◆非常に穿った見方で恐縮ですが
リビアの北方、マルタにイギリス空軍がタイフーンの展開を検討しているという話が流れ一週間ほど経ちました。
リビアのカダフィ大佐は北アフリカと中東諸国において発生した民主化要求運動のリビア国内の波及に対して重火器と航空機によるデモ隊への攻撃という、天安門事件以来の暴挙に出ています。これに対して北アフリカの地域安定が欧州の安全保障にも影響が大きいとの観点からNATOはイギリスを筆頭にリビア上空に飛行禁止空域を設定し、民主化要求を行う反政府勢力に対するリビア空軍の航空攻撃を阻止させよう、と検討中です。アメリカは地中海に空母を派遣していますが、空母一隻では足りなくなるとして兵力不足を理由に当初反対し、続いて中東に対してアメリカが内政への軍事介入を行うという姿勢を見せたくない、と言い換えて消極姿勢です。
非常に穿った見方で恐縮なのですが、トンデモ説として聞いてみてください。イギリスがリビアへの飛行禁止空域設定の姿勢を示しているのは削減予定の空軍部隊によるポテンシャルの明示、そしてアフガニスタンからリビアへシフトしよう、と考えている点もあるのではないでしょうか。イギリスが現在、財政難から陸海空軍の大幅削減を検討中です。自衛隊の削減計画とは比べ物にならない勢いです。そういうのもサッチャー政権時代から製造業を超えて金融業にシフトしたイギリス、欧州通貨基金からも距離を置きユーロも加入せず、その分金融取引で欧州通貨基金の制約を受けず低い手数料を設定することで欧州の金融中枢を狙い成功していたところにリーマンショックが訪れ未だに脱却できないイギリス、国防費は10%縮減、福祉予算は30%以上削減。確か日本の今の与党は防衛費5000億円削減を提案していて、幸いこの公約も他の公約と同じく実行していないのですが、10%の縮減が軍事力にどれだけの影響を与えるかイギリスが証明してくれていました。
自衛隊も防衛大綱改訂により脅威が目の前にもあるという状況で戦車などが削減されていますが、イギリスは脅威が消失しているため縮減の幅が凄いです。戦車は全廃か百両前後を残すか議論され、陸軍の主力だった欧州流龍部隊は廃止、装甲戦闘車も全廃して墺製のものに置き換えようという話が出ていて、軽空母の艦載機ハリアーは基地ごと廃止、海軍の水上戦闘艦は佐世保基地と同程度の13~17隻に削減する話があり、戦略ミサイル原潜も廃止が論議される始末、空軍は新鋭のタイフーンさえもトランシェ3への近代化改修予算が捻出できず50機縮減を検討、固定翼哨戒機は全廃が決定され、もう自衛隊に置き換えれば、という事なんて言えないほど。日本と違うのはバラマキの多面縮減ではなく本当に歳入が少ないため、福祉の削減は30%以上で、医療費が無料の国ですから病院の運営日数を減らすか有料にするか、という議論になりますし、渋滞税は値上げで消費税も増税、王室予算が少なくなるのでバッキンガム宮殿の有料一般公開日を増やしているという状況、何でもありの状態。
タイフーンまで近代化改修の予算が捻出できないので早期退役を考えている、となると、なんでも近代化改修にはF-15の近代化改修と同じくらいかかるとのことですが、F-4の、とか考えてしまうのは置いておいて、頭が痛いのはアフガニスタン戦費でしょう。タイフーンの早期退役の背景には旧型化しているトーネード攻撃機がアフガニスタンで近接航空支援に必要という事でそちらを優先した事もあるようなのですが、NATOとして北アフリカの安定が欧州の安定に必要だ、と姿勢を示してマルタ島に部隊を集結、リビアにPKO部隊が必要になった場合を考えて、アフガニスタンのISAFから部隊を一部撤収させる、という方便が成り立つようにみえてくる次第。NATOの事務総長をイギリスが出している訳でもなく、リビアの油田からの供給が無くなり原油が高騰してもイギリスには少ないながら北海油田があり、イタリアのように対岸のリビアから難民が押し寄せるという可能性も無いイギリスが積極的だと、どうしてもそういう方向に考えてしまう。
実際問題、アフガニスタンで運用するマスティフ装輪装甲車やジャッカル軽装甲車等、価格は50万ポンドするにもかかわらず数百両単位で取得していますし、イギリス軍の歩兵装備などはイラク戦争が始まった事よりもボディーアーマーを筆頭に小銃以外はどんどん更新されていて、あの費用がかなりのしかかっている訳で、世界一巨大なチャレンジャー戦車こそ投入していないのですが、兵士の犠牲が増えれば国内世論に大きく響いてしまう事からタイフーンからアパッチまで山岳戦での支援に使える装備を最大限投入、空中給油機や輸送機が整備不良と構造疲労で少々落ちていますし、現状の予算状況では、引くタイミングを探っている状況、と推測します。推測というのもアメリカのオバマ政権があと一年程度で完全撤退する、と発表していますし、武装勢力タリバーンにすれば、後一年頑張れば米軍がいなくなる、として士気が上がっている状況、ここでタイミングを逃してしまったら米軍がいなくなった後で一手に引き受ける事にもなりかねない、そういう事実関係を勘案して、リビア情勢に対応する形で引く機会をうかがっているのだろう、と推測しました。今のイギリス陸軍は陸上自衛隊よりも人数が少ないのですし、ね。
アフガニスタンですが、各国ともに出口戦略を模索しています。アメリカがオバマ政権の誕生とともに任期中でのアフガニスタンからの撤退を明示してしまったので、アメリカがいなくなるアフガニスタンで、その治安任務を一手に引き受けることは不可能だからです。しかし、世界でほぼ唯一何度か日本だけがアフガニスタンへ介入することを検討しています。医官を訓練名目で派遣できないか、民間NGOを山間部(武装勢力は山間部にいます)に派遣して人道支援を、等などここ一年ほどでそうした発言が出ています。インド洋対テロ海上阻止行動給油支援を中断してアフガニスタンでの支援に切り替える、と言っていまして、更にインド洋給油支援が実際に終了させてしまっているのですからね。ここで、イギリスが抜ける分、日本に自衛隊の派遣をお願いしたい、と言われる可能性が生じてきているようにも。アメリカの撤収まで、一年程度、一個連隊戦闘団と航空部隊を派遣してほしいと言われても不思議では無いのではないか、と危惧。行くにしても、イギリス軍並の高度な個人装備と山岳戦用の装甲車、それに充分な数のAH-64Dを緊急輸入して展開するならば、犠牲者は局限化できるかもしれませんが、すぐには無理ですので、なんとか外交手腕で断ってほしいものです。推測の二乗を危惧するのは何とも妙なものなので、聞き流してほしいのですが、テロとの戦いから距離を置いてしまった日本へ、同盟国として、ステイクホルダーとして道義的にも派遣を求められた場合、考えなしに了承してしまいそうなのがちょっと心配。
いまさらですが、インド洋海上阻止行動給油支援の再開を打診してみて、一応日本も場所は違いますがアフガニスタンの任務支援の為に部隊を出しています、という姿勢を見せる事は、重要なのかな、と。一応現与党は建前ですが、アフガニスタンの安定化に寄与したい、と言っているのですが、しかしそれを実行するとなると、アフガニスタン方面隊を創設して三個師団くらい張り付けなければ無理でしょう。アメリカ主導ではなく国連主導を望んでいるはずだ、と発言も鳩山首相時代にはありましたが、そもそもタリバーンのイスラム原理主義、つまりムハンマドが生まれた時代と同じ社会環境に戻すことはアフガニスタン国内でも歓迎されていないのですよね、そして何より安定を求めているとアフガニスタン国内ので世論調査では回答の多数を占めていました。だからといって、日本には出来る事と出来ない事がある、中途半端に派遣するにしても、地域研究と戦術研究、装備体系更新と運用訓練でせめて二年は欲しい、そう考えると、インド洋給油支援再開は、こういう状況だからこそ検討するべきだろう、と。自民党も相談に乗ってくれる可能性はありますし。
リビアへの飛行制限空域設定ですが、アメリカは難しいだろう、兵力が足りない、とは言っているのですが、1991年から2003年までイラク重空の飛行制限空域設定でNATOと米軍は実績があります、懲罰空爆の際は別としてそこまで大きな兵力は必要では無かったのでして、無論リビアにはSAM等の脅威が健在ですから、この脅威を排除する必要もあり飛行制限空域設定は下手をすれば武力紛争に発展する危険性も備えているのですけれども、一方でリビアが装備しているSAM等は欧州製が多く80年代から更新が経済制裁により中断しているという点も踏まえると、実際問題として行う事は不可能ではないでしょう、設定しても機能するかは別、というような意見ではなく、上記の理由と飛行可能な航空機数との兼ね合いで、です。これにより、アフガン等への波及効果も考えられますので、日本の為政者の方は慎重に行動をお願いしたいです。
HARUNA
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