私たちは三角関数の加法定理とか三角関数の合成とかを、それらを数値で学ぶことはたぶんしない。だが、これらを数値的に確かめることから、始めるという方法もある。
確かに手間がかかってかなわないが、それもかえって新鮮に受け止められることがあるかもしれない。
同様なことが、三角関数の微分公式にもありうる。たとえば、sin xのグラフを描き、そのある x の値での接線の傾きを図上で計測して、それがcos xのその x での値になっていることを、いくつかの x のところで確かめるという操作をする。この操作はsin xの微分がcos xになるということを数値で実感する(注)。
こういう授業は確かに手間がかかって面倒である。しかし、そのことがわかった時点でのわかり方には、その後にはちょっとした違いが生じるかもわからない。
これはもう80年近くも昔のことだが、私の父は朝鮮(いまの韓国)の海軍工廠で船の進水したときの動き始めからの時間と船の停止時の先端からの距離を測って、いわゆる進水曲線のグラフに描き、そのグラフの接線の傾きから、その地点に船の先端が来たときの、船の速さを計算して出した。
これはもちろん一人の人ができることではなく、数人の同僚との共同作業であった。
父の上司の技師も昔の中学校では微分は学んでいなかったから、そういうことで船の進水時の速さを推定(または計測)できるとは知らなかった。
職場での一番の下っ端で、あまり頭のよくない父も、そのことですこしはまわりから見直されたらしい。そのときの高揚した気分を何年も後になっても興奮して話をしてくれた。
ちなみに、私の父は旧制中学校の中退の学歴しかもっていない。だが、そういった微分とか積分を独学で学んだ技術者でもあった。