その後、荒神社を探してさらに道を登って行きました。そして、山の上の方を見ると、光景が一新していることに気か付きました。道が新しくなるのと並行して田んぼや畑の区画整理工事中でした。昔の光景がすっかり変わってしまいました。そのため史跡を探索する意欲がそがれてきました。計画を変更して、古い街道を通って旧柳井南中学校方面に戻ることにしました。この街道は、かつて柳井と伊保荘を結ぶ道でした。緩やかな街道を下っていると、右手に廃寺跡を見つけました。山門,塀,そして本殿などの建物はありませんでしたが、お地蔵様や住職の墓石などがありました。浄念寺跡でした。
住職の墓石やお地蔵様があった廃寺浄念寺の跡
浄念寺は、旧楠庵から続く防陽八十八ヶ所霊場の一つでした。そして、十王堂の一つ前の霊場でした。こんなところに浄念寺跡があったとは知りませんでした。偶然にも浄念寺跡前の街道を歩いたのでした。かつてはお寺でしたが、今は個人宅の庭のように見受けられました。何らかの理由でお寺を維持できなくなったのでしょう。浄念寺跡を過ぎると、お地蔵様が安置された角を曲がって県道に向かいました。
静かな荒神社 道端のお地蔵様 宮田遺跡碑
しばらく歩くと県道に出ました。県道を柳井方面に歩いていると、旧柳井南中学校の門に着きました。その門傍に宮田遺跡碑を立っていました。宮田遺跡は縄文遺跡です。近くには同じく縄文遺跡である黒島遺跡があります。その縄文遺跡碑を見終わると、県道を離れてサザンセト伊保荘マリンバークに向かいました。海岸に沿って歩いているとお地蔵様が安置されていました。
サザンセト伊保荘近くのお地蔵様 黒島の浄念寺のお堂
海岸に沿って道を歩いていると、サザンセト伊保荘マリンバークの駐車場に出ました。その駐車場に出ると黒島下に浄念寺のお堂がありました。このお堂は、浄念寺が廃寺になった後に建てられたのでしょう。その昔に門徒が念仏に使っていた数珠が置かれていました。長さが数mある数珠なので、門徒同士が数珠を回しながら念仏を唱えていたのでしょう。浄念寺のお堂を見終わると、黒島神社にお参り後、黒島遺跡碑を見てからスタート地点に戻りました。
柳井市伊保庄の山間部の史跡調査をしたルート
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