すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

仕掛け、仕掛けられ

2009年08月08日 | 雑記帳
 木曜日に秋田大学の阿部昇先生を迎えての講座を持った。

 文学教材の指導を中心に2時間以上もじっくりとお話を聴くことができたが、先生が盛んに繰り返していた言葉の一つに「仕掛け」ということがあった。
 講座が終わり、少し雑談したときに「先生が使われた『仕掛け』という言葉は、単なる『伏線』という意味とは違うんですね」と訊ねてみたことから、文学指導における学習用語、指導用語についてのお考えをさらに伺えた。
 いい時間になった。

 ところで、この「仕掛け」という言葉はなかなか面白いと思う。
 文学の分析・解釈上でこの言葉を用いると、改めてその範囲の広さに気づく。広辞苑をもとにしても
 ①「やり方」
 ②行動に出ること。攻勢をかけること
 ③用意
 ④装置、からくり。また作り具合、構え。
 ⑤詐欺などの企み 
 (この後⑥⑦と続くが略)

 があり、②や⑤はともかくそれぞれに当てはまりそうな気がする。おそらく④が一番ふさわしく、構成にある伏線、文章表現にある技法、特定の言語や文字への連想などを総称できるように思う。
 
 となると読解とは「仕掛けを見抜く」ことに他ならない。
 見抜くための目のつけ所や検証の仕方などを身につけることの重要性は言うまでもないだろう。
 しかしまた楽しみとしての読書は、その仕掛けを意識しては逆につまらなくなることもあるだろうし、まんまとはまる無邪気さや素直さを持ち合わせていたい。

 ああそうだったか…この一節が忘れられない…そんな気分で読了できる幸せ者は、仕掛けにはまった者だけだ。