「汚れた水で皿を洗う」ということわざが中国にあると聞いている。
汚れた水で皿を洗ってもきれにはならないことは細菌学的には正しいのだろうが、目で見えるような大きな汚れのついた皿はその汚れが落ちることは確かである。
どうしてだか分からないが、このことわざが私は好きである。これとか本当の意味を知らないが、「神は細部に宿る」という言い方も好きである。この後者は哲学者の久野収が好んだと言葉だとも聞いている。
細かなことの積み重ねで画期的な発明や発見が起こるわけではないが、そういう積み重ねは必要なのだと勝手に思っている。
大きな技術上のブレークスルーはそれに基づく原理が変わるのだとは星野芳郎の技術論の本から学んだ知見だが、そこへ行くにはやはり小さな改良の積み重ねがあるのだろう。