これはある人から最近聞いたことである。
行列式の歴史をくわしく書いた本はあまりないということである。これは日本だけのことなのだろうか。たぶんそうではあるまい。行列式とか行列とかは現在では「線形代数」といわれるものである。解析学の歴史をしらべる研究者とか学者は結構いるし、そういう本も出ているが、線形代数についてはあまりその歴史を研究する人はすくない。
第一、私などが大学のいわゆる教養数学として学んだのは「微積分」と「代数学と幾何学」というタイトルであった。
私の高校のクラスで同級であった、京都大学で学んだ友人などはすでに佐武一郎『行列と行列式』(裳華房)で線形代数を学んではいたが、私は旧制高校の教科を受け継いだ教科であった(注1)。
たぶん、線形代数が大学の基礎数学の科目として定着するのは1960年代なばころではなかろうか。
そのころには私はすでに大学院生になっていた。2歳年下の妹なども私の受けた教育とはあまり変わってはいなかったから、1965年までに日本の大学を卒業した大部分の学生はまだ線形代数を教科としては学んでいなかったと思う (注2)。
ということは線形代数が標準的な科目となったのは比較的新しく1960年代半ば以降とするのはあまりおかしなことではないと判断する。
行列はそれは一つの対象であるが、行列式はそれは一つの数であり、対象はとてもちがっている。線形の連立方程式の解法から行列式ははじまったが、方程式の数と未知数とがちがったときの一般論を行列を論じてもいる。だから行列のほうが行列式よりも対象が広いのは当然である。
(注1)佐武一郎『線形代数学』(裳華房)は上に私が書いたように旧書名は『行列と行列式』というタイトルであった。だから、私の学生時代には『線型代数』というタイトルの本はなかったと思う。
(注2)私にとっては1965年は最近のことだと思ったが、よく考えてみると、今年から数えると53年も前のことであり、最近などと言えるわけがない。