すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

格好のいい男の条件

2010年07月21日 | 読書
 この三連休に二つの小説を読んだ。
 
 『氷結の森』(熊谷達也著 新潮文庫) 

 『羊の目』(伊集院静著 文春文庫)

 どちらも文庫にして500ページ近い長編である。

 共通しているのは、主人公の男の格好よさ。

 『氷結の森』の舞台は樺太、ロシアであり、秋田出身のマタギが仇に狙われて逃亡するという設定である。
 一方の『羊の目』は、ヤクザ、博徒の世界を描いている。

 たまたま読んだ二編をもとに、かなり俗っぽく男の格好よさを考えてみた。

 まず、長身で身体が丈夫なことだ。

 次に、そういうことだから当然、強い。めっぽう強い。

 『氷結の森』の柴田矢一郎は、力仕事であれば何をしても人の何倍もの力を出すし、腕力が相当だ。そして天才的な鉄砲の名手である。
 『羊の目』の神崎武美は、幼くして人を刺し、それからいわば不死身の殺人者として、裏社会に君臨する。

 三つ目は、寡黙ということか。
 べらべらとしゃべらない。したがって「………」という台詞も目立つ。
 これはつまり自己アピールしないということに通ずる。
 そして、訥々と自分を語り出すのはきまって、その男を丸ごとに理解してくれそうなキャラクターに向かったときだけだ。

 格好がいいから当然もてる。しかし、多情ではない。
 どちらにもヒロインぽい女性が登場するが、その情を受け入れる場面は極めて少数。ただし、必ずあるということだ。
 だからこそ、格好いいのである。

 「約束」を守るということ。
 これが筋を作っていく最大のポイントとなるわけだが、愚直なまでにそれを実行していくからこそ、物語を感じその中に没頭してしまうといってもいい。

 まだ、ある。
 人工的なもの以外への思い入れを強くもっている。大自然であったり、野辺に咲く花だったりするが、そうした描写が目につく。
 もっともこれは小説を書こうとする多くの人に共通していることなのだろうが。それに対する接し方や思いをどう描くかで、格好よさのランクが決まったりするものだ。

 まだ詳しく見ていけばあるが、おおよそは言い得ているだろう。

 最後に肝心なことをいえば、描かれた時代である。

 『氷結の森』は大正年間から始まっている。
 『羊の目』は昭和初期から高度成長終了時までを描く。そこで主人公の姿は見えなくなる。

 つまり、男の格好よさは、なかなか現代では描けない。

 今は、そんなふうに男が過ごせなくなった時代という言い方もできる。