断続的にレポートしている以前職場を共にした仲間の同期会(私たちは「アメーバOB会」と称している」であるが、楽しく過ごした翌朝、この会のメイン行事であるレポート報告会に臨んだ。そのことで…。
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※ 今回参加した4名の会員が一同に写した唯一の写真です。
アメーバOB会については、これまでも年末行事としてこのブログで何度もレポートしているので重複を避けたいと思います。もし興味のある方はそちらを参照ください。(2006年分 ⇒、 ⇒、2007年分 ⇒、 ⇒ 、2008年分 ⇒、2009年分 ⇒)
レポート報告会は、それぞれがこの一年間に起こった職務上のこと、私生活上のことを報告するするとともに、今後への展望をそれぞれレポートにして発表し、交換し合うというものです。
今回も某ホテルの一室でおよそ2時間半の時間をかけて行いました。
そこでの内容が私にとっては少しだけ不満が残ったということなのです。
メンバーは私を除いては皆まだまだ現役で、それぞれが学校現場で、あるいは教育行政の現場で管理職として厳しい現実に日々立ち向かっている人たちです。
その彼らのレポートとは…。
厳しい現実に日々立ち向かっているだけに、彼らのレポートは申し合わせたように、その現実にいかに立ち向かい解決しようと努力しているか、というものでした。
そのレポートを聞きながら自分の現役時代を思い出し、彼らがいかに厳しい現実に真摯に立ち向い奮闘しているかということが痛いほど伝わってきました。
しかし、私の不満はこれからなのです。
彼らは厳しい現実に立ち向かうことだけに汲々としてはいないか、ということなのです。
教育とは「子どもたちに夢を与える」仕事である、と私は思っています。だとしたら教える側が夢を語らずに、子どもたちに夢を与えることができるのか、と私は思ってしまうのです。
教育の世界がそんな単純なことではないことは誰よりも私が知っています。
しかし、だからこそ厳しい現実の中でも“夢”を忘れないでほしいと願うのです。
「厳しい現実だがこんな学校を実現したい」「教育現場には問題が次々と起きているが子どもにはこんな夢を語り続けたい」…、そのようなレポートを私は期待したいのです。
“夢”を語ることができるからこそ明日に希望が持てるのです。
それじゃお前はどんなレポートを彼らに提示できたのか、という当然の問いがあるでしょう。
私のレポートはそのことに十分応えられるものではなかったけれど、自分のこれまでの実践を報告しながら、「地域や社会と繋がっていけるような生き方を模索したい」と述べさせてもらいました。
彼らと“夢”を語るために、私は彼らに届ける年賀状にはそんな私の思いを添え書きしながら届けたいと思っています。
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※ 今回参加した4名の会員が一同に写した唯一の写真です。
アメーバOB会については、これまでも年末行事としてこのブログで何度もレポートしているので重複を避けたいと思います。もし興味のある方はそちらを参照ください。(2006年分 ⇒、 ⇒、2007年分 ⇒、 ⇒ 、2008年分 ⇒、2009年分 ⇒)
レポート報告会は、それぞれがこの一年間に起こった職務上のこと、私生活上のことを報告するするとともに、今後への展望をそれぞれレポートにして発表し、交換し合うというものです。
今回も某ホテルの一室でおよそ2時間半の時間をかけて行いました。
そこでの内容が私にとっては少しだけ不満が残ったということなのです。
メンバーは私を除いては皆まだまだ現役で、それぞれが学校現場で、あるいは教育行政の現場で管理職として厳しい現実に日々立ち向かっている人たちです。
その彼らのレポートとは…。
厳しい現実に日々立ち向かっているだけに、彼らのレポートは申し合わせたように、その現実にいかに立ち向かい解決しようと努力しているか、というものでした。
そのレポートを聞きながら自分の現役時代を思い出し、彼らがいかに厳しい現実に真摯に立ち向い奮闘しているかということが痛いほど伝わってきました。
しかし、私の不満はこれからなのです。
彼らは厳しい現実に立ち向かうことだけに汲々としてはいないか、ということなのです。
教育とは「子どもたちに夢を与える」仕事である、と私は思っています。だとしたら教える側が夢を語らずに、子どもたちに夢を与えることができるのか、と私は思ってしまうのです。
教育の世界がそんな単純なことではないことは誰よりも私が知っています。
しかし、だからこそ厳しい現実の中でも“夢”を忘れないでほしいと願うのです。
「厳しい現実だがこんな学校を実現したい」「教育現場には問題が次々と起きているが子どもにはこんな夢を語り続けたい」…、そのようなレポートを私は期待したいのです。
“夢”を語ることができるからこそ明日に希望が持てるのです。
それじゃお前はどんなレポートを彼らに提示できたのか、という当然の問いがあるでしょう。
私のレポートはそのことに十分応えられるものではなかったけれど、自分のこれまでの実践を報告しながら、「地域や社会と繋がっていけるような生き方を模索したい」と述べさせてもらいました。
彼らと“夢”を語るために、私は彼らに届ける年賀状にはそんな私の思いを添え書きしながら届けたいと思っています。