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桜と絵本と豆乳と

手練の描く小市民史

2016年09月22日 | 読書
 『幸せになる百通りの方法』(萩原 浩  文春文庫)


 今年の直木賞作家。前にもほんの少しだけと思って検索したら、2冊文庫本を読んでいた。あまり強い印象はないが、さすが人気作家らしく?手練れと思ったことは覚えている。この文庫は7編から成る短編集。主人公や設定は異なるとはいえ、驚くのはそれぞれの題材に対する取材力の細かさ、豊かさと言っていい。


 7編には「原発・節電」「オレオレ詐欺」「婚活」「リストラ」「出版、ネットゲーム」「歴女」、そして標題作には「自己啓発」といった舞台が用意されている。世相を鮮やかに斬っているように思え、解説子が書く、まさに“萩原版『クローズアップ現代』~笑ってヘコむ平成の小市民史”と呼ぶにふさわしい作品だ。



 惹句をいくつか紹介しよう。

◆二十一世紀の大気は、酸素と窒素と情報で形成されている

 言い得て妙。そして、それが無ければ本当に生きていけなくなっている我々人類の行方を考えざるを得ない。オーバーか。

◆適当(テキトー)を重々しく語る

 会社の上司が、部下の提案に対して守りに入ったときの常套句をそう表現した。曰く「時機が来たら、考える」。身の周りでもよく聞く。

◆言葉だけなら、誰もが神様。

 手足を動かさずに口だけ動く輩、批判はするが自らは行動しないタイプを揶揄する言葉としては最上級の表現ではないか。


 原作は読んでいないが『明日の記憶』『愛しの座敷わらし』と映画で観た作品もある。この短編群も単発ドラマとしていけそうだ。キャラのたて方が今風であり、読者が入り込めそうに思う。ふと自分なら、と妄想した時、リストラされたことを家族に言い出せず、公園生活をしている『ベンチマン』だろうかと笑った。