警戒管制団(春日)、第2高射群(春日)、西部航空施設隊(芦屋)、南西航空混成団司令部(那覇)、第83航空隊(那覇)、南西航空警戒管制隊(那覇)、第5高射群(那覇)、南西航空施設隊(那覇)、第1輸送航空隊(小牧)、第2輸送航空隊(入間)、第3輸送航空隊(美保)、三沢ヘリコプター空輸隊(三沢)、入間ヘリコプター空輸隊(入間)、千歳救難隊(千歳)、秋田救難隊(秋田)、新潟救難隊(新潟)、百里救難隊(百里)、浜松救難隊(浜松)、航空総隊司令部飛行隊(入間)、偵察航空隊(百里)、警戒航空隊(浜松)、警戒航空隊(三沢)、高射教導隊(浜松)、航空システム通信隊(市ヶ谷)、第1航空団(浜松)、第1術科学校、第2術科学校、北部航空音楽隊(三沢)、第4補給処東北支処長(東北町)、防空指揮群(府中)、プログラム管理隊(入間)、中部航空音楽隊(浜松)、教材整備隊(浜松)、第11飛行教育団(静浜)、幹部候補生学校(奈良)、第4術科学校(熊谷)、電子開発実験群(入間)、航空中央業務隊(市ヶ谷)、第1補給処(木更津)、第1補給処東京支処長(十条)、第2補給処(岐阜)、第3補給処(入間)、第4補給処(入間)、西部航空音楽隊(春日)、第12飛行教育団(防府北)、航空教育隊(防府南)、第3術科学校(芦屋)、西部航空施設隊(芦屋)、南西航空音楽隊(那覇)、作戦情報隊(府中)、航空保安管制群(入間)、航空気象群(府中)、飛行点検隊(入間)、航空開発実験団司令部(入間)、航空安全管理隊(立川)、航空警務隊(市ヶ谷)、航空機動衛生隊(小牧)、補給本部(十条)、基地防空教導隊(千歳)、第3高射群(千歳)、航空教育隊第2教育群(熊谷)、航空中央音楽隊(立川)、第1補給処立川支所(立川)、飛行開発実験団(岐阜)、第4補給処高蔵寺支処(高蔵寺)、飛行教導隊(新田原)、飛行教育航空隊(新田原)、第13飛行教育団(芦屋)、第5術科学校(小牧)、航空医学実験隊(入間)、幹部学校(目黒)、航空支援集団(府中)、航空救難団(入間)、航空教育集団(浜松)、岐阜病院(岐阜)

陸 自
(11日) 18時25分 東北方面特科隊(仙台)27名人員をもって保育所への救出のため出発し、救援活動を実施
18時45分 第2施設団、名取市(宮城県南部)家屋に取り残された10数名救助のため、初動小隊30名派遣
22時17分 仙台病院に患者20名を収容
23時48分 東北方面特科隊が仙台市内の避難所にストーブ約260台を搬送。
(12日) 05時15分 第1空挺団(習志野)の人員約40名、車両6両(水トレーラー4両含む)により、給水支援及び輸送支援を実施
20時00分頃、21時00分頃 第6師団が被災民に対する約5万食のパンの輸送を実施
(13日) 00時20分 第6後方支援連隊(東根)がDMAT64名を東北大学病院まで輸送。
06時46分 第9特科連隊第2中隊が野田村でがれきの除去を実施
07時51分 第20普通科連隊がヘリで志津川小学校から要救助者6名を救出
08時00分 第6師団が気仙沼等で捜索活動を実施
08時57分 第130大隊が26名を救出
18時30分 第6師団が石巻で125人を救助するとともに糧食及び毛布を配布
22時20分 第9特科連隊(滝沢村)が岩手県下閉伊郡山田町で消火活動を実施
(14日) 09時45分 第9師団第4地対艦ミサイル連隊が炊き出し800食作成完了
13時00分 札幌病院2コ医療チーム巡回診療のため宮古市避難所へ前進中
13時15分 英国レスキューチーム46名を三沢から大船渡に搬送
13時25分 第6師団が石巻で36名救助
15時43分 石巻駅北側の住宅地の2階における要救助者については、現在6師団の隊員がボートで救出を実施中
17時40分 第2施設大隊 老木公園集結完了 同地にて展開
(15日) 07時10分 第5旅団司令部及び第5旅団司令部付部隊 苫小牧東港に到着
(16日) 17時09分 第4地対艦ミサイル連隊 物資輸送(米、毛布、りんご)
20時21分 第25普通科連隊 給水支援1t
23時32分 後方支援連隊 給水支援6t、物資輸送(ガソリンドラム缶×18樽)
他、細部確認中
(17日) 16時00分 第10師団司令部付隊 蔵王向山地区の給水支援(3t)、丸森町筆甫(ひっぽ)避難所での給食支援(460食)
16時05分 第9飛行隊 UH915 新浜町へ食料毛布等650kg空輸、UH718 唐丹中学校へ食料毛布等650kg空輸
17時30分 第26普通科連隊 給水支援3.4t、炊き出し(1220食)
(18日) 16時59分 第9飛行隊 UH915 青森空港、大船渡東高校へ食料品計600Kg空輸
17時57分 第1大隊が給水作業終了(給水量6.8t)
(19日) 00時19分 第40普通科連隊が志津川町で救援・捜索活動、物資輸送・瓦礫除去
17時15分 第2戦車連隊が田老地区で瓦礫の除去
(20日) 11時00分 中央即応集団司令部 内閣府副大臣空輸 霞目着陸
11時10分 東北方面航空隊 石巻市各所に避難者ニーズによる物資空輸(非常用糧食×25箱等)
12時20分 第9飛行隊 物資輸送(食糧品・生活用品等600Kg)終了 花巻空港
13時08分 第6飛行隊 宮戸小学校に物資(医薬品、日用品)空輸
13時12分 東北方面航空隊 石巻市・女川町各所に避難者ニーズによる物資空輸(灯油×10缶等)
16時04分 第108全般支援大隊 15ヶ所に燃料輸送
16時40分 第108全般支援大隊 6ヶ所に燃料巡回配布
18時27分 東北方面航空隊 石巻市各所に避難者ニーズによる物資空輸(灯油20L×10缶)
他、細部確認中
(21日) 11時36分 第108全般支援大隊 14ヶ所に燃料巡回配布
11時00分 第9特科連隊 岩手県山田町各地区で物資輸送及び給水支援
11時45分 第13後方支援隊 福島県矢吹町で給水支援
12時41分 東北ヘリ隊 石巻市網地島に避難者ニーズによる物資空輸(日用品)
15時00分 東北ヘリ隊 石巻市鮎川中学校に避難者ニーズによる物資空輸(日用品)
16時11分 第108全般支援大隊 37ヶ所に燃料巡回配布
16時59分 北方航空隊 UH730 山形から花巻まで物資空輸
17時02分 東方ヘリ隊 石巻市荻浜小学校に物資空輸(日用品、水、衣類)
17時30分 西方ヘリ隊 気仙沼市階上中学校に避難者ニーズによる物資空輸(日用品)
17時55分 中方ヘリ隊 南川陸町の各所に避難者ニーズによる物資空輸(食料、衣類)
他、細部確認中

海 自
(11日) 20時45分 八戸基地体育館に770名の避難者、私有車両140両を収容。
21時50分 大湊地方隊、毛布3000枚(青森県六ヶ所村500枚、風間浦500枚、三沢市500枚、八戸市500枚、むつ市1000枚)、缶詰1000個を搬出。
(12日) 06時30分 「はるさめ」搭載回転翼機が陸前高田孤立住民3名を救助
06時35分 第73航空隊のUH-60Jが、石巻沖の船舶乗員10名を救助
09時32分 第73航空隊のUH-60Jが、石巻湾漂流中の1名を救助
09時43分 「さわゆき」搭載回転翼機が陸前高田病院付近から避難場所まで被災者3名を搬送
09時53分 「たかなみ」搭載回転翼機が鹿妻小学校から石巻赤十字病院まで被災者9名を搬送
10時55分 「さわゆき」搭載回転翼機が陸前高田市役所屋上から避難場所まで被災者5名を搬送
11時26分 「おおなみ」搭載回転翼機が気仙沼市内から気仙沼小学校まで被災者5名を搬送
12時40分 第2護衛群第6護衛隊「はるさめ」の回転翼が気仙沼で13名救助
13時04分 第111航空隊のMCHが陸前高田病院から花巻空港まで人員輸送
13時38分 第2護衛隊群第6護衛隊の「たかなみ」から内火艇×2隻が孤立した被災者27名を救助。別に、救助された5名をあわせた32名のうち、4名を搭載ヘリにより日赤病院に搬送。残りの28名は艦内で待機。
13時44分 「たかなみ」搭載回転翼機が高田病院へ被災者12名を搬送
14時05分 「たかなみ」搭載回転翼機が高田病院へ被災者2名を搬送
14時11分 「すおう」が八戸沖から八戸港まで被災した漁船船員1名を搬送
14時28分 「さわゆき」搭載回転翼機が高田病院へ被災者2名を搬送
14時30分 第111航空隊(岩国)のMCH-101が陸前高田病院から花巻空港までの人員輸送
14時34分 「たかなみ」搭載回転翼機が石巻市内から石巻赤十字病院まで被災者5名を搬送
15時05分 「おおなみ」搭載回転翼機が阿武隈川河口から気仙沼陸上競技場まで被災者4名を搬送
15時07分 「たかなみ」搭載回転翼機が鹿妻小学校から石巻赤十字病院まで被災者4名を搬送
15時23分 第2航空群UH64が「ちきゅう」から80名を救助、八戸まで移送
16時10分 「たかなみ」搭載回転翼機が鹿妻小学校から石巻赤十字病院まで被災者6名を搬送
16時30分 「きりしま」搭載回転翼機が鹿妻小学校へ物品輸送
16時35分 「たかなみ」搭載回転翼機が鹿妻小学校から石巻赤十字病院まで被災者5名を搬送
16時45分 「はるさめ」搭載の回転翼機が浦島小学校から被災者12名を救助、気仙沼小学校へ搬送
17時28分 「たかなみ」搭載艇が石巻周辺で被災者2名を救助・搬送
17時56分 「おおなみ」搭載の回転翼機が阿武隈川河口から被災者33名を救助、岩沼市陸上競技場へ搬送
18時58分 「はるさめ」搭載回転翼機が浦島小学校から気仙沼小学校まで被災者1名を搬送
(13日) 06時15分 「さわぎり」搭載回転翼機が阿武隈川河口付近から岩沼市陸上競技場まで被災者10名を救助・搬送
07時02分 73空 UH64号が大湊を離陸、尻屋から宮古にかけて孤立した住民の捜索救助を実施
07時36分 「おおなみ」搭載回転翼機が亘理町立荒浜中学校から被災者31名を救助、岩沼市陸上競技場へ搬送
07時45分 「たかなみ」搭載回転翼機が多田小学校から石巻市赤十字病院まで被災者5名を救助・搬送
07時46分 「はるさめ」搭載回転翼機が気仙沼浦島小学校から気仙沼小学校まで被災者6名を救助・搬送
08時25分 「たかなみ」搭載回転翼機が多田小学校から石巻赤十字病院まで被災者3名を救助・搬送
08時30分 「さわぎり」積載回転翼機が阿武隈川河口から岩沼市まで要救助者10名を搬送
08時46分 「さわぎり」搭載回転翼機が、学校の屋上から亘理町中央児童センターまで被災者1名を搬送
09時18分 「さわぎり」搭載回転翼機が、民家から亘理町中央児童センターまで被災者2名を搬送
09時34分 「はるさめ」搭載回転翼機が、気仙沼大島中学校から気仙沼小学校まで被災者9名を搬送
09時51分 第25航空隊UH-60Jが片岸町室浜海岸から県立釜石病院まで被災者9名を搬送
10時30分 第25航空隊UH-60Jが片岸町室浜海岸から県立釜石病院まで被災者11名を搬送
10時37分 「はるさめ」搭載回転翼機が石巻長面地区から石巻赤十字病院まで被災者6名を救助・搬送
10時40分 第73航空隊MCH-101が大槌から県立釜石病院搬へ被災者11名を救助・搬送
10時55分 111航空隊が南三陸町に非常糧食を輸送
11時02分 「さがぎり」搭載回転翼機が民家から亘理町中央児童センターまで被災者3名を救助・搬送
11時12分 「ちょうかい」搭載艇及び搭載回転翼機が福島沖から相馬中央病院まで被災者1名を救助・搬送
11時19分 「はるさめ」搭載回転翼機が気仙沼北上中学校から石巻市赤十字病院まで被災者2名を救助・搬送
11時35分 「しらね」搭載回転翼機が山田湾内から釜石陸上競技場まで被災者1名を搬送
12時00分 ときわからMH53Eにより宮城県長沼市に応急糧食3,000食を輸送完了
12時26分 「はるさめ」搭載回転翼機が汽船沼北上中学校から石巻市赤十字病院まで被災者4名を救助・搬送
12時53分 「ひゅうが」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻市赤十字病院まで被災者1名を救助・搬送
14時14分 「ひゅうが」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻市赤十字病院まで被災者5名を救助・搬送
14時33分 「はるさめ」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者10名を救助・搬送
15時00分 「はるさめ」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者12名を救助・搬送
「ひゅうが」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者18名を救助・搬送
「たかなみ」搭載回転翼機が第2湊小学校から石巻赤十字病院まで被災者2名を搬送
15時20分 「はるさめ」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者12名を救助・搬送
「ひゅうが」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者15名を救助・搬送
15時43分 MH―53Eが遠野運動公園へ非常用糧食9000食、毛布500枚、水157箱を輸送
16時00分 「はるさめ」搭載回転翼機が長面集落地区から石巻飯野川中学校まで被災者7名を救助・搬送
16時03分 第25航空隊UH-60J及びSH-60Jが白浜小学校から釜石市民病院まで被災者139名を搬送
16時20分 「たかなみ」搭載回転翼機が第2湊小学校から石巻市赤十字病院まで被災者5名を搬送
17時00分 「たかなみ」搭載回転翼機が第2湊小学校から石巻市赤十字病院まで被災者2名を搬送
17時56分 「おおなみ」搭載回転翼機が亘理町立荒浜中学校から岩沼市陸上競技場まで被災者33名を搬送
18時00分 横須賀警備隊が72トンの給水支援を実施
・ときわからMCH-101により気仙沼市及び長沼市に非常用糧食152箱を輸送

(14日) 13時13分 浦戸桂島(塩釜市)で「おおなみ」の内火艇及び作業艇により物資輸送(水140L、カンパン192個、パン174個)
14時14分 「ときわ」から発艦した回転翼機が2.5トンの非常用糧食を女川総合運動公園に輸送
15時40分 「おおなみ」が被災者に対し食料等を提供(水170L等)
17時47分 「はるさめ」搭載の回転翼機が波伝谷地区から石巻赤十字病院へ被災者8名を搬送
(15日) 09時47分 UH-60Jにより厚木から長沼に飲料水1トンを輸送
10時18分 MCH-101により「はまな」から八戸に糧食15トンを輸送
13時51分 大湊地方総監部は海上保安庁と協力し、八戸港の入港に係る、港湾調査を実施
14時02分 「ぶんご」は牡鹿半島および田代島の被災者に対する救援物資(牡鹿半島:糧食1800食、水約1トン、田代島:糧食180食)を輸送
14時30分 SH-60Jにより三沢から久慈に糧食50食分を輸送
16時08分 2空群 八戸基地避難小中学生に対する登下校支援(根木小4名 多賀小1名 市川中3名)16日~19日基地隊車両で輸送
17時15分 「はしだて」 漁船からの救援物資の要請に対し、物品を提供 (ガソリン8リットル、米50キロ)
(16日) 08時55分 「くにさき」LCACにより3回目の救援物資陸揚げ(缶飯、缶詰、水等)。石巻市渡波周辺の被災民の安否確認実施。渡波公民館 500名(傷病者15名、重傷者なし、搬送の用なし)、渡波農協 55名、渡波保育園 55名、洞源院 300名、シクタ1区集会所 220名、シクタ2区集会所 60名、渡波小学校 1300名、タンノウラ中学校 2000名、ケヤキ水産 400名
14時57分 21空群 千葉県東方沖を震源とする地震の状況偵察を実施。異常なし
(17日) 09時13分 「にちなん」搭載艇により、志津川湾細濱漁港にて、白米125kg、トイレットペーパー4箱(400ロール)引渡し
11時08分 輸送艦「くにさき」渡波公民館に救援物資(おにぎり5000個、水)を輸送
11時41分 輸送艦「くにさき」渡波公民館にて医療支援を実施
14時24分 下総消防車及び給水車搭載の水全てを空自消防車MB-3に補給
(18日) 06時30分 「ぶんご」搭載艇が宮城県気仙沼東湾の被災者に対し、軽油10200L、ガソリン200L、飲料水600L、非常用糧食10032食、毛布200枚、日用品を提供
06時30分 「ぶんご」衛生班が気仙沼東湾の被災者130名に対し、診療等の支援を実施
07時01分 「たかなみ」が宮城県女川第2小学校の被災者に対し、おにぎり360個、毛布50枚を提供
「さわゆき」が宮城県雄勝湾水浜地区の被災者に対し、おにぎり300個、毛布50枚、日用品を提供
08時00分 「ぶんご」が宮城県気仙沼市大島小学校の被災者50名に対し、診療等の支援を実施
08時29分 「くにさき」のLCAC(エアクション艇)が石巻市渡波漁港に主食缶詰10896個、副食缶詰8400個、飲料水4500本を輸送
08時50分 「しらね」衛生班が石浜・川代、姉吉地区の被災者13名に対し診察等の支援実施
08時59分 111空の回転翼機MH-53Eが厚木から石巻運動公園に医療品10Kg、毛布1100枚を輸送
09時14分 「さわゆき」搭載回転翼機が石巻市自然の家から石巻赤十字病院へ被災者2名を輸送
09時38分 「くにさき」が石巻市渡波公民館の被災者に対し、主食缶詰10896個、副食缶詰8400個、飲料水4500本を提供
11時13分 「おおすみ」のLCAC(エアクション艇)が小名浜港マリーナ南海岸に簡易トイレ194個、飲料水600Lを輸送
11時23分 「くろべ」が石巻市高城浜漁港の被災者320名に対し。毛布30枚、医療品、ガソリン20L、日用品を提供
11時35分 「ひゅうが」衛生班が宮城県内6箇所(海洋青年の家、津の宮センター、滝浜等)で被災者136名に対し診療等支援を実施
11時50分 「おうみ」衛生班が宮城県石巻市渡波公民館の被災者31名に対し、健康診断等の支援を実施
11時52分 横須賀警備隊は千葉県浦安市オリエンタルランド岸壁で給水車による給水支援を実施。本日まで、給水車472台分(1215トン)
11時30分 MH-53Eが厚木から石巻運動公園へ毛布700枚及び医療品を輸送
12時40分 「にちなん」が宮城県大須小学校の被災者に対し、軽油1080L、日用品を提供
13時02分 MH-53Eが厚木から石巻運動公園へ毛布400枚を輸送
13時10分 「つきしま」が宮城県神止地区の被災者150名に対し、主食缶詰168個、副食缶詰244個、飲料水168本、日用品を提供
13時35分 「おうみ」衛生班が宮城県石巻市旧小竹浜小中学校の被災者68名に対し健康診断等の支援を実施
13時51分 「おおすみ」が小名浜港マリーナ南海岸の被災者に対し、簡易トイレ194個、飲料水600Lを提供
14時59分 「おおすみ」が小名浜港藤原埠頭第3岸壁の被災者に対し、毛布20680枚、アルファ米31150食、テント9張、簡易トイレ570個を提供
15時00分 11時00分から「つきしま」が気仙沼東湾 神止地区に飲料水 168個、電池 150個、赤飯 168個、牛肉缶詰 144個、おにぎり 150個を輸送
15時14分 回転翼機UH-60Jが長浜から桂島へ飲料水及び糧食を500Kg輸送
15時19分 回転翼機MH-53Eが霞目から大島まで飲料水6.5トンを輸送
15時45分 MH-53Eが霞目から大島へ飲料水6.5トンを輸送
15時50分 「なおしま」が宮城県尾浦地区の被災者180名に対し、主食缶詰288個、副食缶詰288個、日用品を提供
15時50分 「ちょうかい」が石巻萩浜中学校の被災者200名に飲料水190Lを提供
15時50分 「くろべ」が石巻市高白浜漁港に毛布30枚、医薬品、ガソリン20Lを輸送
15時55分 「くろべ」が石巻市野ノ浜漁港の被災者50名に対し、毛布30枚を提供
16時36分 13時57分からUHJ-72により柱島に物資輸送
17時49分 「おおよど」が広田湾に投錨し、1208から、灯油ドラム缶 60本、軽油ポリタンク 15個、空ポリタンク 265個、海水ポリタンク 20個を合計18回に分けて広田地区に輸送
・「おうみ」が宮城県渡波地区、野々島、気仙沼市要害へ缶飯7152食、乾パン2880個、副食10032食、たくあん缶詰5088食、ガソリンドラム缶1本、軽油ドラム缶51本、飲料水60L、毛布200枚を提供
(19日) 07時33分 「なおしま」が立浜地区へガソリン18L輸送
08時00分 横須賀警備隊が千葉県の被災者に対し62トンの給水支援を実施
08時01分 「とよしま」が立浜地区(龍澤寺)の被災者に対しガソリン18Lを提供
08時02分 「おおすみ」が宮城県大須小学校に缶飯288食、副食528食、たくあん缶詰96食、乾パン192食、飲料水440L、折りたたみリアカー1台、その他生活必要品を提供
08時19分 「ひゅうが」搭載回転翼機が大島中学校、浦島小学校等19箇所の被災者に対し軽油(ポリタンク×10)
08時26分 「ひゅうが」搭載回転翼機が県立自然の家の被災者に対し軽油(ポリタンク10×10)、缶飯96食、おにぎり236個を提供
08時39分 「さわゆき」が名足小学校の被災者に対し米100kg、その他日用品等を提供
「さわゆき」が大須小学校の被災者に対し灯油(ポリタンク×30)を提供
09時05分 「ひゅうが」衛生班が宮城県内8箇所(平成の森キャンプ場、名足小学校等)で被災者30名に対し診療等支援を実施
09時00分 SH-60Kにより松島へ生活関連物資(カップ麺103箱)を空輸
09時05分 「ひゅうが」衛生班が宮城県内6箇所(海洋青年の家、津の宮センター、滝浜等)で被災者72名に対し診療等支援を実施
09時16分 「にちなん」が石巻市大須小学校の被災者に対し米125kg、軽油540KLを提供
09時30分 US-2により厚木から松島へ生活関連物資(2.5t)を空輸
10時25分 「ひゅうが」搭載回転翼機が旧水浜小学校跡の被災者に対し缶飯600食、おにぎり236個、飲料水180L、缶ジュース398本、その他食料等を提供
10時46分 「くらま」が宮城県渡波小学校の被災者に対し缶飯288食、副食528食、たくあん缶詰96食、乾パン192食、飲料水440L、折りたたみリアカー1台、その他生活必要品を提供
10時50分 「ひゅうが」衛生班が渡波小学校の被災者113名に対し診療等支援を実施
10時50分 「おうみ」が渡波小学校の被災者に対し缶飯312食、乾パン192食、飲料水240本、その他日用品等を提供
10時52分 「さわゆき」が泊浜地区の被災者に対しおにぎり60個、飲料水120L、カップ麺84個、インスタントスープ1000個を提供
11時56分 「ひらしま」が小泉湾石浜地区石浜集会所等の被災者に対し米75kgを提供
11時57分 「たかなみ」搭載回転翼機が女川第3中学校の被災者に対しおむすび225個、飲料水432本を提供
12時03分 「とね」が南三陸町泊浜センターの被災者に対しガソリン10Lを提供
12時13分 「さわぎり」搭載回転翼機が田代島から陸自霞目駐屯地へ被災民3名を移送
12時16分 「おおすみ」が仙台塩釜港の被災者に対しアルファ米4800食、飲料水304箱、サバイバルフーズ6600食、毛布1700枚、灯油(ドラム缶70)を提供
12時32分 「あぶくま」が田代島の被災者に対し米200kg、飲料水1880L、ガソリン20L、軽油54L、その他日用品等を提供
12時46分 YS-11Tにより徳島から松島へ救援物資(6.4t)を空輸
12時46分 「あぶくま」が田代島の被災者に、ガソリン20L,水ポリタンク10個分(180L)、トイレットペーパー4箱(384ロール)、米200Kg,軽油54Lなどを提供
13時11分 「ひゅうが」搭載回転翼が原地区の被災者に対し缶飯336食、乾パン192個、毛布40枚、軽油(ポリタンク10×10)を提供
13時38分 「くらま」搭載回転翼機が網地島、田代島、桂島及び寒風沢島へ灯油ドラム缶10本を提供
13時44分 「くらま」が網地島の被災者に対し灯油(ドラム缶3缶)、給油ポンプ1台、ポリタンク5個を提供
「くらま」が寒風沢島の被災者に対し灯油(ドラム缶1缶)、給油ポンプ1台、ポリタンク2個を提供
13時55分 「くらま」が田代島の被災者に対し灯油(ドラム缶1缶)、給油ポンプ1台、ポリタンク3個を提供
14時00分 「とよしま」が雄勝クリーンセンターの被災者に対しガソリン18Lを提供
14時20分 「くらま」が柱島の被災者に対し灯油(ドラム缶2缶)、給油ポンプ1台、ポリタンク2個を提供
14時31分 「さわゆき」搭載HS-60K 76号機が名足小学校の被災者に対し、菓子パン550個、うどん(箱入り)4箱、カップ麺420個、水(520mlペットボトル)864本、シャツ60枚、解熱剤(箱入り)100箱、おむつ(セット)2セット、生理用品(セット)12セット、簡易トイレ3個などを提供
14時45分 「とね」が馬場・中山地区、名足地区、石浜地区の被災者に対し米133kg、缶飯104食、おにぎり150個を提供
14時55分 「ひゅうが」搭載回転翼機が平成の森キャンプ場の被災者に対し缶飯408色、おにぎり400個、ジュース510本、その他食料等を提供
15時02分 YS-11Mにより、岩国から八戸へ物資(毛布等)を空輸
15時10分 「たかなみ」搭載回転翼機が県立自然の家の被災者に対しパン100個、レトルトカレー200個を提供
15時19分 「くらま」が宮戸島の被災者に対し灯油(ドラム缶1缶)、給油ポンプ1台、ポリタンク2個を提供
15時45分 「ひゅうが」搭載回転翼機が県立自然の家の被災者に対し軽油(ポリタンク×2)を提供
15時58分 「ひゅうが」搭載回転翼機が志津川小学校の被災者に対し軽油(ポリタンク×4)を提供
16時04分 SH-60Kにより厚木から郡山へ救援物資を空輸
16時19分 「ひゅうが」搭載回転翼機が志津川高校の被災者に対し軽油(ポリタンク×1)、灯油(ポリタンク×4)を提供
16時21分 「たかなみ」搭載回転翼機が女川第3中学校の被災者に対しこめ00kg、パン400個を提供
16時38分 「さわゆき」搭載回転翼機が名足小学校の被災者に対し飲料水864本、菓子パン550個、即席麺420食、その他生活用品等を提供
17時03分 「ひゅうが」搭載回転翼機が大渡島中学校の被災者に対し軽油(ポリタンク×10)を提供
17時24分 「とね」が馬場・中山地区、名足地区、石浜地区の被災者に対し軽油190Lを提供
17時31分 「ひゅうが」搭載回転翼機が燦さん館の被災者に対し軽油(ポリタンク×5)を提供
17時35分 「おうみ」が渡波小学校の被災者に対し飲料水240本、毛布10枚を提供
17時38分 「さわゆき」搭載HS-60K 76号機が水浜保育所跡地の被災者に対し、カップ麺324個、シャツ60枚、簡易トイレ2個、などを提供
17時48分 「さわゆき」搭載回転翼機が水浜保育所跡地の被災者に対し即席麺324食、漬物4箱、その他日用品を提供
18時15分 「たかなみ」搭載回転翼機が志津川ベイサイドアリーナの被災者に対し飲料水432本、缶ジュース300本、即席麺2280食、味噌2樽を提供
20時37分 111空 気仙沼に1.5tの物品供与(生活用品)
他、細部確認中
(20日) 08時20分 「ゆら」が荻浜地区の被災者に対し、米40kg、ガソリン20L、乾パン640個、その他食料品等を提供
08時39分 「さわゆき」搭載回転翼機が名足小学校の被災者に対し米10kg、紙コップ160個を提供
09時22分 「ちょうかい」が網地島及び小網倉の被災者に対し、缶飯200食、乾パン256食、牛乳800パック、軍手188枚、タオル50枚、その他生活用品等を提供
09時38分 「おおよど」が小原木中学校の被災者に対し軽油40L、ガソリン40L、乾電池40本、粉石けん8個、手袋24組、サランラップ50本、ライト5個、フレキシブルライト5個を提供
10時20分 「ひらしま」が追波湾荒地区の被災者に対しガソリン20Lを提供
10時30分 「たかしま」が伊勢畑、上・下雄勝地区の被災者に対し毛布20枚、乾電池100個、懐中電灯を提供
11時50分 「おおよど」が長部コミュニティーセンターの被災者に対し軽油160L、ガソリン40L、乾電池360本、粉石けん120個、手袋216組、サランラップ150本、ライト45個、フレキシブルライト45個、残飯いれ10個及びその他生活用品等を提供
12時00分 「つきしま」、「まきしま」及び「くめじま」が大船渡湾にて海保測量船「昭洋」に対する航路港湾啓開支援を実施
12時20分 「さわゆき」搭載回転翼機が大須小学校の被災者に対し灯油540Lを提供
12時22分 「くろべ」搭載艇が女川原子力発電所地区の被災者に対し缶飯312食、割り箸144本、毛布20枚、その他生活用品等を提供
13時15分 「さわゆき」搭載艇が大須小学校の被災者に対し空ポリタンク38個の提供
13時56分 「はるさめ」搭載回転翼機が小原木小学校の被災者に対しトイレットペーパー100、シャツ14枚その他生活用品等を提供
14時09分 「はるさめ」搭載回転翼機が大島中学校の被災者に対しトイレットペーパー100、洗剤4、シャツ14枚その他生活用品等を提供
15時00分 「おうみ」搭載回転翼機が東松山市宮戸小学校の被災者に対し、飲料水240本(2L)、災害用組み立て式トイレ14組、災害用排泄物収納袋1箱を搬送
15時02分 「さわゆき」搭載回転翼機が原地区針岡第1原会館の被災者に対しおにぎり400個、カップめん180個、水240L、灯油540L、毛布25枚、菓子パン200個を提供
15時25分 「おおよど」搭載艇が赤牛漁港付近の住民の要請により、陸揚げ中の漁船の普及作業支援を実施
16時19分 「さわゆき」搭載回転翼機が雄勝中学校の被災者に対し、米40kg、カップ麺528個、水228L、灯油180L、菓子パン200個、解熱剤100箱、その他生活用品等提供
16時31分 「くりはま」から「おおなみ」搭載回転翼機にて、ままなす会館500名、中村第一小学校450名、スポーツアリーナそうま260名、向陽中学校4

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福島第一原発(東北地方太平洋沖地震)に関する事実関係(2011.03.22.1225)

2011-03-22 13:48:26 | 防災・災害派遣

◆記事は全てNHK情報

 日本史上最悪の原子力事故に対し多くの情報が飛び交っていますが一部には信頼性に欠ける情報も流されています、このため流言飛語を防止する観点から本記事は全てNHKHPからの転載です。

◆出典:NHK

“2号機の煙 ほぼ見えなく”
東京電力福島事務所は、22日正午すぎから記者会見し、福島第一原子力発電所の2号機の煙は22日午前7時すぎの時点で、ほとんど見えない状態にまで減少していることを明らかにしました。
また、3号機についても灰色がかっていた煙が白みがかった煙に変わり、煙の発生は収束に向かっているという見方を示しました。

3月22日 12:25更新

▲ページトップへ福島第一原発 外部電源復旧へ作業再開
冷却機能が失われ深刻な事態に陥っている福島第一原子力発電所では、21日に3号機などから煙が出た影響で途中で打ち切りになった外部電源の復旧作業が、22日午前7時ごろから再開されました。
東京電力は、23日までに1号機と2号機の復旧を目指しています。
福島第一原子力発電所では、21日夕方、3号機から灰色がかった煙が上がったほか、2号機からも水蒸気のような白い煙が出ているのが見つかり、東京電力は、電源の復旧工事を途中で打ち切りました。
福島第一原発では、2号機から西におよそ1キロ離れた発電所正門付近の放射線量が、21日午後6時半には1時間当たり1932マイクロシーベルトまで上がりましたが、その後下がる傾向が続き、22日午前7時半現在で1時間当たり261.6マイクロシーベルトになったということです。
福島第一原発では、22日朝も、2号機と3号機で白い煙が出ているのが確認されていますが、東京電力は、復旧工事を進めるうえで大きな問題にならないとして、外部電源の復旧作業を午前7時ごろ4号機で、また8時ごろ2号機で再開しました。
また、これまで1号機と2号機、それに5号機と6号機で電気を流せる状態でしたが、新たに22日午前10時35分に、3号機と4号機でも電気が流せる状態になりました。
原子力安全・保安院によりますと、東京電力は23日までに1号機と2号機の復旧を、また24日までに3号機と4号機の復旧を目指しているとしています。
また、21日中断した放水は、3号機では東京消防庁が1時間程度の作業を予定しているほか、4号機では、東京電力が手配した場所を絞って大量の水を注ぎ込める特殊な車両での作業を、早ければ夕方にも行いたいとしています。

3月22日 12:25更新

▲ページトップへ福島第一原発の表面温度 毎日測定へ
北澤防衛大臣は、閣議のあとの記者会見で、福島第一原子力発電所の2号機と3号機から煙が上がるなどの状況の変化を踏まえ、自衛隊のヘリコプターによる表面温度の測定作業を毎日行う考えを示しました。
福島第一原子力発電所では21日、3号機の原子炉建屋から灰色がかった煙が上がり、2時間余りにわたって出続けたほか、2号機の原子炉がある建物からも、水蒸気のような白い煙が出ているのが見つかり、東京電力は、電源の復旧工事などに当たっていた1号機から4号機までの作業員全員を屋内退避させました。これに関連して、北澤防衛大臣は、閣議のあとの記者会見で、「これまで原発の温度測定は週2回の予定だったが、今後は、毎日行う。突然、水蒸気が出たり、黒い煙が出たり、変化が激しいので、国民に安心感を与えるためには、毎日モニタリングすべきだという判断であり、総理大臣官邸も望んでいる」と述べ、福島第一原発の状況の変化を踏まえ、自衛隊のヘリコプターによる表面温度の測定作業を毎日行う考えを示しました。

3月22日 12:10更新

▲ページトップへ海水から放射性物質“監視を”
東京電力が、福島第一原子力発電所近くの海水を調べた結果、国の基準を上回る放射性ヨウ素や放射性セシウムなどが含まれていることが分かりました。
専門家は「直ちに健康に影響が出ることはないが、魚介類への影響を考えると厳しい監視を続けていく必要がある」と話しています。
東京電力は、21日午後2時半に、福島第一原発で施設からの水を流し出す「放水口」の南100メートルの地点で、海水に含まれる放射性物質を調査しました。
その結果、▽放射性ヨウ素131が法律で決められた基準値の126.7倍の濃度で検出されたほか、▽放射性セシウム134が24.8倍、▽放射性セシウム137が16.5倍の濃度で検出されました。
また、▽国の基準値を下回る放射性コバルト58が検出されました。
基準値は、国民が水を飲む平均的な量を1年間毎日飲み続けると、一般の人が1年間に浴びても差し支えないとされる「1ミリシーベルト」に相当する濃度を示しているということです。
これについて、海中の放射能に詳しい海洋生物環境研究所の御園生淳研究参与は「放射性物質は海の中で拡散していくので、直ちに健康への影響が出ることは考えられない。
また放射性ヨウ素については、8日で半分になるので魚介類への影響もなくなると思う。
ただ、放射性セシウムについては、魚の中で濃縮されるので、今後、どのくらいの量が継続して出るのか厳しく監視し、影響を評価していく必要がある」と話しています。
また、原子力安全・保安院は、22日午前、会見し、国の原子力安全委員会に環境などへの影響について評価を求めるとともに、文部科学省でも海水の調査を始めると述べました。

3月22日 12:00更新

▲ページトップへ
“放射線量 大きな変化なし”
経済産業省の原子力安全・保安院は、22日午前10時20分すぎの記者会見で、福島第一原子力発電所では、22日朝も、2号機と3号機から白い煙のようなものが上がっているものの、発電所周辺の放射線の量に大きな変化はないことを明らかにしました。
それによりますと、東京電力福島第一原発では、21日、灰色がかった煙が上がった3号機から、22日朝も白い煙のようなものが上がっているほか、2号機からも白煙のようなものが出ているということです。
一方、2号機や3号機から西におよそ1キロ離れた発電所正門付近の放射線の量は、21日に2号機から白い煙のようなものが確認されたあとの午後6時半には、1時間当たり1932マイクロシーベルトでしたが、22日午前0時に1時間当たり331.8マイクロシーベルトに下がり、22日午前7時半には1時間当たり261.6マイクロシーベルトになったということです。
これについて、原子力安全・保安院は「発電所周辺では放射線の量に大きな変化は見られない。21日の夕方、一時数値が上がった2号機の周辺でも、現在は落ち着いている」と話しています。

3月22日 11:45更新

▲ページトップへ
放射線量“落ち着く傾向に”
福島第一原子力発電所周辺の放射線量の値は、21日夕方、2号機から白い煙が上がったあと一時的に上昇しましたが、その後、下がる傾向にあることが分かりました。
経済産業省の原子力安全・保安院は「風の影響もあるが、落ち着く傾向にある」と話しています。
福島第一原子力発電所の2号機では、21日午後6時20分ごろ、原子炉の入った建物の屋根から白い煙が上がっているのが見つかり、1号機から4号機で作業していた全員が屋内に避難しました。
東京電力によりますと、2号機から西におよそ1キロ離れた発電所正門付近の放射線量は、午後5時40分に1時間当たり494マイクロシーベルトだったのが、午後6時半には、1時間当たり1932マイクロシーベルトまで上がりました。
値は、その後21日午後8時ごろからは下がる傾向が続き、22日午前5時現在で、1時間当たり273.9マイクロシーベルトに下がっています。
これについて原子力安全・保安院は「風の影響もあるが、落ち着く傾向にある」と話しています。

3月22日 8:45更新

▲ページトップへ
原発襲った津波は14m以上
東北の太平洋沿岸を襲った大津波でさまざまな設備が故障し、冷却機能が失われた福島第一原子力発電所と、隣の福島第二原子力発電所では、想定の2倍を超える14メートル以上の津波を観測したことが分かりました。
東京電力が、11日の地震のあと、福島第一原発と福島第二原発を襲った津波について調べた結果、原子炉がある建物の壁に残った跡などから津波の高さは、いずれも14メートル以上あったことが分かりました。
東京電力が想定していた津波の高さは、▽福島第一原発では最大5.7メートル、▽福島第二原発では最大5.2メートルで、いずれも、想定の2倍を超える高さの津波が襲っていました。
福島第一原発では、海沿いに設置された非常用ディーゼル発電機や海水を取り込むポンプなどの設備が水につかって故障し、原子炉を冷やすための機能が十分に確保できない事態になっています。
福島第一原発の、原子炉がある建物やタービンがある建物は、海抜10メートルから13メートルのところに建てられていて、これらの設備でも一部が浸水する被害が出ました。
東京電力は、「想定していた地震の規模は、マグニチュード8.0と実際の地震より『1』小さく、今回は空前の規模だと認識している。今後原子炉を安定させたうえで、津波の被害について検証する必要がある」と話しています。

3月22日 6:05更新

▲ページトップへ
放射線量上昇は2号機影響か
21日、福島第一原子力発電所の2号機から白い煙が上がり、その後、2号機の西で放射線量の値が一時的に上昇したことについて、経済産業省の原子力安全・保安院は、風向きや時間帯などから、関連があるという見方を示しました。
福島第一原子力発電所の2号機では、21日午後6時20分ごろ、原子炉の入った建物の屋根から白い煙が上がっているのが見つかり、1号機から4号機で作業していた全員が屋内に避難しました。
東京電力によりますと、2号機から西におよそ1キロ離れた発電所正門付近の放射線量は、午後5時40分に1時間当たり494マイクロシーベルトだったのが、午後6時半には、1時間当たり1932マイクロシーベルトまで上がりました。
値はその後、再び下がり始め午後10時には1時間当たり380マイクロシーベルトになったということです。
これについて原子力安全・保安院は、白い煙は使用済み燃料プールの水が蒸発した水蒸気の可能性があるとしたうえで、当時の風が2号機側から正門側に向かって吹いていたことや、時間帯が一致することから放射線量の値の上昇に2号機から出た白い煙が影響しているのではないかという見方を示しました。
原子力安全・保安院は燃料棒が壊れて、プールに放射性物質が漏れ出している可能性もあるとして、注意深く監視することにしています。
tp://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/

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福島第一原発へ74式戦車災害派遣!放射線危険区域での障害除去を実施

2011-03-22 04:11:06 | 防災・災害派遣

◆雲仙普賢岳噴火災害以来の戦車出動!

 74式戦車の部隊が世界の危機に立ち上がりました!、防衛省によれば福島第一原発での障害除去を任務として駒門駐屯地より74式戦車2両と78式戦車回収車を派遣したとのことです。

Img_4457  原発事故は日本だけではなく世界の危機、日本は74式戦車に助けられてばかりだな、と思ったりしたのは雲仙普賢岳噴火災害における災害派遣以来の74式戦車派遣であった事からなのですが、前回の普賢岳への災害派遣は強力な投光機、夜戦用赤外線サーチライトの赤外線フィルターを取り外して運用したものですが、これを用いて火砕流監視に充てて対応していました、今回の戦車災害派遣はあの時以来の時ではないでしょうか。

Img_4181  74式戦車の任務は、福島第一原発の原子炉へ放水作業を行う消防車両の障害となっている瓦礫などを排土板により除去する障害除去任務です。これは東京消防庁の放水作業に際して屈折梯子消防車を展開させたところ瓦礫が障害となり放射線が検知されている状況下で危険な降車作業を強いられたためです。

Img_4230  排土板を装着し、放射線の危険がある地域での戦車の運用ですが、戦車には核戦争下での運用を警戒しNBC防護能力が付与されており、ヨウ素等の放射性ガスはもちろん、空気中に飛び交うセシウムやストロンチウムといった粒子状の放射性降下物から乗員を防護出来、原子炉本体からの中性子線以外の放射線についても戦車の装甲は乗員を防護する事が可能。

Img_4928  しかし、74式戦車が派遣された、という事は放射性降下物いよる汚染状況が一定以上の数値となればそのまま廃棄することも考えられているのでしょう。現状は、自動で障害除去作業を実施可能な施設作業車が充分な数を調達できていないことから、戦車でなければ遂行が難しい任務といえ、まさか導入当時に原子力災害で運用される事は想定されていなかったでしょうけれども、原発事故という日本だけではなく世界を核の災害から救う第一線へ74式戦車が投入されることとなります。乗員の無事と任務の完遂を祈りたいですね。

HARUNA

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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