◆実現すれば最大30億ドル規模の巨大防衛契約へ
日本の潜水艦がオーストラリアへ輸出される可能性が出てきました。ロイター通信が9月1日付で伝えたところによると、関係者からの話として、オーストラリアの次世代潜水艦を日本で建造へ両国が協議を交わした、とのこと。
現在のコリンズ級潜水艦を置き換える新潜水艦の新造を計画するオーストラリアが、海上自衛隊へ潜水艦を建造する川崎重工業と三菱重工業 に建造を発注し、完成した潜水艦を輸入する方向で調整している、ロイター通信は複数の関係者からの情報として東京発及びシドニー発として報じました。AIP潜水艦そうりゅう型潜水艦がその候補とされ、そうりゅう型の建造費はオーストラリア海軍の建造計画予算を超過してしまうことから、日本はオーストラリアの予算と仕様に応じた艦を造る意向をしめしているとのことで、ロイター通信によればこの潜水艦輸出について両国は年明けにも合意する可能性がある、と報じられています。
オーストラリア海軍の新潜水艦構想は、完成した潜水艦の輸入の他、ライセンス生産を行う海外製潜水艦を自国で建造する、潜水艦機関部分のみを輸入し自国内で船体については設計し建造する、海外からの技術協力を受けて国内で建造する、という選択肢の下計画されており、これにより6隻のコリンズ級潜水艦を置き換えるわけです。コリンズ級潜水艦はスウェーデン海軍のゴトランド級潜水艦に範を採って国内で改良型として計画し建造したものですが、機関作動音や水中ノイズ等が設計と建造技術の限界からかなりの部分が指摘され非常に発見されやすい潜水艦としての致命的な問題点を抱え、併せて予備部品など野整備能力の問題から非常に稼働率が低い潜水艦として問題視されてきました。
新潜水艦を自国で建造する際には最低でも設計技師を中心に1000名規模の技術者が必要となるとの試算があるのですが、オーストラリアでの潜水艦建造を担当する南オーストラリア州の防衛産業には200名程度の技師しかおらず、残念ながら長期的に開発計画を立てなければ建造をコリンズ級の代替に間に合わせる事は出来ません。既に三菱重工と川崎重工の関係者が防衛省関係者と共にオーストラリアアデレードの潜水艦建造施設を視察しており、南オーストラリア州で防衛産業に携わるのは2万7000名に達すると共に艦船系統の造船にはうち3000名が関与しており、少なくともオーストラリア海軍は自国内での潜水艦への整備を検討しているとも報じられることからその技術的基盤の検討を行ったのでしょうか。
一方で問題としては、日本からの潜水艦輸入という命題は同時にオーストラリア国内での潜水艦建造技術の喪失につながるもので、もとよりコリンズ級は2003年の建造終了後、既に十年以上が経ていますから潜水艦については失われる技術が無いのですが、自国で海軍から受けられると想定した建造を日本が受注することは、フォード・モーターやトヨタ自動車にゼネラル・モーターズのオーストラリアからの生産撤退と言った過去の産業撤退以上の大きな問題を特に失業者などの発生という面で及ぼすため懸念する声もあるようです。もっとも、日本からの視点ではインドへのUS-2救難飛行艇15機の輸出も総額16億ドルの巨大契約見込みになったけれども、潜水艦は一隻750億円、オーストラリアがコリンズ級潜水艦の後継に導入するならば6隻を整備するわけで、これ、日本の防衛産業史上でも最大規模の輸出事業になりそうだ、という意味でもあるのですが。
今後この交渉が実現した場合、防衛産業は維持か高コストか、という逃げ場のない選択肢に光明を見つけられるかもしれません。また、計画中のコンパクト護衛艦も多機能レーダ装置とセットで国際市場に示した場合、オランダやドイツが頑張る中型水上戦闘艦市場にも切り込めるかもしれないところ。ただ、潜水艦に限っては日本製が選ばれた背景が豪州海軍が長大な航続距離を通常動力潜水艦に求めているからで、ドイツの212型の牙城を国産潜水艦が今後切り崩せるかと言えばそうでもない もので、例えばコンパクト潜水艦として、水中排水量1800~2000tくらいの通常動力潜水艦を今後計画すれば需要はあるかもしれないけれども、海上自衛隊も航続距離を求めているのでそれは無理でしょう。なお、この種の話題が出ると共によく視点として挙げられるのは技術流失の危惧ですが、これは杞憂であると考えます。こういいますのも、オーストラリア海軍がスウェーデン製潜水艦の技術発展型開発に失敗しており、模倣できるものでは無いのです。外見から模倣できるものとそうでない分野があり、それと同程度に日本で生産するオーストラリア海軍仕様そうりゅう型のオーストラリア独自仕様となる戦術情報システムなどの設計情報がデジタルデータとして日本から流出するのではないか、という危惧にもつながるところ。表面的な模倣は出来たとしても中身の模倣は簡単ではありません。
今回の協議は、かねてよりオーストラリア海軍が新潜水艦として海上自衛隊の潜水艦そうりゅう型に興味を示しており、武器輸出三原則の関係上不可能とされた装備品の海外供与ではありますが民主党時代から調査などをオーストラリア政府は打診しており、これが実現した形となりましょう。特に日豪はリムパック環太平洋合同演習において相互の潜水艦の特性を理解しており、この点も背景にあるのかもしれません。そうりゅう型潜水艦は海上自衛隊が1970年代から継続している非大気依存方式、つまり原子力以外の通常動力潜水艦がもつ動力源であるバッテリーの充電のために浮上し酸素を消費しつつ発電機を稼働させる方式から、潜航しつつ動力を得られるよう高圧ヘリウムを用いたスターリング機関を採用しています。加えて海上自衛隊の潜水艦は太平洋での外洋作戦を志向し高い航続距離を得るために大型の船体を採用、これが通常動力潜水艦によるオーストラリア大陸防衛の任務に当たる海軍の要求性能と合致したのだともいえます。
重要な点は、今回の契約が三菱重工と川崎重工が製造を担当する潜水艦という装備故の成功事例であるのか、他の中小防衛産業でも対応できるのか、その協議機構についてです。防衛産業、日本の場合は兼業の多数企業が関与している状態なのだけれども、海外に本格的に輸出する場合、技術支援する現地法人群を包括指揮できる防衛産業の集約はある程度必要なのではないか、と考える一方、日本の場合は商社というシステムがあり、企業そのものが販路拡大を全部負担しなくてもいいという利点がある。国産品を海外に提示して販売する方式を商社に一任し、技術支援と整備支援だけ現地に合弁企業を、特に地域拠点を構築してバックアップを集約する体制を採れば、例えば東南アジア地域や欧州地域というかたちで拠点国を設定する方式を採用したならば、日本は今の防衛産業の形態を維持できつつ装備品の海外移転も円滑に行えることになるかもしれない。
防衛産業の効率化を討議する際にしばしば示される意見の一つとして現在の防衛産業の在り方を解体し再編する、という提案があります。所謂業界再編を政治主導で行うというもので、防衛産業を集約したほうが装備調達の効率化に寄与するという意見も無い訳ではないのですが、難点としては日本の防衛産業は不採算事業を防衛省が押し付けるを得ない財政状況があるので、特に一部契約では製造や支援で余剰金が発生すれば、通常これを利益に転換できるところでも返還しなければならないという調達契約になっていることもある。だからこそ、本業を中心として防衛需要率が低い企業の方が対応できる分野が多いためで、このなかの防衛需要部門という不採算部門に近い部分を切り離して集約すれば、結局企業体全体が不採算の赤字企業となるため、外資の買収に曝される危惧がある。結果的に無理に集約して現在の企業構造を壊すよりは現状維持のまま対応する選択肢を模索したほうが良い。
そもそもの問題は防衛産業が非常な不採算部門であることで、赤字であっても対応しているのは悪い言い方で言うならば戦前からの国家と企業体の癒着構造、現状に合致した表現ならば不採算であっても国内企業であるために断れない、という構図が出来上がっているため。企業としては不健全でも企業の社会貢献という割り切りならば、一概に評価できないところ。結局、外資に脅かされる場合は、後年度負担方式や一括発注多年度分割引渡、という日本式の調達が不可能となる可能性であり、ヶ国がこうした方式を採らずとも対応できるのは政策上の国防の優先度に起因した国防費の自由度、我が国の防衛費と財政当局との過剰な緊張関係が無いところにも起因しているといえる。 まあ、予算的に無理が利くならば、こうした問題はそもそも生起しなかったのですけれども。
一方で防衛装備品が輸出を現実問題として検討している背景には、従来防衛政策の上に外交政策として、憲法も含め防衛装備品を海外に供与しないという国是があり、それに次いで防衛政策の国土防衛と主権維持というものがあったということで、加えて防衛装備品がこの政策にのることで費用高騰になったとしても黙認する合意形成が為されていた。これが高度経済成長と安定成長の時代にはある程度黙認されたのだけれども、現状では財政難が徐々に問題となり、防衛装備品の取得費用を抑えて持続的な防衛政策を採らなければ財政破たんという逃れられない難題を突き付けられ、外国政策と憲政を支える国家基盤としての財政基盤にも悪影響が生じる、ということになったため。
防衛産業を維持するということは日本の財政状況に起因する伝統的な調達体制を維持し現在までの予算体系で維持出来た装備体系を維持し我が国の防衛を維持するということ。故に無理な改革を行い現在の体制を危険にさらす事は得策ではないし、調達費用が高くなるのを黙認するならば上記の財政面との連環関係を維持できなくなる。即ち防衛予算を増額できない現状において、防衛費を更に押さえろという財政的要請に応じられない中、防衛産業の現在の体制を維持しつつ防衛産業がこれ以上生産費用を高騰させないまま継続させるという選択肢に、輸出という選択肢があるのならば、その方式はある意味相当真剣に検討しなければならないといえるところ。
ただ、US-2輸出という最初の事例が実現すれば16億ドルの大規模契約となり、潜水艦の輸出が実現すれば既存のコリンズ級潜水艦の後継として6隻が調達されるとして最大で30億ドル前後の巨大契約となる、イギリスとの戦闘機レーダー共同開発計画やF-35搭載用ミサイル共同開発計画に将来自走榴弾砲開発計画なども検討されているところが報じられているところ。非常に自制して防衛装備品の海外移転を実施してこなかった我が国は、日本製防衛装備品が海外との主流からかい離した所謂ガラパゴス化に陥っているという批判もあったため、ここまで防衛装備品を輸出に転換した際に海外からの需要があるとは必ずしも考えられなかったため、技術移転と機密管理の在り方や生産体制の拡大縮小の長期計画など、生産維持や費用縮減などで好影響は多いものの真剣に考えなければならない分野が増えている事もまた事実と言えますね。
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