生死の境はわからない。私にも亡くなった父母がおり、兄がいる。兄嫁がいる。それらの人々は私の記憶にしかもう生きてはいない。
それにもうすでに亡くなった友人とか知人も結構ある。予想外に早く亡くなった後輩もいる。それらの人々を思い出すこともときどきある。
いずれは私も人々の記憶にしか生きないのだと思うと不思議な気がしないでもない。親族で一番年がいっていないのは孫であり、まだ3歳にもいかない。
それと比べると私などはもう80歳を越えたので、いくら生きてももうたかだか10年も生きれば、十分すぎるであろう。しかし、頭の鈍い者にとっては80歳になってもわからないことだらけである。
それも自分でわかることが実感をもってわかることを、自分がわかることの指標にしているので、ますますわかったと思うことなどほとんどない。
もう日本で故人を思う時期である、お盆も過ぎたのだが、そんなことを考える時期なのかも知れない。