両手を包帯で包んだ痛々しい姿で栗城史多は登場した。しかし、彼の中に暗さは一点もなかった。4度目の挑戦だったエベレスト登頂はならなかった上、両手に深刻な凍傷を負った栗城だったが、栗城はいつもの明るさで語った…。
3月25日(月)正午から札幌駅地下歩行空間(通称:チカホ)のイベントスペースにおいて登山家・栗城史多氏のトークショーがあった。
彼が今回のエベレスト挑戦で指に重度の凍傷を負い、医師からは指の切断を勧告されながら、彼はそれを拒否しているというニュースを聞き、現在の状況が気になりチカホに向かった。
同じように考えている人たちが多かったのか、はたまた彼の知名度が上がったからか、用意された100席以上の座席はすでに埋まっていた。その後も人が続々と詰めかけ、ざっと見て300人くらいが彼の話を聴き入ったのではないだろうか。
約1時間、司会者の質問に答える形で栗城はいつものように能弁に語った。
気になっていた指のことについてはトークショーの後半になってからだった。指の状態については伝えられていた通りだったが、彼は何としても切断しない方法を探したいと語った。そうした思いをことあるごとに話していたところ、東大病院の漢方の権威ある先生を紹介されたり、再生医療の研究者に見てもらったりして、けっして諦めていないということだった。
数多く語った栗城の言葉の中から、記憶に残った二つのことについて記すことにする。
一つは、彼の父親のことについて語ったことだった。
彼の単独登行の最初のチャレンジだったアメリカ・マッキンレーに挑戦したとき、周りのみんなが反対し、彼の父親も「う~ん」と言ったきり何も云わなかったらしい。迷いをもったままいざアメリカに向かうとき、父親は「お前を信じているから…」と語ったという。この一言で彼は迷いを振り切り、父親のためにけっして山では死ねないと誓ったそうである。
また、今回の重度の凍傷を負った後、父親に叱られるかと思ったところ、父親からは「おめでとう!」という思いもよらなかった言葉をかけられたという。それは「死なずに還ってくることができて、再びチャレンジできるチャンスが生まれたではないか」という意味からかけられた言葉だという。この言葉を聞いて私は「この父親にして、この息子」と思った。
二つ目は、彼はこれまでエベレストの無酸素単独登行に4度挑戦し、いずれも跳ね返されているのだが、彼はそれを“失敗”とは考えていないということなのだ。
彼によれば、チャレンジしてできなかったことは“失敗”ではない。チャレンジをあきらめたときこそ“失敗”であるという。だから栗城はこれからもエベレストにチャレンジし続けるという。
自らの命を賭しての栗城のこうしたチャレンジ(冒険)を私は手放しでは賛同できない思いをどこかに抱いている。
ただ、彼の話を何度か聴いているうちに、彼がこれまで生きてきた中で育んできた自らの思い、そしてそれが彼自身の自己実現のための道だとするなら、誰も彼のチャレンジを止めることはできない。
ひたすら“夢”に突き進む栗城史多のチャレンジに声援をおくりたい。「いつまでも生き続け、チャレンジし続けてくれ」と…。
※ さあ、今夜はこれからザックジャパンがブラジルWC出場を決める大事な一戦です。今キックオフです。私にとって最高のエンターテイメントを楽しみたいと思います。
3月25日(月)正午から札幌駅地下歩行空間(通称:チカホ)のイベントスペースにおいて登山家・栗城史多氏のトークショーがあった。
彼が今回のエベレスト挑戦で指に重度の凍傷を負い、医師からは指の切断を勧告されながら、彼はそれを拒否しているというニュースを聞き、現在の状況が気になりチカホに向かった。
同じように考えている人たちが多かったのか、はたまた彼の知名度が上がったからか、用意された100席以上の座席はすでに埋まっていた。その後も人が続々と詰めかけ、ざっと見て300人くらいが彼の話を聴き入ったのではないだろうか。
約1時間、司会者の質問に答える形で栗城はいつものように能弁に語った。
気になっていた指のことについてはトークショーの後半になってからだった。指の状態については伝えられていた通りだったが、彼は何としても切断しない方法を探したいと語った。そうした思いをことあるごとに話していたところ、東大病院の漢方の権威ある先生を紹介されたり、再生医療の研究者に見てもらったりして、けっして諦めていないということだった。
数多く語った栗城の言葉の中から、記憶に残った二つのことについて記すことにする。
一つは、彼の父親のことについて語ったことだった。
彼の単独登行の最初のチャレンジだったアメリカ・マッキンレーに挑戦したとき、周りのみんなが反対し、彼の父親も「う~ん」と言ったきり何も云わなかったらしい。迷いをもったままいざアメリカに向かうとき、父親は「お前を信じているから…」と語ったという。この一言で彼は迷いを振り切り、父親のためにけっして山では死ねないと誓ったそうである。
また、今回の重度の凍傷を負った後、父親に叱られるかと思ったところ、父親からは「おめでとう!」という思いもよらなかった言葉をかけられたという。それは「死なずに還ってくることができて、再びチャレンジできるチャンスが生まれたではないか」という意味からかけられた言葉だという。この言葉を聞いて私は「この父親にして、この息子」と思った。
二つ目は、彼はこれまでエベレストの無酸素単独登行に4度挑戦し、いずれも跳ね返されているのだが、彼はそれを“失敗”とは考えていないということなのだ。
彼によれば、チャレンジしてできなかったことは“失敗”ではない。チャレンジをあきらめたときこそ“失敗”であるという。だから栗城はこれからもエベレストにチャレンジし続けるという。
自らの命を賭しての栗城のこうしたチャレンジ(冒険)を私は手放しでは賛同できない思いをどこかに抱いている。
ただ、彼の話を何度か聴いているうちに、彼がこれまで生きてきた中で育んできた自らの思い、そしてそれが彼自身の自己実現のための道だとするなら、誰も彼のチャレンジを止めることはできない。
ひたすら“夢”に突き進む栗城史多のチャレンジに声援をおくりたい。「いつまでも生き続け、チャレンジし続けてくれ」と…。
※ さあ、今夜はこれからザックジャパンがブラジルWC出場を決める大事な一戦です。今キックオフです。私にとって最高のエンターテイメントを楽しみたいと思います。