◆謂れなき諸国民の悲劇を繰り返さぬために
本日は9.11、アメリカ本土同時多発テロ追悼の日です。そこで改めて、十三回忌、あの出来事がいまのわたしたちの世界への影響について当方の視点から考えてみたいと思います。
アメリカは同時多発テロ後、対テロ戦争を掲げ国際テロリズムとの正面を切っての戦争に挑みました。アフガニスタン空爆とその後の軍事介入、2003年からのイラク戦争等はその端的な事例として記憶されるのですが、同時に世界の対テロ戦争に対し訓練支援や軍事援助などを含め国際テロリズムの根絶に挑みました。この評価は分かれるところですが、既に我が国では1990年代にカルト教団による神経ガスや生物兵器の密造とテロへの使用という実例があり、大都市を標的とした次の大規模なテロを防ぐためにはその策源地に対し何らかの措置を採る必要があった、という認識は文明社会を維持する上で他に選択肢はありませんでした。
破綻国家の策源地化、これはアフガニスタン国内での武装勢力タリバンが同時多発テロの首謀者であるアルカイダの活動拠点を供していたことで、対テロに関して必要な措置を行う上でその選択肢に大規模な軍事介入という措置は妥当なものでした。こういいますのも、策源地を確保したうえで策源地よりも外に出ず、理想を追求するという意味での行動規範に留まるのならば、もちろんその行動圏内では自由権などを不当に奪われる事例が損z内するのならばそれは人道問題ではあるのですが、周辺国への主権侵害などには繋がらないため、看過する余地はあったのかもしれません。しかし、策源地として遠隔地を攻撃する基盤となっているのであれば、何らかの措置を採らざるを得ません。
こうした認識はISILの攻勢が激しい中東地域において再度顕在化しています。アルカイダは主張を果たすための手段、イスラム原理主義の行動規範はムハンマド以前の状態まで文明を退化させることでイスラムの教義が広まる土台を構築するもの、としていますので、言い換えれば世界の文明水準が七世紀中ごろまで疲弊するまでテロを行う、というものです。これは敬虔なイスラム教徒でさえも、コーランが普及した後の論理に立脚して物事を考えるため、少なくとも原理主義の掲げる理想からは逆に外れてしまうのですが、この文明破壊というべき状況を世界中に押し付けられるのであれば、たまったものではなく、彼らと我ら、という対立軸が生じてしまいます。
そして現在のISILは、世界中に普及させるという名目は掲げていませんが、イスラム国の最大版図を再現するとして、中東全域はもちろんアフリカ北部に南欧及び中欧、ロシアの一部や中国の一部までをその領域として目標に掲げています。無論、ISILが理想を掲げたままロシアや中国へ侵攻した場合、世界大戦の引き金になりかねない規模の武力紛争に展開しますし、南欧及び中欧諸国はNATO加盟国が含まれるため、強行された場合北大西洋条約に基づく集団的自衛権の行使が行われ、対立軸は非常に懸念すべき内容を含めた重大な状況を構成してしまう、この大きな危惧を避けるためにも、テロとの戦いは、相手が武力攻撃という手段を捨てない限りは行動せざるを得ない、こういう事が出来るでしょう。
一方で、アメリカの対テロ戦争を考えますと、イラク戦争については少々情報解析に手落ちがあったのではないか、ということが認識されるべきです。もともと当時のフセイン政権は社会主義革命を経て成立した国家であり、独裁的な手法を用いていましたが、参政権などの概念は中東諸国において選挙権そのものを国民へ付与していない国々がありますので、まだイラクは進歩的であったのだ、ということは言えるかもしれません。更にアルカイダはイスラム原理主義であり、イラクは社会主義革命を経て成立した国、果たして共闘関係を構築し得たのか、と。イラク戦争の要因は、イラク政府が大量破壊兵器をテロリストに供給する、という危惧で、国家がテロ組織を運用することはイラン革命防衛隊とヒズボラの関係、リビア政府によるロッカビー事件をはじめとしたテロという事例があり、この方式を踏襲する可能性が背景にあったのですが、このあたりの分析を確実に行っていなかったこと、これは論点となり得るもの。
他方で、対テロ戦争などの一連の軍事行動についてアメリカではこのイラク戦争への情報解析や意思決定過程における意見集約という反省と派遣期間が長期化しているアフガニスタン派遣などで、軍事力の行使について非常に慎重になっている、現在のオバマ政権が特に顕著ですが、軍事力と投射しなければ状況拡大を阻止できず結果的に事態鎮静化への労力が長期的に格段に増大するという危惧、軍事力を正面に出さなければ交渉そのものが成立しない状況での威圧的な軍事力の使用への忌避、軍事力そのものの位置を誤って国際情勢の悪化を阻止できない、という、対テロ戦争の反省が誤った方向から為されているがゆえに、新しい危機を生じさせている、という現状は看過できない。
加えて対テロ戦争の膨大な戦費、イラク戦争大規模戦闘終結後のイラク治安作戦でさえ、日本の防衛費一年分よりも大きな規模の駐留経費を負担する必要があり、アフガニスタン駐留経費も同様に日本の防衛費一年分を超える規模の経費を国防費に背負わせました。ある意味納得が行くのは、例えば巡回用の耐爆装甲車が大量に必要になった際、通常の自衛隊などが導入する装甲車と同じか上の費用を要する装甲車両を急増する必要があり、使い捨てに近い形で短期間に一万両以上調達しており、こうした予算面への圧迫は様々な新装備への悪影響を及ぼしました。例えばF-22戦闘機の調達縮小やF-35戦闘機開発予算縮小に伴う開発遅延、次期駆逐艦ズムウォルト級建造数大幅縮小、FCS次世代陸軍装甲車両体系開発中止、次期偵察ヘリコプター計画中止、影響は枚挙にいとまがないほど。
アメリカ軍の対テロ戦争への過剰負担が引き起こした米軍事世代装備体系の開発中止と配備縮小は結果的に世界規模での米軍による抑止力低下をもたらし、我が国から見た場合中国の軍事行動拡大と前政権下での稚拙な外交政策と相まっての日中武力紛争危機の顕在化、欧州地域では米軍と歩調を合わせたアフガニスタン派遣やイラク派遣への戦費捻出による新装備開発への悪影響と共に冷戦後の装備整理に伴う正面装備大幅退役による抑止力の深刻な邸合がNATOという欧州の一枚岩となった防衛協力政策を以てしてもロシアとの対立軸へ抑制的な規範を提示しきれない現状、影響力は大きなものだけでも以上の通り。全ての要因は多角的なもので、一国の為政者単位の認識による影響範囲を超えているものではありますが、同時多発テロ後の世界はこのように軸を傾けています。
同時多発テロ追悼の日に当たって、こうした悲劇を再発させないための努力を、短期的なものに絞り実施してきましたが、結果論としてテロを防いだとしても別の悲劇が襲ったのでは意味がりません、この観点から、長期的に抑止する国際協調の在り方、更には軍事力の投射に関しての否定的側面を越えての抑止力と予防外交破綻時における軍事行動の在り方、対テロ戦争と並行しての長期的な大国間戦争という重大危機への抑制に関する世界システムの研究、こうしたものを通じて、諸国民が謂れなき暴力による自己実現の機会喪失を如何に防いでゆくことが出来るのか、考えてゆく必要があります。
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