田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

伊藤惇夫 菅政権をズタズタに斬る

2011-08-11 22:43:26 | 講演・講義・フォーラム等
 それは初めから終わりまで菅政権を非難し、否定する内容だった。北海しんきん経済講演会で「大震災が一変させた政局 どうなる日本政治」と題する政治アナリスト伊藤惇夫氏の講演を聴いた。 

 伊藤氏は冒頭ね「経済講演会ということだが、私は政治のことしか話せない。まあ、そのことが経済にも繋がることと解して話を聞いてほしい」と言いながら講演に入った。
伊藤氏はあらかじめ受講者にレジュメを配布し、講演の要旨を伝えてくれた。
 それによると、テーマをやや変えて「混迷の中の日本政治 その行方は」として、
 1.激変した政治状況
 2.菅政権、その弊害と問題点
 3.「ポスト菅」の行方は
 4.民主党、その根源的問題
 5.大震災から学ぶこと
の5点にわたって述べるということだった。
 そして実際の講演はリード文でも紹介したように菅政権を終始非難し、否定続ける内容だった。

        

 講演会の内容をレポートする場合、90分間の講演の全てを紹介することは難しい。
 いつものように象徴的な言葉や内容をチョイスして紹介することにする。

 伊藤氏が現在憂慮することの一つとして政治危機が非常に進行していることを挙げる。国民の中に政党離れが進んでいることは第一次世界大戦後のドイツの状況と酷似しているという。ドイツはその結果として「ナチス」を産んだが、日本国内でも「英雄待望論」が出てくることを憂慮し、警戒しているという。

 また、長年政界ウォッチングを続けてきて総理になると三つの欲望が沸いてくるという。
それは①一日でも長く在位したい。②自分の手で解散総選挙を実施したい。③歴史に名を残したい。そうした欲望を抱くというのだが、どうやら本日時点で菅総理は②についてはあきらめたようである。

        

 菅総理のリーダーとして問題点を数々指摘したが、特に大震災に対しての危機管理能力の欠如を指摘した。菅総理はダメージコントロールができなかったという。具体的には「初動対応のミス」、「情報対応のまずさ」、「ビジョンの提示ができない」などなど…。
 その他には、資質の問題、人柄の問題など、これでもかこれでもかと提示した。

 さて、メディアが伝えるには粘るに粘った(?)菅総理もいよいよ遠くない時期にその座を降りることを口にしたようである。
 伊藤氏は「ポスト菅」にはどのような人材が適当かということで4点挙げた。それは、
 ①党内融和を図れる人
 ②野党との信頼関係を築ける人
 ③官僚を使いこなせる人
 ④突破力のある人(人気者でない人)
とした。
 そして具体名として、一に小沢一郎氏、二に岡田克也氏、とした。しかし、小沢氏は党員資格停止中、岡田氏は現政権の責任者ということで今回総理を目ざすことはない。すると第三の候補として浮かび上がるのは野田佳彦氏だという。
 なんだ、これでは適任というよりは消去法で浮かび上がってきたという感が拭えないのではないか。
 例え早晩菅総理が退陣したとしても日本政治の混迷はまたまだ続きそうある。あ~あ。

ザックジャパン 宿敵韓国に完勝!!

2011-08-10 23:39:36 | スポーツ & スポーツ観戦
 誰がこんな試合を予想したろうか! 宿敵韓国に対して3対0で圧勝したのだ! 両国の対戦の中でもこれほど一方的な試合はかつてなかったのではないだろうか? そんな歴史的な試合を目撃することができた! 

 9月から始まるブラジルWC予選直前の国際試合の相手に宿敵韓国を呼び、札幌で対戦が実現するという、願ってもない観戦機会を与えられた。
 本夕7時30分から札幌ドームで行われた試合を観戦した。

        
        ※ 試合前に整列した日本と韓国の先発イレブンです。

 観戦から帰宅したばかりで、冷静に試合を振り返ることが困難だが、これほど胸のすくような試合を展開してくれるとはまったく思ってもみなかった。
 ザックジャパンは攻撃においても、守備においても、完全に韓国を凌駕した試合だった。
 香川が、本田が得点したが、それは個人の力というより組織で相手守備陣を崩した結果の得点だった。
 一方、守備陣は相手にほとんど崩されることなく(とは言っても危ない場面もあるにはあったのだが)、韓国攻撃陣は遠い位置から強引にシュートにもっていく他なかった。

        
      ※ 日本の得点に立ち上がって喜ぶサポーターです。今夜はこんな場面が
       3度もありました!

 いったい韓国はどうしてしまったんだ?と思われるほど韓国側からみると酷い内容だった。
 明日以降の新聞やサッカー関係者の論評が楽しみである。

 それにしてもザックジャパンの人気は凄い!何しろヨーロッパで活躍する選手がピッチ上に散らばり、ベンチにも控えているといった陣容である。
 観客も選手のことをよく知っていて、選手の名前がコールされるたびに大歓声がドーム内にこだまするといった感じだった。

        
     ※ 試合開始前の熱烈サポータ席の前にはアジア選手権優勝のチームのブラ
      イドをくすぐる(?)「KINGOFASIA」の文字が躍りました。

 う~ん。WC予選にもかなり期待がもてそうな今夜のザックジャパンだった。
 少し落ち着いたときに今夜の試合をもう一度振り返ってみたいと思う。

ジャンボヒマワリ 3メートルに到達!

2011-08-09 22:34:40 | その他

 育てていたジャンボヒマワリがとうとう3メートルに到達した! 果たして目標としている4メートルに到達するかどうか? 難しい状況かな、と思うが最後まで可能性を信じて育てたいと思っている。 

 4月25日にビニールポットに播種して以来、大切に育ててきたジャンボヒマワリを今日計測したところ3メートルに達していた。
 待望の3メートルである。
 私の記録によれば、1メートルに達したのが7月1日。2メートルに達したのは7月21日だった。
 1メートルに達するまでは時間がかかったが、その後はおよそ20日間で1メートルずつ伸びている。ということは計算上今月末には4メートルに達することになるのだが…。

 そうはいかないのが生き物(植物)である。
 ヒマワリは花が咲いてしまうとその後の背丈の伸長はあまり望めない。
 私の育てているジャンボヒマワリにはすでに蕾が出来始めているのだ。
 どこまで伸びてくれるか分からないが可能性を信じて世話を続けようと思っている。

 世話をするというと、最近は2日と空けずに水をたっぷり与え、背丈が伸びるに従って支え木に結び付ける紐を結び直している。それも最近は脚立を持参しての作業となっている。これからは背丈が高くなってくるので作業も困難になるが、その困難を楽しみたいとも思っている。

          
          ※ ヒマワリの高さを計測している私である。

 ところでジャンボヒマワリに関して、今年は別の楽しみもある。
 それは昨年3メートル85センチまで伸びたジャンボヒマワリの種子を市内や道内の学校に種子分け(という言葉があるのだろうか?)したのだ。
 札幌市内の小学校3校、オホーツク地方の小学校3校に種子を分けてあげた。
 それらの学校と私の育てているヒマワリとで成長の度合いを競い合うことも楽しみの一つである。
 学校の中には成長の様子をときどき報告してくれている学校もある。
 果たしてどこのジャンボヒマワリが最も成長するのか、報告が楽しみである。

 札幌市内にお住まいの方は、道立近代美術館前の空き地の“ART”文字の後ろに聳える(?)ジャンボヒマワリを機会があればぜひご覧になってください。


ナルホド!学べる 日本とロシア

2011-08-08 21:38:33 | 講演・講義・フォーラム等
 まるでテレビのクイズ番組の公開録画に参加しているのではと錯覚するほどだった。フリーアナの福澤朗氏が司会を務め、お笑いのほっしゃん。がレポーター、そして北海道に関係があるこれまたお笑いのワッキー、アップダウンが回答者、ジャーナリストの後藤謙次氏がクイズの解説を務めるといった具合だった。

 ある日の新聞に「ナルホド!学べる日本とロシア」と題して、福澤朗氏、後藤謙次氏が来札すると告知があった。
 今をときめく福澤氏、後藤氏から直接話を伺えるとあって早速応募をしたところ妻と二人分の参加券が送付されてきて、8月6日(土)午後参加してきた。

        
        ※ 開催中の写真はNGとのことだったので、開会前に1枚だけ会場内
         を撮った。正面左側が福澤氏、右側に後藤氏が座った。

 新聞の告知では開催の趣旨も、内容も今一つ明らかでなかったが、趣旨はあまり声高には語られなかったが「考えよう、北方領土」というスローガンが小さく記されていたことから、北方領土問題を広く国民に啓宣することだったようだ。
 内容的には上記したようにクイズ形式にすることによってより身近に北方領土のことを考えてもらおうとする配慮がなされた結果だろうと思われた。

 クイズ形式にしたことによって「北方領土問題」という堅い話が肩を凝らすこともなく気楽に参加することができた。
 ほっしゃん。が実際にロシアを訪れて見たり聞いたり、ロシア人と触れあったりした中で新たに発見したこと、驚きを感じたことなどをクイズにして解答者と共に私たち会場の参加者も考えようというものだった。また、解答者もお笑いの二組だけではなく、それぞれに札幌市内の女子高生が付いてチームとなって答えを競うものだった。
 クイズの回答が出た後に、その問題に関して後藤謙次が専門的なことを分かりやすく解説するという形式をとった。

 レベルとしては高校生にも興味を抱いてもらうという趣旨だったため、それほど難しい問題などはなかったが、和食文化やアニメや漫画などのサブカルチャー、さらには本格的な文学書まで、日本の文化がそうとう広く深くロシアに浸透していることがレポートされた。
 また、経済的な面でも日本とロシアの関係はかなり交流が進んでいるとのことだ。

 しかし、そうしたことと政治の世界ではまったく様相を異にしているのが現状である。
 日本とロシアの間では今現在も「平和条約」が結ばれていない。平和条約が結ばれていないということは両国間に未解決の問題が存在することに他ならない。その未解決の問題が「北方領土問題」である。
 後藤氏は、経済交流や大衆文化の交流を広げ、深めることが政治的な問題を解決するための環境を醸成することになると話したが…。

 これ以上このことを語るのは止めよう。ブログが炎上することを私はもっとも恐れるからである。
 なお、この「ナルホド!学べる日本とロシア」は札幌が最初の開催で、この後10月まで東京、大阪、名古屋、広島、福岡、仙台の各主要都市で開催されるそうである。

ハイボールガーデン

2011-08-07 18:34:33 | その他

 ビアガーデンならぬハイボールガーデンである。札幌駅前通の地下歩行空間に期間限定で「ハイボールガーデン」が店開きしたと聞いて、講座を受講した帰り、友人を誘って立ち寄ってみた。 

 ウィスキーを炭酸水で割って飲むハイボール人気が復活しているという。
 その人気にあやかろう!というわけだろうか? 地下歩行空間(ある人は「チカホコ」と呼んでいる)に期間限定であるが「ハイボールガーデン」なるものが店開きしたとメディアが伝えていた。
 新しもの好き、珍しもの好きの私である。
 北海道南洲会の勉強会に参加した後、友人を誘い立ち寄ってみた。

        
     ※ 通路脇のスペースに写真のようにしてハイボールガーデンが設置されていた。

 ハイボールガーデンは札幌駅側に近い北3条交差点広場に開店していた。
 スタンド形式のテーブルと、椅子に座って楽しむテーブルとの二通りのテーブルがあり、我々は椅子に座って談笑することにした。

        
        ※ こちらはドリンクやフードを提供するブースです。

 ドリンクやフードを販売するコーナーがあり、私はそこで「角ハイボール」(450円)と「室蘭やきとり」(500円)を注文した。     
 ハイボールは氷を入れた容器に、ビールサーバーのようなサーバーから注がれた。
 サーバーでウィスキーと炭酸水を最適にブレンドされたハイボールは喉に爽やかな飲みやすさだった。

        
        ※ 女性の手元に金色に光る容器がサーバー(?)です。

 私はあまりハイボール自体に思い出はないのだが、一緒の友人たちは「若い頃はトリスのハイボールを楽しんだなぁ」と言いながら「トリスハイボール」(400円)を懐かしんでいた。
 私は二杯目に「スィーツハニーハイボール」(450円)を試してみた。ほんのりと蜂蜜の味が感じられ、これはこれで面白い味だった。

        
        ※ こうしてスタンド形式で楽しむ人たちもいた。

 地下歩行空間を歩く人たちの静かなざわめきは聞こえるものの、音楽などはなく、割り合いに静かな雰囲気の中でお酒と会話が楽しめる空間としてなかなか面白い試みだと思った。
 ハイボールガーデンは8月19日(金)までの期間限定で開店しているそうである。


北海道南洲会

2011-08-06 21:35:25 | 講演・講義・フォーラム等
 南洲翁とは鹿児島県人が愛して止まない西郷隆盛を尊称する呼び名である。その西郷隆盛の生き方に共鳴し、その生き方に学ぼうとする北海道の人たちが集うのが北海道南洲会である。過日、その北海道南洲会の勉強会にお邪魔してみた。

           

 昨年11月、北海道南洲会が鹿児島にある西郷南洲顕彰館の館長を招いて講演会を開催した際に受講したのが縁で、南洲会の会長から直々に「勉強会に来てみませんか?」というお誘いをいただき、昨5日夜友人を誘い参加した。
(昨年の講演会についてのレポートはこちらです。  )
 
 プログラムは、①会員の方による講演「私と西郷南洲翁」、②桐野利秋生誕地及び開墾地ビデオ鑑賞 という内容だった。

 「私と西郷南洲翁」は会員の一人であるY氏のお話だった。
 演題から私はかなり期待していたのだが、実際は話のほとんどがY氏の会社人生を語るものだった。
 やや肩透かしを食った思いは拭えなかったが、Y氏は道内の某銀行に勤務され役員まで上り詰めた方だそうだ。その波瀾に満ちた会社人生の内幕を聞くのはその世界に全く疎い私には違った意味で興味深いものだった。

 続いて会長自らが鹿児島に赴いて撮影した西郷隆盛の側近中の側近、桐野利明の生誕の地及び開墾の地を訪ねたビデオが放映された。
 ビデオを鑑賞しながら会長氏がその地を訪ねるエピソードや桐野利秋の人となりを紹介してくれたのだが、さすがに深く研鑽された方の話で大変勉強になった。

 今回の勉強会に参加させてもらって最も印象的だったのは会員間のフリートークの時間だった。
 さすがに西郷隆盛に心酔している人たちの集まりである。その読書量や研鑽の量が半端ではないことを知らされた。西郷隆盛に関する一つひとつの事象についてあらゆる角度から検証し、自分なりの考えを持っていることである。
 私程度の読書量ではとても話に入っていけないことを痛感させられた。

 どの世界にも一つのことを深く深く追求されている方はいるものである。
 私はその対極にいるタイプだろう。広く…、浅く…。それもまた一つの生き方だろうと開き直るしかない。

フォークジャンボリー FAINALを振り返る

2011-08-05 13:22:50 | ステージ & エンターテイメント
 岩見沢キタオンの客席をいっぱいに埋めた一万余名の聴衆はフォークジャンボリー2011 in 岩見沢FAINALに満足して家路に着いただろうか? 私はちょっとだけど不満のようなものを抱いたのも事実だった。  

        
        ※ 当日会場で配布されたパンフレット。4人のイラストがなかなかよろしい!

 FAINALに出演した南こうせつをはじめとして、松山千春、山本潤子、伊勢正三の4人はそれぞれの代表曲をはじめてとして自らの持ち歌をていねいに、誠実に歌ってくれた。
 聴いている私たちは心地良い風に吹かれながら彼らの歌を心ゆくまで楽しんだ。

        
        ※ オープニングアクトの様子を写したと思ったのだが…。
 
 これまでのジャンボリーであればこれで何の不満もない。(ちなみに私は3回目の参加だった)
 しかし、今回はこれまで10回にわたって続いたジャンボリーを締めくくるFAINALとしての開催だった。私の中では、これまでと違った何かがあるのでは、との期待があった。

 南こうせつがMCで何かを語ってくれるのか。
 最終回ならではのサプライズがあるのか。
 違った形での展望が語られるのか。

 しかし、残念ながらそれらは何もなかったといってよかった。
 こうせつのMCはきわめてあっさりしたものだった。
 特別のサプライズもなかった。
 千春が冗談交じりに「継続」を口にしたが、それは冗談の域を出ない話だった。

        
        ※ 開場前の長蛇の列、これでも真ん中あたり、先頭は見えません。

 続いていたものが終わりを迎えるときというのは案外こういうものなのだろうか。
 変にセンチメンタルになる必要などないということなのか。
 しかし、60代のオヤジには何か物足りなく思ってしまったのも事実である。

        
        ※ 会場脇にはこうしたテントが軒を並べて、まるでお祭りです!

 ところで10回も続いて夏の北海道の風物詩になりつつあったこのイベントがなぜ終止符を打つことになったのであろうか?
 最大の要因はやはりイベントとしての経済性だろうか? 対象となる聴衆が高齢化することによって参加数に翳りが見えてきたということなのだろう。
 そのことで主催するUHB(北海道文化放送)が決断したというのが真相のような気がする。

 それにしても松山千春が冗談っぽく言っていたように形を変えてでも同様なイベントをなんとか継続できないものかなぁ…。

ザックジャパン合宿 in 厚別

2011-08-04 22:59:00 | スポーツ & スポーツ観戦
 8月1日~3日まで札幌・厚別競技場においてザックジャパンの合宿が行われた。合宿最終日の3日、札幌大学との練習試合が行われることを知り、厚別競技場まで出かけてみた。 

 今回の合宿は若手主体ということで、いわゆるビッグネームはほとんど参加していなく、私が分かったのは岩政、今野、西、柏木、永井、李忠成、ハーフナー・マイクくらいだった。

 札幌で合宿が行われることは知ってはいたが、どこで行われているのかは新聞などでは明らかにされなかった。ネット上で厚別競技場ということは分かったのだが、なんとなく一般人の見物は難しいものと思っていた。
 それでも練習試合が行われると聞いて厚別競技場に問い合わせたところ「ここでは答えられないので日本サッカー協会に問い合わせてほしい」という返事だった。なかなか難しいものらしい。
 日本サッカー協会に問い合わせると「午後1時からの練習試合は公開される」と聞いて、出かけることにしたのだった。

 練習試合開始20分前くらいに競技場に着いたのだが、思ったほど観客は多くはなく正面スタンドの屋根下の日陰で観戦することができた。

        
      ※ 競技場には札幌出身の西大伍選手にサポーターからの熱いメッセージ
       が掲げられていた。「魅せろよ 世界を躍らせろ!俺達の西大伍」と記
       されていた。サポーターはいつも温かい。

 試合は正直言って私が期待していた内容とはほど遠いものだった。
 私は札幌大学相手ではボールはほとんど日本代表が支配するものと思っていた。(札幌大学サッカー部のみなさんスミマセン)ところが札幌大学が意外なほどに健闘し、ボール支配率では4対6くらいの割合ではなかっただろうか。
 札幌大学は日本代表に対して臆することなく何度もボールを相手陣深くまで持ち込むものの、最後の組み立てをさせてもらえず遠くからシュートを放つのみ日本代表を脅かすまでにはいたらなかった。
 対する日本代表はパス交換などの失敗が目立ったものの、決めるべきところはしっかり決めて3対0で勝利した。

        
        ※ サッカー日本代表を率いるザッケローニ監督です。(真ん中の方)

 印象的な場面があった。北海道民が期待(?)する西大伍選手である。(彼はご存知のとおり北海道生まれで、一昨年のシーズンまでコンサドーレ札幌に在籍した)前半の試合が終わってハーフタイムに入った直後、ザッケローニ監督に呼ばれてピッチ上において二人で(通訳を交えて)長い間話し合っていた。ザッケローニ監督が期待していることの表れではないかと思いながら見ていたのだが…。

        
      ※ ハーフタイム時、西選手に身振りを交えて指導するザッケローニ監督です。
       (左がザック監督、一人おいて右側が西選手です)

 今日、10日に札幌ドームで行われる対韓国戦の日本代表メンバーが発表された。
 その中に今回の札幌合宿メンバー(23名)から選出されたのはわずか5名だった。
 このことは代表選手もうかうかしていられないということだ。次世代の選手たちが虎視眈々と代表選手の座をうかがっているということである。
 反対から見ると、サッカー選手の旬の時期が短いということも言えるのだが…。

        
        ※ 試合前の挨拶。青色が日本代表候補。白が札幌大学です。

8月10日、韓国代表との札幌ドームでの日韓決戦が大いに期待される。
私も幸いチケットを入手できたので、札幌ドームで日本代表に声援を送ろうと思っている。

※ この後、私には珍しく札幌ドームに出向き日本ハムファイターズ戦を観戦したのだが、ロッテに対して不甲斐ない負け(2対5)を喫し、レポートする気持ちも失せてしまった。

北海道低山紀行 16 大雪山「黒岳」

2011-08-03 21:52:57 | 北海道低山紀行 & Other
 今回3峰を縦走する中、唯一経験していたのが「黒岳」である。夏の家族登山、春の山スキーで経験があった。今回はこれまでとは違ったルートから黒岳を目ざした。黒岳は比較的容易な登山とみえて山頂にはたくさんの登山客がいた。

 「北海岳」で50分の昼食休憩をとった後、午前11時35分、「黒岳」を目ざして出発した。

        
        ※ まずは尾根のガラ場を徐々に下っていきました。        

 北海岳の山頂からどんどんと高度を下げていく。中には上りは相当にきついのではないかと思われるほど下る場所もあった。
 窪みにはまだまだ雪渓がたくさん残っている。

        
        ※ 振り返ると「北海岳」の山頂が見えました。

 ガレ場か足許に広がる高山植物しか見えなかったのだが、下るに従って草木の背丈も大きくなってきた。

        
        ※ 高度が下がるにつれて緑がだんだん濃くなってきました。

        
        ※ さらに下がるとご覧のような潅木地帯に入りました。

 途中、2カ所ほど雪渓が融け川となって流れているところがあった。特に一カ所のほう(赤石川?)はかなりの流れがあり、リーダーの助けを借りながら慎重に渡ったが、もし雨などが降っていたなら水浸しになりながらの川越えとなったかもしれない。

        
        ※ 増水したら渡るのがかなり困難になるのではと想像された川渡りです。

 そこが最低部だったようで、そこからまた上りが始まった。
 小休止は取るものの、ほとんど間をおかずに登り続けた。我が班の唯一の女性もなかなかタフである。北海岳から下り、そして上り続けること85分、ちょうど13時に「黒岳石室」に着いた。

        
        ※ 文字通り石で造られた黒岳石室でした。

 黒岳石室は多くの登山者が縦走のために宿泊する山小屋である。管理人が常駐し、売店もある。興味半分に売店の料金をメモした。
[黒岳石室料金] ・ボカリ(500ml)500円 ・缶ビール(360ml)500円 ・缶コーヒー(190ml)300円 ・カップ麺 500円 などと表示があった。
 黒岳石室で15分休憩を取り、いよいよ最後の「黒岳」目ざしての急坂の登りにかかった。

        
        ※ 黒岳山頂に向かい最後の急坂の登りです。

 かなりの急角度で登るのだが、そうしているうちに黒岳山頂がガスの中に見え隠れしてきた。山頂にはかなりの登山客がいるように見える。

        
        ※ ガスに煙ったピークが黒岳山頂です。        

 黒岳石室から登り続けることおよそ20分、13時35分「黒岳」山頂(1984m)に到達した。これで上りは終わると思うとさすがにホッとした。
 黒岳山頂は大混雑していた。いろいろな団体や企画の登山ツァー客がいて混雑していた。

        
        ※ たくさんの登山者で大混雑の黒岳山頂です。

 天候がやや崩れ始めたのか、山頂は時折ガスに覆われて眺望は効かなかったのだが、やはり誰もがホッとしたのか山頂に25分留まり、14時下山を開始した。
 この下山がけっこう大変だった。というのも、黒岳の登山路は私が最も嫌う典型的な階段登山なのである。登るのも大変だが、下るのも大変である。
 かなりの高さを段差を一段一段下るのは膝に相当のダメージが貯まるのだ。

        
        ※ この写真の階段はまだまだ楽なところで、もっともっと厳しいところ
         がたくさんありました。

 下り続けること65分。相当に膝にきたころで黒岳の7合目のリフト乗り場に到着した。
 これで本当に登山は終了! 後はリフトと、ロープウェイを乗り継いで宿泊先のホテルに着いた。

        
        ※ 冬のスキーではとてもお世話になったリフトに乗って下山です。

        
        ※ ロープウェイから層雲峡の温泉街が見えました。

 こうして楽しく、そして心地良い疲労感に包まれた裏大雪縦走の旅が完了した。
 次回(来年)はぜひとも表大雪を!と思っている。

登山ファッション
 
 女性の色鮮やかな登山ファッションの登場が話題となり、私も低山紀行の中で「山ガール」などと紹介したが、男性の登山ファッションにも変化が表れているようである。
 私たち第3グループのリーダーはかなりのおしゃれらしく最新の登山ファッションを身にまとっていた。
 上下ともに伸縮性と撥水性に富む素材のインナーを身にまとっていた。気温が低いときは当然その上にアウターを身に付けるのであろうが、当日は気温もそれなりに高かったのでその上下にベストを羽織っているだけだった。
 リーダーは50代半ばと思われたが、あまりにもそのファッションが板についていたので写真を撮らせてもらった。

          

          

 私はというと、一応ストレッチ素材の登山用のパンツを着用してはいたが溝鼠色の地味なものである。上こそは今回の登山に備えて撥水性に富む素材の少し明るいウェアを着用し、その上にベストを羽織っていたのだが…。
 私の場合、傑作は登山靴である。現職時代にはほとんど登山などしなかったのだが、年に一度の学校登山のために購入したトレッキングシューズがあった。その当時はこれしかない、という紺色のトレッキングシューズである。(そう書くとオールドファンの方は思い出してくれるかもしれない)まだまだ使用に耐えられるので愛用しているが、見渡したところそんな古い登山靴を履いている人は一人もいなかった。
 こうなったら使えるだけ使ってやろうと思ったりしている。

 それにしても登山ファッションも変わってきたものである。
 おじさんクライマー(?)もそうした傾向を少しは意識しながら登山を楽しんでいこうかなと考えている昨今である。

北海道低山紀行 15 大雪山「北海岳」

2011-08-02 22:47:12 | 北海道低山紀行 & Other
 饅頭のようななだらかな稜線を見せる北海岳は直ぐそこに見えたのだが、山頂までは意外に遠かった。ようやく辿り着いた北海岳山頂には素晴らしいパノラマが広がっていた。

 赤岳山頂で15分の休憩をとり、午前9時「北海岳」を目ざして登山を再開した。
 登山路は完全なガレ場の上りである。

        
        ※ 赤岳から白雲分岐に向かってガレ場を往く

        
        ※ 登ってきた後をパチリ。いかにも縦走という感じの登山路が続いています。

 しばらくすると平坦なところに出た。すると登山路から外れること100m先くらいにケルンのようなものが見え、そこに数人の人が休んでいた。そこが「小泉岳」(2158m)の山頂だという。どう見ても山頂らしくない山頂があったものである。

        
        ※ ご覧のようにピークというにはどこかイメージが違う小泉岳山頂です。        

 小泉岳は目的地でもなかったのでパスして10分も行ったろうか、9時35分に「白雲分岐」に到着した。ここから「白雲岳」は目前だが今回はそちらに回らず、北海岳を目ざす。この白雲分岐からは「白雲岳」、目ざす「北海岳」、そして「黒岳」、「烏帽子岳」などが良く見えた。

        
        ※ 白雲分岐から「白雲岳」がすぐ目前に迫ります。

        
        ※ 白雲分岐から正面に見えるのが「北海岳」です。奥は「北鎮岳」(?)

 白雲分岐で小休止をとった後、目前に見える饅頭のような稜線を見せる「北海岳」に向かっての登山を開始した。(9時35分)

        
        ※ 白雲分岐から下るとまたまた雪渓に遭遇です。

 目前と見えた「北海岳」だったが、登山路は一度大きく高度をぐーっと下げた。振り返ると「白雲岳」の裏側が見え大きな岩石が山を覆っているように見えた。
 下がり続けた登山路はやがて「北海平」と呼ばれる平らなところに出る。

        
        ※ 高度が下がるとご覧のような花畑が…         

        
        ※ 大雪山の代表的な花「チングルマ」の可憐な花びらです。

 当初ここで昼食と考えていたようだったが、パーティ全体が好調だったため昼食地点を北海岳山頂に変更して登り続けた。

        
        ※ ご覧のように北海岳の山頂に続く登山路が白く続いています。

 北海平からだらだらとした上りが続いた。なかなか山頂が近づかない。
 反対の登山路の稜線のところを走って山頂を目ざしている人たちが目に入った。いわゆる山岳トレイルランニングに取り組んでいる一団だろう。
 特に急坂もない登山路を登り続け午前10時45分「北海岳」(2149m)山頂に到着した。

        
        ※ 北海岳山頂は広くてまるで広場のようでした。

        
        ※ 珍しく私自身の山頂での記念写真を掲載します。これだとなかなか
         私だとバレないでしょう?

 北海岳山頂の展望が素晴らしかった。
 「北鎮岳」、「凌雲岳」、「黒岳」、「烏帽子岳」などがぐるっと一望ののもとに見渡せるのだ。そして下を覗くと「御鉢平」と呼ばれる広い平面が広がっていた。この御鉢平は有毒ガスが噴出している(ヒグマが死んでいたという話もある)とかで立ち入り禁止になっているそうだ。
 そうした雄大な景色を眺めながらの昼食は何の変哲のないお握り飯でもとても美味しく感じられた。

 
 ※ 北海岳山頂からのパノラマです。左から「北鎮岳」、「凌雲岳」、ひとつおいて奥に「黒岳」、
  そして一番右側の尖った山が「烏帽子岳」です。

        
        ※ 北海岳山頂眼下に広がる「御鉢平」です。

メンバーシップとは…

 今回のような集団登山において参加者はリーダーの指示に従って行動するのが大前提だと私は思うのだが…。
 もしそこにリーダーの指示を無視したり、リーダーを攻撃するようなメンバーがいたとしたら、他のメンバーはどう思うだろうか?
 私が属した第3グループにAという参加者がいた。彼はこの種の企画にも何回も参加し、登山そのものもかなりのベテランのようだった。

 そのAは登山を初めて間もなく、「暑いので上着を脱がせてくれ」と全体を停まらせて一人着替えをしたり、休憩を取るタイミングが悪いとチーフリーダーを非難したり、と何かと目立っていた。
 すると、それを聞いた隣の班のリーダーがチーフリーダーに忠告に及んだのだ。
 Aは「このパーティにはチーフリーダーは不在なのか」などと言い出した。そしてついには休憩時にA自身がチーフリーダーに抗議というか文句を言っているところを目撃した。
 私自身は何の不都合もなく、登山を楽しんでいたのだが、昨日取り上げたリーダーとAの存在だけはちょっと気になった。

 そのAだが途中からグループから遅れ出したのである。いつもグループの最後尾を付いてきていたのだが、気付くとグループから離れてしまい他のグループと一緒に行動を取っていたときがあった。
 理由は写真の撮影のためである。一眼レフを抱えながら、ところかまわずレンズを向けて、全体の登山のペースなどどこ吹き風といった様子なのだ。
 その某惹無人な態度に私たちのリーダーは苦笑するばかり…。口うるさいAとのトラブルを避けたい風に見えた。それはガイド経験豊富な彼にとってはまだ我慢が出来る範囲内だったのかもしれない。

 しかし、私にはそんなに写真を撮影したいなら、そんなにリーダーを信用できないなら、「単独登山をしたら!」と叫びたい気持ちになった。