すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

100歳の詩人の誕生日

2009年11月16日 | 読書
 今日は、詩人まど・みちおの誕生日だそうである。
 しかも、100歳。

 理論社の『まど・みちお全詩集』はおそらく一番開く頻度の多い詩集だと思う。教材として、掲示用の紹介詩として、ずいぶんとページをめくった。

 まどさんの『いわずにおれない』という文庫本を再読する。
 数年前に出された本なので、以前にも感想は書いていたが今、また冒頭から、はっとさせられる。

 私の作品には、そんなふうに生きものが生きものであることを喜んでいるっちゅう詩が一番多いでしょうね。

 すべての存在のかけがえのなさについて、ことばという道具をつかっずっと讃え続けている人の言葉だ。

 昨日、中学生の作文発表のなかに出てきた「もし私がその国に生まれていたら…」という言葉を耳にしたとき、どうしたわけか「いや、そんなことはない。君はこの国のこの町に生まれたから、君なんだよ」といった想いが急に心に浮かんだ。
 「もし私が…」という思考法はとても大事なことだ。それを認めつつも、自分が自分であることの喜びを積み重ねなければ、そうした思考などどれほどのものか、と思う。所詮、妄想として自分以外の誰かを羨んだり、妬んだりすることとあまり変わらないのではないか(別にその中学生に対して言っているわけではない)。

 あるがままに、は難しい。
 しかし、あるがままに生き、あるがままにを見つめ、あるがままに、を書く詩人がいる。

 俺ごときには永遠に実現しないと思いながら、ちょっとでも近づきたいというのなら、本ばかり読んでないで散歩しなさい、というまどさんの声が聞こえそうな気がする。