『「詩のボクシング」って何だ』(楠かつのり著)を読み直している。
著者が中高生の頃の体験が綴られている第二章に、印象的な言葉がある。バスケットボールをしていてライバル校の選手の高速シュートに憧れを持つ件である。こんなふうに書かれている。
高速シュートを自分のものにしたいと、身体が求めていたのだと思う。
身体が求めてやまないものがある。
声もまたそうなのだ。
わかる気がする。
単純な例だが、子どもたちに速い音読を指導すると非常に満足げな表情をすることがある。
テンポアップした斉読などをさせた時に、上記した顔で繰り返しやりたいとせがむ子どもがいた。
間や強弱などをありったけ強調した音読を聞かせ真似するように言ったとき、喰いつくように練習を始めた学級もあった。
声を求めている。
身体を震わせる、響かせる声を求めているのだ。
詩に手振り身振りを加えるといったことではなく、身体を使って音読するということは、身体を揺さぶる、心を揺さぶることだと言える。
「詩のボクシング」には創作の要素もあるので、簡単に一緒にはできないが、名作と言われる文章の言葉を声によって立ち上がらせ、自らの身体に取り込むようなイメージだろうか。
そういう体験を重ねることは、「声を鍛える」に通ずることは間違いない。
「まず、音読」…そんなふうに5月の校内研修のスタートで言ったが、二学期はその実際編にじっくりと取り組んでいきたい。
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お知らせ
勤務校で9月11日(金)午後に「音読と授業づくり」をテーマにセミナーを行います。
講師は秋田市在住の石井淳先生。音読・朗読に関する著書もお持ちの現役バリバリの実践者です。
児童対象の授業や講話などが内容となります。
興味がある方は、下記までメールをいただければ添付で案内文書をお送りします。
h-numazawa★nifty.com (★を@に換えて)
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著者が中高生の頃の体験が綴られている第二章に、印象的な言葉がある。バスケットボールをしていてライバル校の選手の高速シュートに憧れを持つ件である。こんなふうに書かれている。
高速シュートを自分のものにしたいと、身体が求めていたのだと思う。
身体が求めてやまないものがある。
声もまたそうなのだ。
わかる気がする。
単純な例だが、子どもたちに速い音読を指導すると非常に満足げな表情をすることがある。
テンポアップした斉読などをさせた時に、上記した顔で繰り返しやりたいとせがむ子どもがいた。
間や強弱などをありったけ強調した音読を聞かせ真似するように言ったとき、喰いつくように練習を始めた学級もあった。
声を求めている。
身体を震わせる、響かせる声を求めているのだ。
詩に手振り身振りを加えるといったことではなく、身体を使って音読するということは、身体を揺さぶる、心を揺さぶることだと言える。
「詩のボクシング」には創作の要素もあるので、簡単に一緒にはできないが、名作と言われる文章の言葉を声によって立ち上がらせ、自らの身体に取り込むようなイメージだろうか。
そういう体験を重ねることは、「声を鍛える」に通ずることは間違いない。
「まず、音読」…そんなふうに5月の校内研修のスタートで言ったが、二学期はその実際編にじっくりと取り組んでいきたい。
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勤務校で9月11日(金)午後に「音読と授業づくり」をテーマにセミナーを行います。
講師は秋田市在住の石井淳先生。音読・朗読に関する著書もお持ちの現役バリバリの実践者です。
児童対象の授業や講話などが内容となります。
興味がある方は、下記までメールをいただければ添付で案内文書をお送りします。
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